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“趣味の音楽関連”

“懐かしの映画”シリーズ

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2020年7月12日 (日)

今朝セミが鳴きだした!

連日雨模様の天気が、今朝は久しぶりに日差しが射して気持ちの良い
朝を迎えた。そして、、、今年も遂にセミが鳴きだしたのだ~!
予報によると今年のこの地方の梅雨明けは来週7月24日頃らしいが?

20200712

それにしても、、、
主に九州などで発生した梅雨前線停滞による集中豪雨の被害はひどい!
映像を観るとその惨状は目を覆うばかり! 洪水や土砂崩れ、河川の
決壊、それに伴うインフラや交通への大影響、それより何より多数の
人的被害に驚いている。

思えばここのところ日本では毎年の様に「観測史上初めて!」、と云う
言葉が繰り返されている集中豪雨被害、、、!
それに加えて今年は1月末以降続いているコロナ禍、これは最近の動きを
見ると政府の対応、つまり感染抑制 VS 経済再興、の相反する政策で
巷に混乱を招いていて、思うに政府の腹が決まってなくて右往左往して
いる様に見えてしまう、、、正に喧騒の日本!

かように、、、
日本は水害とコロナの二重三重のパンチを受けて、何だか世紀末を想像
させる様な?  そんな中、特に今回の水害の被災者に対しては、、、
只々心かお見舞い申し上げる事しか出来ない!
 
話を戻してセミの話、、、
拙ブログでは、毎年同じことを書いてるが、我マンション北側の内庭には
上の写真の様に樹木が鬱蒼と茂っているので、今年もまたセミが鳴き
出した。これで今年もまた夏が始まるな~って感じ!

このブログを書いている部屋の左側の窓の下では今、全てのセミがその
鳴き声を競うかの様に、あるいはその短い命を精一杯 生きてるぞ~!
、と云わんばかりに鳴いている、、、あるいは、、、?
、、、“世間の喧騒を嘆いてるかのようなセミの鳴き声”、、、

20190717d
こちらはネットから無断借用したいろんな
セミの鳴き声。(画像クリック)

これを聞くと、子供時代、あの故郷長崎の実家の
裏の神社の森でセミ捕り をやってた頃、今思えば
貧しくとも楽しかったあの頃を思い出す!涙)
あぁ~あれから60数余年、、、!



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2020年7月 5日 (日)

「清水くるみ Quartet」

たしか2月初頃、クルーズ船から始まったコロナ・ウィルス禍も既に5ヶ月、、
大阪のライブハウスでクラスターが発生して、”ライブハウス”と云う言葉が
一躍、コロナの悪名代名詞の様に全国に広がった。

Img0003 お陰で私が行きつけの「Mr.Kenny's」、この店の
ようなジャズ・ライブハウスと、唄ったり踊ったりの
ディスコ系ライブハウスの違いをよくご存じない
知人達から「ケニーズは大丈夫か?」と尋ねられた
私は、「ケニーズは"ライブハウス"でなくて、
"ジャズクラブ"だから問題ないよ!」と、、、!^_^)

その後、全国で感染者が日々増していって大騒ぎ!、現在では主に東京と
その周辺都市が日夜対応に悪戦苦闘中! 当地名古屋とか他の地方は、
今のところ一応小康状態の様だけど?、今後は果たしてどうなる事やら?

「Mr.Kenny's」   もご多分にもれず 3月頃から予定されていたライブが
キャンセルになり、4月7日の緊急事態宣言を受けて5月31日まで臨時
休業、そして6月に入ってやっとライブ再開、諸々のコロナ対策を講じながら
ほそぼそ、こわごわ営業中!

この5ヶ月間、私も以下、ほんの3回しかライブを聴きに行けなかったが?
2/21.「The Kejime Collective」
3/22.「Lee Shota Big Band  nagoya edition feat.Miki Hirose 」
6/23.「小濱-広瀬 Quintet 」、、の二回のライブは過去に関連ブログ有り。

7月に入って一昨夜の3日(金)、初めて聴くグループのライブと云う事で、、
早速、聴きに行ったのが、、、
        2020073live
メンバー・リーダー(p) の「清水くるみ」さんは、実は、“ZEK Trio”
過去数回聴いていたが、他の (as)、(b)、(ds)、の三人は今回初めて聴く
メンバーだった。

◎2st.聴いた演奏の感想から先に云うと、、、
いや~、思ったより凄かった、、、!汗)、思ったより、、、とは?
清水くるみ(p)=“ZEK Trio”、と云う、私の勝手な先入観からか、、、?
「清水くるみ Piano Quartet」は、ピアノトリオに管を一本入れた、、
いわゆるオーソドックスの四重サウンドかな?と思いきや?然にあらず!

フロントは今回初めて聴いた津上研太(as) さん。いわゆるフリー・ジャズ
、っぽい奏法で一瞬、私の手持ちレコード、、、
Ornette Coleman Trio at the Golden Circle,を彷彿とさせた。
また時々 Eric Dolphy、っぽくも聴こえたけど??

ピアノのくるみさんとの絡み、そこに加えてサイド、力武 誠(ds) さん が、
激しくも特にバスドラの間合いとグルーブ感ノリノリのドラミング、そして
石川隆一(b) さんのウォーキング・ベースは4ビートが大好きな自分には
大変楽しかったし、またそのソロも素晴らしかった。
改めて今の日本のジャズ・ミュージシャン達は、世界的にも真に一流で
今回の4人も各人のスキルが非常に高いジャズ・ミュージシャンだ~、と!

Dsc_0118

演目(出し物)は俗に云うスタンダード、と云われるほどポピュラーでないが、
OLiver Nelson とか Thelonius Monk 等などのチョイと凝った楽曲に、
清水くるみのオリジナル?、、、とにかく 何れの曲もそのアレンジが凄い!
(注:後日ご本人からの指摘で、オリジナル曲はなく全曲が既存の名曲
だったそうです!汗)

途中、数曲ブラジル音楽も、って事で、サンバ系の賑やかな曲をこれまた
大変面白いアレンジとメンバー各人の演奏+歌コーラス(ユニゾン?) まで
入れた大出血サービス!^_^)、、、
、、、唄ものでの津上さんのブラジル語はチト?だったけど!^_^)

清水くるみさんのピアノは、"ZEK"の時に勝るとも劣らず、鍵盤を叩きまくり
弾きまくり、かき鳴らすプレイ、これはバックの重厚なリズムセクションが
居るからこそ引き立つのだろう、、、!
とにかく男勝りの力強いパンチが効いたキータッチで、弾きながら中立ちに
なるほどの快汗熱演、、、!汗)、これぞ本当のエンターテイナーだ~ッ!

◎最後に、、、
てな訳で、2st.計2時間強ほどの間、フリージャズっぽいが、レベルが高い
スリリングなジャズを、リスナーを飽かせずに純粋に楽しませてくれた。
改めて、、、久しぶりに骨太のジャズ を心ゆくまで堪能しました~!快汗)


◎4人のProfile/CD発売記念ツアーフライヤー
 
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                                                     (早速、このCDを購入したのだ~!)

◎関連資料
*清水くるみ-(Jazz portal site)
*津上研太 (Home Page)
*力武 誠(ds) (Official web site)
*石川隆一(b) (Blog)

◎過去の"ZEK"関連拙ブログ
*凄い!の一言、“ZEK Trio”
*ロックがジャズに化けた!≪ZEK Trio plays Led Zep≫
*ZEK Trio plays Led Zep

◎その他の関連拙ブログ
*本文記事左側の INDEX欄 ※“趣味の音楽関連”と、
*ブログ “音を楽しむ徒然語り” その1 以降のシリーズ や、

*HPの “Modern Jazz LP Collection” も併せご覧下さい。

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2020年7月 2日 (木)

今日も雨、あの日の香港は涙雨だった?

連日の雨、雨、雨、、、只今梅雨真っ最中の日本列島、、、!
九州四国など地域によっては集中豪雨と、依然として続くコロナ禍による
ダブルパンチ! これこそ踏んだり蹴ったりだ~、、、!
被災者には只々お見舞い申し上げます。

ところで、、、
今を去ること23年前の昨日1997年7月1日、 私は香港は九龍半島の
中心一角にある日本のお寿司屋さんで、親しい日本人の友人達と夕食を
共にしていた忘れもしないあの日、香港は雷を伴う大雨だった!
Victoriaharbour1
(九龍側からビクトリア港を挟んで香港島中心部、クリックすると夜景と交互に変わるよ!)

折しもあの日、1997年7月1日は香港が約150年間続いた英国の植民地
から、はれて中国に返還された記念すべき日だったが、あいにく激しい
雷雨の悪天候だった! 後日、密かに思ったのは、、、?
「あれは香港の涙雨だった!」、つまり香港は中国に返還されるのを
嫌がって泣いていたのでは、?と我々日本人は密かに噂していたものだ!

◎時が経つのは早いもので、あれから既に23年、、、
遂に共産中国がその鋭い牙を剥いて 「香港国家安全維持法」 を全会一致
で可決、成立させた。この新法は一口で云えば治安維持のためには香港
の法律よりも中国政府の法律を上位に置く、その為の出先機関を香港に
設置。即ち何でも中央政府の意のままにする、、、て事になっている。

香港政府は既に中国の傀儡だったが、今後は単なる中国政府の出先機関
の様な位置づけとなる。成立に併せて香港政府は昨1日午後11時、
(日本時間7月1日午前0時)に即法令施行。

このタイミングは英国から中国に香港の主権が返還された23年前の昨日、
敢えて7月1日に合わせたのか?高度な自治を返還後から50年間保障する
と国際的に約束した筈の「一国二制度」 が事実上崩壊し形骸化したのだ。
ここにきて、遂にこれまでの自由だった香港は死んでしまった~!

50年間まであと27年、中国は何故それまで待てなかったのか?
残り27年間、即ち2047年まで中国の現政権は何故待てなかったのか、?
それは現国家主席 が在任中に一国一制度にしたかったからなのか、?

そもそも昨年来の香港でのデモ騒ぎに関してアメリカは議会の上下両院
が香港の民主化運動を支援する法案「香港人権・民主主義法案」を可決、
また今回の件でも、中国当局者に対するビザ発給制限をしたり、香港の
優遇措置停止する方針。これは大いに良し としても、、、

不思議に思うのは、香港を植民地にしていた当事者である英国が、、?
数年前からの香港の民主化運動に対する中国の対応に対して何も公式に
クレームしていない事、、、何故だ?

何故英国は1997年に香港を中国へ返還した時、50年間は一国二制度、
この世界との確約を守る様に中国に対して強く抗議しないのか、、?
素人の私の思いを計らずも植民地時代最後のパッテン元香港総督 が、
その点を自国政府に対して行動を起こす様に強く求めた、とか?
当然だろう、、、!



私は香港の中国返還3か月前の1977年4月から2007年3月末まで、
ちょうど10年間を香港に在住し勤務していた、、、
そんな普通のサラリーマンの私から見た香港の様子は、、、?

当初、1997年からの数年間は 日常生活上に於いて特に大きな変化は
感じられなかった。香港の警察官の動きを見ても特に変化はなく、、
それまでどうりの普通のお巡りさん (機動隊ではない) な感じで、
街中をパトロールするその容姿は日本の警察官よりもむしろカッコ
良かった様に記憶してた。

ただ、今思い出すのは、、、?
あの頃の私はまだ若く (60歳前!^_^)、正直よく夜遊びにも行ってた。
そんな歓楽街で見かけるパトロール中の警察官の姿が、年々増えていた
様に感じたり、昼間は市内の闇市の取り締まり も年々増えていた様にも
記憶している。
E0365419_16292439私が度々利用していた趣味の自作パソコンの店、
マザーボードや各種パーツ、それと違法ソフト等の
販売店その他何でも香港では半ば堂々と大ぴっら
に偽物コピー品を売っていた闇市が、97年以降
年を追うごとに度々警察の一斉手入れを喰らって
いた現場を目撃したこともあった、、、!笑)


◎もう一つ変化を感じた、これは
どうでも良い話だけど、、、
10年間、毎週の様に香港中の山歩き をしていた私は、そのコースが徐々
に整備されていくのを実感していた、、、

ある時までは本当の山道、獣道の様なハイキング・コースだったルートが
後年、再度歩いた時には綺麗に整備、おまけに舗装までされていた、とか
これは明らかに返還前と後の大きな違いだった。

そもそも香港はビクトリア港を挟んだ、九龍側と香港島側がいわゆる
中心地として栄えているが、それ以外の周囲は山並みに囲まれた自然
豊かな地形なのだ。
そこで150年間植民地統治していた英国、元来アウトドアが大好きな彼ら
イギリス人がハイキンギ・コースを整備した、と聞いた事があった。

その整備方法は元々の獣道を少し幅広にしたり、平坦に歩き易くした
程度だったが、それが1997年の中国への返還以降はそんなコースを、
今度は中国人が、わざわざコンクリート舗装するなど、、、

37x 我々ハイカーに言わせると舗装など全く余計な事
をしてくれたな~!、と思ったものだった !
そんなコースが至る所に増えたのは間違いない。
←その一例:新界東北部九龍坑山、写真の
ルートを初めて歩いた時は泥土の道の登り坂
だったが、この時はコンクリートの階段に手すりまで
付いていた。(中国の善意かな?!^_^)


私が居た2007年3月までの10年間は、大きなデモなどは無かった
が、ただ憶えているのは香港議会の議員選挙で民主派の立候補者が、
なかなか当選出来なかったり、そもそも立候補すら出来なかった等々、
そんな中国寄りの選挙法の改正を訴えるデモが有った程度だった。

それが、、、
私が2007年4月に帰国して以降、2014年に起こったあの「雨傘革命」から
今はそれを遥かにしのぐ、特に昨2019年は香港政府による、
”容疑者引き渡し条例” 改正に対しての激しいデモで、香港中が大騒ぎに
なったのは周知の事実だ、、、
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今年になってからはコロナ禍もあって毎年恒例の天安門事件追悼デモも
比較的小規模だった様だが、、、!? 


昨1日の報道によるとこれまでの激しいデモや改革運動の主だった
指導者達は今後一切政治活動はしない旨を正式に表明した、、、!
それは彼らもさすがに今後は中国が本気で自分たちを潰しに来ることは
必須なので、もし逮捕されたら今度は身柄を中国本土に移送されたり、、?
もし、そうなれば命の保証すら出来ない非常に危険な状態に成りかねない
ことを察したからだろう。

さらに危惧すれば、、、この「国家安全法」がもし遡って適用されたら?
とも考えたかもしれない? これだって中国の事だから十分やりかねない。
昨1日夜の報道によると、新法律施行当日から警察は取り締まりを強化、
早々に相当数の逮捕者が出た模様、、、これは⇒本当に怖い話だ、、、!

◎香港に住む旧友の話だが、、、
主に老人とか中国政府寄りの考え方と、中国に関係なく香港独自の自主性
を重んじる主に若い世代の間でそれぞれ家庭内悲劇が起こっている、と!
若い香港人で警察官の家庭では本人と家族の意見が違ったり、、、
また逆に民主派の若い人の家族でも、本人とその両親や家族との意見の
違いでそれぞれ家庭崩壊の様な悲しい事が多く起こっている、とか?
民主派のデモる若者もそれを取締る警察官も似た様な年齢の若い世代!
、、、これこそ全く悲劇だ!  香港社会が崩壊していく、、、!

だから以前、以下の様に私は書いたのだ、、、!
何処かの国の様に政府や国の最高責任者に対して自国民が大声で罵詈
雑言を浴びせたり貶したり、メディアは公然と批判報道をしても警察も
飛んで来ないし
逮捕もされない、、、?
そんな夢の様な変な国?と、今後の香港は根本的に違うんだ~! 

だから、、、
もし可能ならば、、出来るだけ早い内に 別の方法?  別の生きる場所
を探した方が良いのかも知れない?例えば 旧宗主国 とか? 』、、、と。

しかし、若い人でも自分が生まれ育った香港を捨て去る事は忍びない
だろう! ならば今後は地下に潜るか? 日本でも知られているあの女性
活動家は「生きてさえいれば希望はある」、、、と最後のメッセージ!
とにかく命を落とす様な事にならない事を祈るのみ!
 
ただ、台湾が『昨日の香港は明日の台湾』と、香港からの移住者を快く
受け入れる表明をしている事は、彼ら民主派改革運動者にとっては、
非常に力強くて朗報かも、、、!
ここにきて、イギリスもやっと移住者を受け入れる表明をした様だが? 

◎最後に、、、
10年間楽しく過ごした香港、私は若い人達の将来が本当に心配だ~!


◎関係参考資料
*香港
(Wikipedia)
*アヘン戦争(Wikipedia)
*香港返還(Wikipedia)
*一国二制度(Wikipedia)
*FNN Prime
*BBC News Japan
*2014年香港反政府デモ(Wikipedia)
*クリストファー・パッテン (Wikipedia)


◎過去の関連ブログ記事
*今、香港が揺れている!?

*香港はあと30年で、、、
*香港の山の魅力
*香港返還15年

◎過去の関連HP
*『光頭老の手紙 From:Hong Kong』
*誰も書かなかったチュウ国
*懐かしの映画(27)『慕情』

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2020年6月20日 (土)

34年目の追悼:ベニー・グッドマン

一段落したか? と思われる国内のコロナ禍、政府は昨19日から他県への
移動を全面的に解禁。テレビで観ると主要駅では早速人々の姿が目立つ。
また感染リスクが高いとされたライブハウスやナイトクラブの休業要請も
同日解除された、、、! 

この地方も幸い最近は感染者も増えず、しかし自分的にはやはりまだまだ
油断禁物と思っている。身体の鈍りが気になるのでいつもどおり近所の
畑の周囲を散歩しながら思うのは昔の事ばかり? これも歳の所為かな?

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◎今朝、歩きながら何故か思い出したのは”ベニー・グッドマン" だった。
それはニ、三日前のネットで、先週の土曜日6月13日がベニー・グッドマン
が没して34年目の命日だった!、って事を知ったからか、、、?
そこで今日はこのベニー・グッドマンの話をブログのネタに、、、!

そもそも、、、
今、普通に”ジャズ”と云えばいわゆるモダン・ジャズの事を云うが、、、
その演奏スタイルが歴史的に古いスタイルから、単に大ざっぱに、、、
デキシー、スウィング、モダン、と三っのタイプに分けられていて、凡そ
1940年頃のビバップ・ジャズ以降のジャズの事を単にモダン・ジャズ
呼んでいる。(下段の関連サイト:ビ・バップを参照)

だから今、普通にジャズ好き、と云ったらモダンジャズが好き、て事になる
訳で、デキシースウィングが好きな人は数少ない。中にはデキシーや
スウィングを殆ど聴いた事がないモダンジャズのファンも多い、、、!?

そして、そんな人の中にはモダンジャズより古いジャズを嫌ったり、、?
特にモダンに凝っている、いわゆる”通”と呼ばれる人の中にはデキシーや
スウィングを何故か軽蔑したりする人もいる。何故だろうね~?
 
その点、私は何でも屋なので、ジャズ、否音楽は殆ど何であれ好き!^_^)
ただ敢えて全ての音楽の中では、モダンジャズが一番好きと云うだけ。

Benny-goodman スウィング・ジャズは1930~1940年代に
かけて流行した主に白人主体の大人数で
編成されたバンドのジャズだった。
その代表的なミュージシャンは何と云っても
”ベニー・グッドマン" そして先週の土曜日
6月13日は、そのベニー・グッドマンが没し
て34年目の命日だったのだ~!


ベニー・グッドマン楽団は当時としては
珍しくメンバーの中に黒人もよく採用されて
いて必ずしも白人主体ではなかった、、、
それは人種差別が今より激しかった時代
に、テディ・ウィルソン (p)、ライオネル・
ハンプトン
(Vib)、チャーリー・クリスチャン (g)等々がベニー・グッドマンの
楽団に在籍していたのだ。その点からもグッドマンがリべラルな人で、、、
音楽性が合えば肌の色など彼には関係無かったのだろう!

ベニー・グッドマン は1935年から1940年代半ばにかけてアメリカの大衆を
熱狂させたスウィング・ジャズの名実ともに王様だった、、、!
1938年、彼が29歳の時に「クラシック音楽の殿堂」だったカーネギーホール
で初のジャズコンサートを行った伝説のジャズメンなのだ~!

そのベニー・グッドマン が、、、
今から34年前の1986年6月13日に“スウィングの王様”と呼ばれた
その男が心臓発作によりニューヨークの自宅で静かに息を引き取った、、
享年77歳だったとか、、、86年当時、私はブラジル在住中、、、
そして帰国後もこの事を全く知らなかった、、、!悔)


◎そして今思えば、、、

私は若い頃、映画『ベニー・グッドマン物語 』と『グレン・ミラー物語』を観て
ジャズが好きになった。特に『ベニー・グッドマン物語 』の中で、、、
ドラマー ”ジーン・クルーパ” の、 ♪ Sing・Sing・Sing ♪ でのドラムソロを
聴いた時、非常にショックを受けた事は今でもハッキリ憶えている。
   
この ♪ Sing・Sing・Sing♪ も良いけど、他にも好きだったのは、、?

下記の ♪Memories of You♪ 当時EP盤が擦り切れるまで聴いたものだ!
彼のクラリネットは実にソフトで優しく、心に染みる音色だった。
   


下記はライオネル・ハンプトンと、ジーン・クルーパ の掛け合いが楽しい、
♪ I Got Rhythm ♪ コンボでアップテンポのスゥイング・ジャズだ!
   


ベニー・グッドマンはジャズの即興性と楽しさ、それと分かり易さもあって、
いかにも都会的で尚且つお洒落なアレンジは真に洗練されたものだった。
51ximl3uml彼の半生を映画化した『ベニー・グッドマン物語』
(1956年公開)では、その“音楽愛”に満ちた人生が
ドラマティックに描かれていた。
私の故郷、当時の長崎ではこの映画と同時に
『グレン・ミラー物語』の豪華二本立てを観た。
あれは、、、?確か 私が20歳前の頃 だったな~!

←DVD、下記は映画のワンカットとサントラ版から、、、!

    


最後になったが改めて、、、
    『謹んでご冥福をお祈り致します!』


◎関連拙ブログ
*
本文記事左側の INDEX欄
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2020年6月14日 (日)

人種差別を突き詰めれば?

コロナ禍もやっと峠を越したか、、、?
いやいや、未だ分からないぞ~! 油断大敵、、、!
庭の花を眺めながら、心静かに自粛生活継続、、、!

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◎ところで、、、

またぞろアメリカはミネソタ州ミネアポリスで5月25日、黒人男性が警察官に
路上に押さえつけられ死亡、、、
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ここでは事件の詳細は省略するが、、、
いずれにしても容疑者を取り調べる時の、警察官に
よる暴力的な取り調べ方は、我々日本人の常識を
遥かに超えていて大変ショッキングだ!

今回の件、容疑者に対して何であそこまで激しく、
相手が死亡するまで押さへ込まなければならなった
のか? 黒人だから? だから全米デモに波及?
今回の件も真偽のほどは定かではないが、、、?
毎度の様に、いろんな説 がありそうだ。


強盗など凶悪犯罪の容疑者はもちろん、単なる交通違反者の取り調べに
関しても、とにかくアメリカの警察官の取り調べ方は激しい、、、!
特に容疑者が黒人 だったら、なおさらの様だ!?

以下、以前書いたブログのリメイク版だけど、、、
たしか2014年頃、アメリカ ミズーリ州ファーガソン で起こった白人警察官が
丸腰の黒人少年を射殺。これに関して結局、白人警察官が不起訴になった
事に抗議する黒人たちのデモ、そして暴動となってしまった騒ぎ、、、!
この時も今回同様、他の州にも広がっていった。
Nmikebrownanddarrenwilsonlarge570_2 





この時の事件の真相は?、当時諸説モロモロで未だに、、、?
一般アメリカ人は表面的には人種差別を否定し建国以来『法の下の平等』
という精神に支えられている。
しかし実際にはアメリカ国内の地域にもよるだろうが、黒人を嫌う根強い
偏見があるのはすでに周知の事実。しかし、、、
もともと白人がアフリカで黒人を拉致監禁、そして強制的にアメリカに
連行してきて奴隷として売買していたクセにだッ!

いつだったか、、、?
テレビでやっていたアメリカのKKK、白人至上主義者 の主張や言い分を、
日本のテレビ局が取材したドキュメンタリー番組、、、
その時に思ったのは、彼らに同感は出来ないが、主張には一理有り、と
感じたのも事実、、、
即ち、1950~60年代の公民権運動 以降、白人たちは何かにつけて、
『世の中から公的な逆差別 を受けてきた!』、が彼らの言い分だった。

その辺りの感覚は、我々日本人には解る由もない、、、!
ただ単に、白人=悪、黒人=弱、この図式があまりにも全米から全世界に
広まってしまった事も、彼ら先鋭的な白人達による抗議運動が徐々に
暴力的になっていった一つの理由らしい、、?

以前もブログで書いたが、、、
特にアメリカ南部での人種差別問題は我々が想像するより遥かに深刻な
ようだ。映画 『ジャイアンツ』 でも出て来るが、メキシコ系の人は普通の
ドライブ・インの様なレストランにも入れない。
店には 『我々は客へのサービスを拒否する権利を有する。』、と書かれた
チラシが壁に張付けて有ったり、、、 19世紀や20世紀初頭までの話では
ない。公民権が全てのアメリカ人に法律で保障されている今現在でも、
その実体はなかなか改善されない様だ?

大方の日本人は茶の間のテレビを観ながら、アメリカの人種差別を簡単に
批判したりしているが、実際にはそう簡単な話ではないし、他所の事を
批判するガラではない。昔から現在に至るまで、日本国内でも、どんなに
自称リベラル派だろうと文化人だろうと、口ではどんなに綺麗事を云っても
心の底ではお隣の国や社会的弱者に対して差別意識が有るのは否めない
だろう!

以下、詳しい話は忘れたけど、、、
ある典型的な白人リベラル派アメリカ人の家族が居た。
その家長は日頃から人種差別に批判的で、子供達や家族全員に絶えず
“法の下の平等” を説き、皆からも尊敬されていた。
ところがある日、自分の愛娘に黒人のボーイフレンドが出来た事に対して、
その家長は激怒! 結局、娘は半強制的にそのボーイフレンドと別れ
させられた、って話、、、これが現実なのだ!

また、私が昔初めてブラジルに行った頃、とある田舎町の教会に日本人の
シスター(女性の神父さん)が居たので、いろいろ話した中で、教会に
二つのトイレやエレベータが有って、神父やシスターが使う分と、、、
教会での雑用係の黒人使用人が使う分が、それぞれ別けられていたので、
私は 『まさか神聖な教会の中までそんな身分や、人種での差別が、
まかり通るのか?』
、と件のシスターに詰問してみたら、、、?

そのシスター曰く 『これは 人種,身分差別 ではなく、職務分担の為の
区別 です。貴方(私の事)はブラジルに来て間もないので、不思議に思う
でしょうが、いずれその意味が分かりますよ!』、と、、、
、、、確かに3年後ぐらいにその意味、その必要性が理解できた。

つまり単なる言葉のアヤの様だけど、、、
人種差別”は良くないが“人種区別”は必要 と云うこと!
つまり"差別"は相手の文化風習、人格人権を無視してこちらのそれと
"上下差"をつけて分け隔てる。
一方"区別"は当然異なる相手だから"上下差"ではなく"分け隔てる"こと。
家の中での、その家族と使用人の関係、と云えば分かり易いだろう!

そして結論は、、、?
今回のミネアポリスの件に限らず、過去幾度となく繰り返されてきた主に
黒人に対する人種差別問題、否今や全米では黒人に限らず、、、
ヒスパニック系、アジア系等々、いわゆるマイノリティに対して先鋭的な
白人による暴力的な差別行為! これは前記の公的逆差別 のみならず、

人種差別を突き詰めれば、、、
白人達の根底に有るのは、やはり有色人種に対する優越感、つまり、、、
白人=優秀民族、有色人種=劣等民族、と云う思想がアメリカ人に
限らず、全欧州の白人達の深層心理になっている、と私は思っている。
そして、、、
世界中の全ての民族が持っている他民族へのヘイト、即ち排他的な考え方
は大昔から現在も、そしてこれからも未来永劫と続くだろう!残念ながら!

ことアメリカだけに絞れば、人種問題の他にアメリカのもう一つの恥部、
銃社会の問題 も、ちょっとやそっとでは無くならないだろう!
つまり彼らはまだ西部劇の時代のままの考え方だから!


◎最後に、、、
私の手持ちの ジャズ・レコード の中から “We Insist !” (Youtube)、、
061ジャズ・ドラマーのマックス・
ローチが、「公民権運動」を、
勇気付けた傑作アルバム。
主張するならこういう具合に
主張する、、、と!

カウンターにいる白人店員の
戸惑ったような視線、客3人
の黒人の鋭い視線、、、!
その視線は「君は我々の
主張を理解してくれる
かね?」
、と訴えている。
アビー・リンカーン(vo) の
魂の叫び声をお聴きあれ!




◎関係資料
*白人至上主義
 (Wikipedia)
*公民権運動 (Wikipedia)

*ブラック・ライヴズ・マター (Wikipedia) 「黒人の命は大切」他訳多数?
*アメリカ合衆国の奴隷制度の歴史 (Wikipedia) 
*アファーマティブ・アクション (Wikipedia) 早い話が「逆差別」

◎過去の関連ブログ記事
*『グラン・トリノ』
 (自国政府の移民政策に批判的な一老白人とアジア系移民の友情?)
*ドラマ “Roots” に因んで!
 (多数の黒人を拉致してアメリカに強制連行して奴隷とした白人達)

「(続々)書きたい放題 掲示板」は こちら から、、、
  その他の掲示板は下記(コメント)から、、、

2020年6月 7日 (日)

”アジサイ”松平郷を思い出して!

先ずは、、、

横田 滋さん
    謹んでお悔やみ申し上げます!
政府は? マスコミ報道は? 否 我々国民全ては拉致被害者を本気で
取り戻そう、と声をあげたか? 本当に真剣に考えてみたか、、? 
横田 滋さんの訃報に接し、ただただ自責の念を感じている、、、! 
そして、”めぐみさんは必ず帰ってくる!” ことを信じて、、!

(過去の拙関連ブログ拉致問題再考 (8年も前に書いた限りだった!)
               :ジェンキンスさんが亡くなった!
)

************************************************************
 
さて、、、
コロナ禍、先5月25日の全国一斉に緊急事態宣言が解除されて早2週間!
東京ではまたぞろ感染者数が増えだして一向に収まる気配がない。
ウィルスはまるで人間達が右往左往している様子を何処かでじっと見て
いる様な感じで、人間が気を抜いたらすかさずまた急激に感染者が
増えてくる、、、こんな繰り返しがいつまで続くのだろうか、、、?

私が住むこの地方も宣言解除以降、人々があっちこちに集う様子が垣間
見られてちょっと心配ではある。だからまだ出来るだけ家の中に居る事が
多い昨今、、、!
今日もこうしてPCに向かってブログを書きながら、BGMで ジャズ を聴き
ながら
のながら族!

、、、そして疲れたらテレビの前に座って前回も書いたテレビ時代劇の

「剣客商売」、「鬼平犯科帳」、「座頭市」、「壬生義士伝」、「御家人斬九朗」
、などなどを楽しんでいる。


その時代劇と云えばいずれもその時代背景は江戸徳川幕府時代が多い。
例えば「剣客商売」「鬼平犯科帳」などは老中 田沼意次 の時代なので
江戸中期。また「御家人斬九朗」は 江戸の中~後記で「壬生義士伝」は、
幕末がその舞台。その徳川幕府の祖、神君と云われた徳川家康は、、、
私が住むここ愛知県の東部(西三河)、三河松平家 がその先祖と云われている。


 ◎そこで今日は、、、

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6月に入ってHome Pageのトップ表紙を飾る写真をアジサイ に変えよう、、

と思い付いたのが、何年か前に自宅から比較的近い徳川家康の先祖、、、
つまり松平家を祀る寺社に行った時に垣間見た綺麗なアジサイだった事。
あの時、そのアジサイを観ながら独り思いに耽ったのは、、、?

時代劇ドラマを観ていて時々耳にするセリフの中に「三河以来」と云う、
云い方を聞いた事が有るだろう? 例えば「我家は 三河以来の由緒ある
家柄ですぞ~!」
、と自分の出自を相手に自慢するような云い方、、、!

このセリフの場所が私が住むここ 三河地区 と呼ばれる地域一帯なのだ。
そもそも三河とは⇒三河国、、、だから江戸時代を舞台にしたドラマなどで
何かにつけて「我は家康公の生地(松平家)と縁が深い家系だ!」と云う事
が云わば当時の ”オラが先祖のふるさと自慢”であり、また三河出身の
武士のスティタスであり、名刺の肩書みたいなものだったのだろう!?

例えば、先の時代劇ドラマ「御家人斬九朗」の中では、主人公の貧乏な
御家人の年老いた母親は、いつも
『我家は三河以来の家柄だから!』と
金もないクセに世間に良い格好をしたがる見栄っ張りな老婆役と、、、
その息子役の主人公との役回りがドラマを面白可笑しく引き立てていたり、
また貧乏御家人に過ぎない家柄ながら、そんな名家の家柄故に現実の
生活レベルとのギャップに悩む親子の葛藤を、一見、三流の喜劇時代劇
の様に感じるが? 前記の鬼平、剣客、などと同じく、当時の江戸時代の
世相を巧く表現した社会派ドラマ(チト大げさ?)に仕上がっていると思う。 

話は変わるけど、、、
初めてこの地に住み始めた時、近辺を走ったり駐車している車のナンバー
が、三河ナンバー  だった事が不思議だった。そこで、、、?
なぜ、旧国名である”三河”を使うのか?
調べてみたら?
ご当地ナンバーの話など、、くだらないどうでも良い話だ!^_^)


本題に戻して、、、

私が行った事がある“松平郷”とは、、、?
つまり、一口で言えば徳川家康の先祖、松平家発祥の地! 
場所は隣町の豊田市の山間部だから車で行けば1時間そこそこ。


以前二度ほどバスで行った紅葉の名所「香嵐渓」、その“足助”と云う
所に行く道の途中に“松平郷”の標識があった事を思い出した。
周囲はのんびりとした田園風景もある山間部の小集落、、、
まるで時代劇に出てくる様な雰囲気の土塀、、、!
Img_0053_20200607103401

例によってネットで調べてみると松平家は三河の国の小さな戦国大名
だったが、その子孫のご存知 家康さんが江戸幕府を開き、将軍家まで
上りつめた。だから松平氏・徳川氏の発祥地。簡単に家系図を見ると、

松平太郎左衛門親氏→泰親→ここで太郎左衛門家と松平宗家の二派に
別れるが、松平宗家の方、初代親氏から数えて9代目が徳川宗家
即ち家康とか?
下左側の写真の人、何だか山賊の親分みたいだけど、、、?^_^)
これぞ家康の直系先祖の松平親氏、右側はその子孫で9代目の家康公。
銅像で見る限り似ても似つかない!?^_^) 
Img_0012_2    Img_0032_20200606133301

最初の太郎左衛門親氏って人は13??年、14世紀末から始まったらしい?
家康自身は岡崎城で生まれてるので、いずれにしてもこの辺り愛知県の
豊田、岡崎などいわゆる三河と呼ばれる地域は松平、徳川の故郷、、、
、ってとこ。
てな訳で“松平郷”の館跡、城跡等は松平家遺跡として国の史跡に指定
されているらしい。

豊田市と云えば例の“トヨタ”、世界一の車メーカーの本拠地、、、!
ハイテク産業の中心地と、こんな史跡が共存するところが面白い。
あの日はちょうど下記の様な綺麗なアジサイが咲いていた!

Img_0019_2 Img_0022 Img_0044 Img_0020

以上、別記の写真集≪松平郷≫ もご覧下さい。

◎参考資料
*松平氏発祥の地「松平郷」
*
豊田市≪観光案内≫も参考までに!

◎過去の関連ブログ
*徳川の威光!
*松平郷

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2020年5月20日 (水)

今、「JIN-仁-」が面白い!

コロナ禍で連日ほとんど家の中に居る事が多い昨今、ジャズを聴きながら
こうしてパソコンの前に座ったり、疲れたらテレビを観たり、、そうだ!
テレビと云えば最近のテレビ・ドラマで面白い! と感じたドラマは、
ほとんど無いな~?

特に嫌いなドラマはミーハーものや、いつも同じ役者のありきたりな刑事
もの、その他モロモロ! だから私は主に昔の時代劇 ばかり観ている。
「剣客商売」「鬼平犯科帳」「座頭市」「壬生義士伝」、等々だ。
それらに比べてNHKの大河ドラマ のつまらない事この上ない、、、!

そんな日々で唯一、今テレビ・ドラマ 『JIN-仁-』が面白い、!
数年前に偶然観たテレビ・ドラマだったが、最近また再々放送されている。
   001_size6       
この『JIN-仁-』を改めて調べてみたら「村上もとか」って人の漫画らしい。
これを原作とするテレビ・ドラマのシリーズの事だった。

漫画はほとんど読んだことがないし、だから「村上もとか」って作家も
もちろん知らなかった。それはともかく、、、
2011年5月に第15回手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞したとか!


◎その内容を大雑把に云うと、、、
現代から幕末へタイムスリップした脳外科が専門の医師の体験談的な話、
主人公の南方 仁先生がタイムスリップして現代の東京から幕末の江戸に
行ってしまう。
以前、初めてこのドラマを観た当初はアホみたいな空想漫画映画か?と
思ってたら、意外と真面目なストーリー展開で、その話の主テーマは?
現代の医療技術が江戸時代末期の日本ではどこまで再現できるか、
、と云ったところか!

話が進むにつれ、物語の展開に自然に画面に引き付けられていった事を
憶えている。初めに東京からタイムスリップした時、主人公は最低限の
必要医療器具だけしか持っていなかった。

そこで江戸の庶民の怪我や病気を助ける時、持参してなかった他に必要な
医療器具などを工夫して自作したり、中でも事故で頭蓋骨骨折の患者を
救う時、大工道具のノミの様な刃物で頭蓋骨を切開したり、とか!^_^)

かなり乱暴なマンガ的シーンもあるが、それが単なる漫画でなく、内科、
外科などとその専門を問わず、とにかく医者としてその場で出来る事に
最大限の努力をして人の命を救おうとする姿勢が周囲の者だけでなく、
テレビを観るこちらも感動してしまうドラマの創りだった。

医者はどの時代も命に絡むから大事な存在、だからそこでヒューマン
ドラマも生まれ、はたまた主人公を密かに慕いながら助ける武家の娘との
淡いロマンスあり、またその兄との友情と信頼関係も達成される。
また、幕末と云う設定らしく尊王攘夷の嵐の世の中、実在した坂本龍馬
などこの時代に
実在して活躍したほとんどの有名オールスター達が絡ん
だりして、それもまた楽しめる。
それが陳腐な感じでなく、かなりリアルに主人公に絡むところが面白い。

また当時の江戸の医療の現実、将軍家や武家の御典医とか、昔からの
漢方医学と、オランダから長崎を通じて国内に伝わりつつあった
蘭方医学の間での確執などもドラマで描かれていて、この辺りの史実と、
フィクションを織り交ぜながらの設定も良く出来ていた。

また、主人公の知識や技術を快く思わない人から命を狙われたりすること
もあり、その辺りのストーリー展開も面白い。
今風に云えば医者の世界独特の学閥やら、公的機関 (江戸時代では
幕府の公認医) と、民間 (いわゆる町医者) の医療機関との確執の様な
ものだろう、、、? 
てなふうに考えれば、、、
今も昔も人間の“業”と云うか、やってる事は同じだね~!


仁先生はおっとりした人柄として描かれているけど、現代と過去の間で
苦悩しながらもとにかく今、自分の目の前にいる患者を救う事だけに
まい進するマジメ一辺倒の医者だった。幕末の時代では、現代医療の
技術と知識を持った主人公は正に天才医者、何でもどんな病気でも怪我
でも治せる、まるで神様の様な存在として周囲から尊敬され、また
皆に心から感謝されるが、、、?

当のご本人は、それで天狗になったりせずに無欲の医者として特に庶民の
医療活動に励めば励むほど、自分がそうする事によって歴史を変えて
しまう事になるのではないか、、、? という不安もあった。
特に吉原の花魁との絡み、この花魁が実は仁先生の東京での恋人に
瓜二つ、その恋人の先祖がこの江戸の花魁だったか? と思わせる!^_^)

ある時、江戸にコレラが流行った。庶民は訳も分からず簡単に死んで
しまう事から「コロリ」と呼んで恐れ慄きパニック状態! そんな時、
主人公の仁先生は患者を一早く隔離する必要性から必死になって街の
人達を指導しながら隔離していく、、、
正に今で云う公衆衛生の基本を徹底させたのだ。

もちろん現在の様なコロナウィルスとコレラは同じ感染症でも異なるが、
その詳しい検査の技術も知識も、とにかく何も無かった江戸時代だ。
しかし、仁先生は自らも感染する危険性を押して治療に励む、、、
手ぬぐいをマスク代わりにし、焼酎で消毒し、なるべく患者に近づか
ないと云う、まさに現在の医者や我々が経験している様な状況だった。

さらに江戸は昔から火事が多かった。この火事に関するストーリー展開も
面白く、特に火災による怪我人続出で今で云う トリアージ の話や、、、
また当時は抗生物質がまだ発見されてなかった。だから手術での感染症を
防ぐ為に抗生物質であるペニシリンを自作することに挑戦する、など!

ペニシリンが青カビから作られた事は、彼が医学生の頃学んだ事なので
それを必死に思い出しながら、何度も何度も自作のペニシリン創りに挑戦
する。そして遂にその熱意が周囲の有力者を動かす、、、
中でも現存するヤマサ醤油 の当時の当主が多数の人と設備を必要とする
資金的な援助をする。これも半ば史実に近いフィクションストーリーだった。

仁先生はこうして全国各地を飛び回り、彼は色々な人達の命を救っていく。
彼の医療技術は現代に少しずつ近づいていくが、当時の医療技術と
その限界を空しく感じさせるこの作品のストーリー展開は素晴らしい。

当時と比べたら格段に進歩した日本の医療、しかし今回のコロナウィルス
の様に、未だその正体を人類は完全には把握してない。薬もワクチンも
未だなし、そんな意味では昔も今も医療は日進月歩を続けている、、、!

医学の世界とはまた別に、、、
幕末の日本は、今から考えるとまだ何もない大変乏しい時代だった、、、
だが、そこで生きている人々は皆が共に笑い、泣き、喜び、苦しみ、
悩み、迷いながら生きていた、、、。
いつか? もっと良い時が来るだろう!、と皆がそんな希望を持っていた
のかも知れない?

その、いつか? つまりそれがもし現代であれば、確かに医療技術は
格段に進んだが、物質的にはあまりにも満たされ過ぎている現代の
日本!
その代償か?昔と比べて 希薄になってしまった人間同士の絆、
繋がり
、、、等々
自分の子供時代を思い出しても、僅か70年ぐらいでも変わり果てた日本!
何となくとても寂しく、そして切なく感じてしまう。


◎最後に、、、
ドラマの中で印象に残った主人公 南方仁 のセリフ、?

「神は超えられる試練しか与えない。」
「試練の後には素晴らしい未来が待っている。」
「どちらを選んでも後悔が残るなら、運を天に任せるのも手さ。」
「自分の手術が失敗しても、医学の礎になるなら無駄ではない。」

そして彼が尊敬する蘭方医の 緒方洪庵 曰く、、、
「私は、医の道は平らな世に通じると思うてます。武士や百姓や、
 と人に勝手に身分の上下つけとる世の中ではございますが、
 腹割れば同じもんが入ってます。人の下に人 皆等しきなり。」
 、、、真に現代にも通じる人間愛に満ち溢れた言葉の数々だ。

“仁”とは?思いやり、いつくしみのこと、、、!
つまり “医は仁術なり”であって、“算術なり”となってはいけない!^_^)


◎参考資料
TBS 日曜劇場「JIN-仁-」
緒方洪庵 (Wikipedia)
濱口儀兵衛 (Wikipedia)

◎過去のブログ
最近の病院は?
近年の病院と医者は?


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2020年5月 3日 (日)

コロナ、長崎が危なかばい!

相変わらず中国コロナウィルス騒ぎで政府の緊急事態宣言下、、、
自粛生活を余儀なくされて、いささかウンザリ疲れ気味の昨今だ~!

これまで私の故郷 長崎のコロナ禍は長い間 感染者が1人とか2人とか
少ない日が続いていたが、先4月末頃から少~しずつ報道されていた
長崎でのクルーズ船騒ぎ
で一挙に注目され出した! それは、、?

三菱重工香焼造船所に修理のために停泊していた大型クルーズ船の
『コスタ・アトランチカ号』(イタリア船籍・8万6千トン)の乗組員の間で、
コロナ感染者が多数出たからだ。
20200502
(上の写真がその問題のクルーズ船。煙突の"C"マークを憶えておこう、!
              、、、ネットから無断借用して済みません!汗)

報道を注視していたら、船主コスタ側、三菱重工、長崎県知事,市長など、
自治体側の三者の間で、誰も責任を取ろうとしない様子に、、、!怒)
互いに責任のあいまいさばかりが目立って、、、イライラ!怒)

もちろん一番悪いのはコスタ側 と決まっているが、彼ら船主側の本国の
イタリアが今回のコロナ禍で大被害が出ている事は世界中で周知の事実。
だからコスタ側はそれを踏まえて今回の長崎での事例に関しては、
当然丁寧な対応をする筈だ、と思っていたら? 何んのことはない!?  

船内感染が発覚した20日以降乗組員の下船は「ない」と云ってたのに、
その2日後、帰国や買い出しの為の下船が有った事を認めた、、、!
三菱はその後、乗下船データの公開や共同会見に応じるよう説得したが、
コスタ社側は了承せず、会見にも同席しない無責任さ、、、!怒り)
28日にようやく、A4判1枚の声明文に簡単な集計表を盛り込む事だけを
了承した、と!  何たる会社だ~!


(20200429 クルーズ船乗組員の乗下船の状況について、
                 長崎市長と三菱側が会見【テレビ長崎】)
【後日談】この動画はいつの間にか抹消されていた。さすがに恥じた?  

また三菱側も 『時間がかかったが、やれることを精いっぱいやった!』、と。
何~んだ、そんな他人事のような云い方は~!
私は生まれも育ちも長崎人! そして地元の三菱関連企業に勤めていた。
その私が思うに、、、?
三菱はいつからそんな無責任な会社に変わったのか~?
昔から三菱は長崎市民と共存共栄してきた会社じゃなかったのか~?
そんな体たらくだから ここ香焼工場も 売りに出す様な事に なったのか?
、と最後は今回の件には関係ない事まで云いたくなる。

そして自治体側、現在の知事は長崎の出身者じゃない?と聞くし、、、
また市長は比較的若いが、聞けば何かと評判が悪い様だ、、、?
原爆被爆地だから核兵器反対運動などに熱心なのは良しとしても、、、
今回の件では何か他人事の様な対応をしている感じだった、、、?
これでは地元の香焼町や周辺区域の住民はもちろん、全市民が
長崎が危なかばい! 船の乗組員から市民に感染者が出んやろか?
、、、と、気が気じゃないだろう!汗)

下の写真は2018年10月に帰郷した時、旧実家の裏山だった『鍋冠山』
から撮った長崎港の入出口付近。大きな吊り橋の女神大橋の左側支柱の
下部辺りには昔、女神検疫所、と云う役所が有った事を今でも憶えている。
ここで長崎港に入港する外国船の検疫をしていた、と子供の時に両親から
聞いていた事も憶えている。だから、、、
今現在は外国船の入港時の検疫は何処でやっているのだろうか、、、?
Img_0003_20200501143701 
橋の先の方、二つの赤い鉄柱が三菱重工香焼工場ドックの大型クレーン。
この女神大橋から写真の右手側が長崎港になる、、、。
因みに三菱重工(造船)の本工場は写真の右側 (写ってない) となります。


そして下の写真は上の写真の逆で、三菱の香焼ドック側に係留中の
『コスタ・アトランチカ号』と写真上部に女神大橋~その奥の長崎港と
市内の一部を傍観した画像。
(以下二枚の写真はネットから無断借用)
20200501-1

また、下の写真には、、、
三菱香焼工場には問題となったコスタ・アトランチカ (左上) 以外にも
コスタ・ネオロマンチカ (真ん中の出港中) と、コスタ・セレナ (右端
一部) の二隻がいずれも修理入港していたが二隻とも既に出港している。
20200501-2a 

◎以下、余談になるが、、、
船主コスタ社とは? 実は8年前の2012年、イタリアの小島で座礁
事故を起こし浸水・転覆。死傷者90人と行方不明者2人を出す大海難
事故を起こした事は、まだ記憶に新しい。

そしてその時の船長が乗客救助を怠った、としてその後の裁判で有罪
判決、現在服役中と云う 曰く因縁付きのあの問題会社だった。
今回の件とは全く関係ないが、如何にもいい加減な会社、ってイメージ!
コスタ・コンコルディアの座礁事故 (Wikipedia)
これを読むと、改めてこの船会社の無責任体質が分かる様な、、、?

さらにさらに、、、
そのコスタ社と云うのは? 実はカーニバル・コーポレション と云う
産廃物やプラスチック・ゴミ等を海洋投棄していた悪名高き世界最大の
クルーズ客船 の運航会社の傘下だったのだ~!



◎最後に、、、

今までイタリア、って国は、その歴史や映画などで比較的好きな国の
一つだったが、上記今回のクルーズ船の対応で、いわゆる悪い意味での
ラテン系のいい加減さを感じてしまった。

◎以下、「長崎新聞」の上記関連記事
 *長崎停泊クルーズ船 (関連リンク先の全記事を含む)

◎こんな動画も有ります。
 フィフィ【衝撃の事実】

【参考資料】
 *三菱重工業長崎造船所
(Wikipedia)
 *同上、長崎港Map  
 *
新型コロナウイルス感染症まとめ
 *山中伸也教授のHP

【過去の関連ブログ】
 *長崎くんち/懐かしの故里巡り
 *コロナ疲れ、今日はMJQで癒そう!

   *コロナ騒ぎ、だから静かに音楽を!
   *中国ウィルス騒ぎ
   *四つ足なら何でも?

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2020年4月24日 (金)

コロナ疲れ、今日はMJQで癒そう!

コロナウィルス騒ぎ真っただ中の日本列島、、、!
全国に緊急事態宣言が発令されて早二週間過ぎた。
相変わらず全国で毎日300人以上の感染者が見つかっている。
そして、これまでの累計死者数が遂に300人を超えた!

但し、現在の検査方法での感染者数のデータが必ずしもウィルス
蔓延の実体を表しているか? と云えば前回書いたように疑問も
あるが?

政府は来5月6日のGW最終日までを予定している同宣言だが、
果たして予定どうり解除されるのか?  事態はもはやほぼ不可能な
感じだ!? 何故ならば?専門家が云う『対人接触を8割減 と、
緊急事態解除の為の目安として全国の毎日の感染者数を100人以下、
と、云う一部の専門家もいるほど。

メディアでは連日政府の諸々の対応に不満と批判のオンパレード、、、!
確かに政府の諸対策の中には素人目にも疑問を感じる点や、中でも
一家に二枚無料配布中のマスクから多数の不良品が見つかった、等
論外で言語道断だ!

また緊急予算でその緊急度合の優先順位を疑うような予算配分など、
疑問を感じる点も多々あるが、、、?
それにしてもこの国家の非常時に挙党一致せず、相変わらず体たらく
な与野党の国会議員達に歯がゆい思いでイッパイだ。

政治家も一般国民も、これまでの平和ボケの極みで 危機意識が低く
庶民の中には不要不急とか3蜜の意味 を未だよく理解出来ない、或いは
自粛生活が辛抱出来ない 一部の人達も相変わらず存在している。
特に範であるべき政治家の中にも未だ事態を軽く視ている者もいる?
そう云う自分も正直 先月まではかなり楽観的だったが、、、!恥)

ただ不要不急とは云っても、例えばプロのミュージシャンにとっては
音楽を演ずること自体が”不要”でなく”要”になる筈で、各人の職業や
その立場によって各々その意味合いが変わってくるから厄介だ。
それでも最後は命との比較で決めなくてはならないが、、、!
そして政府(自治体)は各業界に休業要請するなら、やはりその補償も
特に中小零細の職種には手厚く、そして緊急に講じる事は当然!

不要不急
の外出を控えて国民全体の対人接触を8割減にするには、、?
何と云っても都会の駅の朝夕の通勤ラッシュを限りなくゼロにする事!
その為には通勤者にそれを要求するより、中小零細の商店等に休業要請
するように、大中の企業側にも休業要請する以外に方法はないのでは?
或いはまた、全国の公共交通機関の運行を大幅減少するとか、、、!

即ち、ウィルス蔓延の押さへ込みと経済活動の継続、、、?
『二兎を追う者は一兎をも得ず』にならなければ良いけど?


それにしても、ここに来てドサクサ紛れの犯罪者が現れたり場合によっては
コロナ騒ぎより、これにより生じている人心の乱れ の方が、
コロナ以上に怖いものになりそうだ!
 
そして、、、こんな事は云いたくないが、何だかイヤ~な予感もする!
コロナウィルスへの対応を失敗して、日本国内が荒廃してしまう?とか、
自分がまだ幼児だった、あの敗戦直後の日本の様に、今の日本人は
もう一度、全国民が 本当に苦しい酷い目に合わないと目が覚めない!
のかも知れない?? あぁ~溜息!

【参考資料】
  *
新型コロナウイルス感染症まとめ
  *山中伸也教授のHP
【過去の関連ブログ】
  *コロナ騒ぎ、だから静かに音楽を!
  *中国ウィルス騒ぎ
  *四つ足なら何でも?



◎さて、もうここらで話題を変えて、、、

毎日の自粛生活で、我ながらこんなつまらないブログを書きながらの、
今日のBGMは前回のクラシックに変わって、やっぱり大好きなジャズ、、
MJQ (Modern Jazz Quartet)

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以下、以前の記事のコピペ、リメイク版ですが、、、!^_^)
20歳前から聴き始めたジャズも初めの頃は、いろんなジャンルのジャズ
を聴き漁り、ド派手なサウンドのビッグバンドジャズを好んだり、時には
静かなコンボ・ジャズを聴いたりしていたが、、、
やがて歳をとるにしたがい、自分の好みの傾向が自然に固まっていった。

そんな頃からピアノ・トリオがしっくりくるようになっていたが、、、
並行して、たまにはクラシック音楽も聴いていた。
そんな私が20歳頃のある日、それまで聴いたことがない、、、?
初めてのサウンド♪に出会った!

それはまるでクラシック音楽のような、そんな雰囲気を持った音楽だった!
しかし良く良く聴いてみると、その音楽もジャズには変わりない? 
それこそ、MJQ(Modern Jazz Quartet) と 呼ばれる黒人4人組の
コンボだったッ!

◎以下、赤太字のDisk Title から Youtube でお聴きになれます。

Top_10←これが1962年、初めて聴いたMJQのレコード。
『The Modern Jazz Quartet/European Concert』
MJQのヨーロピアン・コンサート、2枚組LPだった。
ATLANTIC MJX-1, 1960/4/
MONO録音
ジョン・ルイス(p),ミルト・ジャクソン(v),
コニ-・ケイ(dms),パ-シ・ヒ-ス(b)

 

Safe_image初めて聴いた時、このレコードに異様な感動を
覚えた! まるで ジャズ室内楽? と呼んで
ふさわしいサウンド!
全員黒人でありながら、それらしいドロ臭さは
皆無、バッハの様な古典音楽を聴くような厳かな
雰囲気。

 

しかしミルト・ジャクソンのウ"ィブラホ-ンは
随所にソウルフルでファンキ-なム-ドも漂わせる。ジョン・ルイスの
ピアノはシングル・ト-ンで派手さはないがバイブとのコンビネ-ション
が最高だった!

そもそもMJQは1952年に、ディジー・ガレスピー楽団から、リズムセクション
が独立し、ジョン・ルイス(p)、ミルト・ジャクソン(vib)、パーシー・ヒース(b)、
ケニー・クラーク(dms)によってカルテットのグループ“モダン・ジャズ・
カルテット(MJQ)”が結成されたが、2年後にはドラムスがコニー・ケイに
交代、、、その後はメンバーは変わらず。

グループ結成以来、ホーン(管楽器)をメンバーに加えない、というのが
最大の特徴で、演奏は“エレガント”と評されるように、クラシック室内楽
のような緻密で繊細なサウンド。

そもそもピアニスト謙リーダのジョン・ルイスがバッハ的で、知的、、、!
クラシックに似たピアノ奏法と、ミルト・ジャクソンのブルージーで熱い
演奏スタイルがちょうどバランスよく融合し、“エレガント”な雰囲気を
作り出している。因みに、、、

ジョン・ルイスの地味でバッハの様なピアノ演奏よりも、如何にも黒人っぽい
ソウルフルでジャズっぽい雰囲気を持つミルト・ジャクソンのウ"ィブラ
ホーンの方が大いに目立って、皮肉的に MJQ(Milt Jackson Quartet)、
呼ばれた事もある!^_^)

MJQはビ・バップなどのホットなジャズとは一味違った“エレガント”な
演奏に、ジャズファンはもちろん、クラシックファンをも取り込み、幅広い
音楽層に高い人気を誇った。例えば、、、

 

019『DJANGO』、このアルバムはドラム(dms)
がコニー・ケイに代わる前のMJQの初代
ドラマー、ケニー・クラークが参加した初期の
MJQの名盤中の名盤。
ベルギーのジプシー出身のギタリスト、
ジャンゴ・ラインハルト(g)に捧げた表題曲
「Django」があまりにも有名。

 


Top_09『The Modern Jazz Quartet/Under The Jasmin
Tree』

APPLE AP-8595, 1968/XX/XX  録音
ジョン・ルイス(p),ミルト・ジャクソン(v),
コニ-・ケイ(dms),パ-シ・ヒ-ス(b)
MJQレギュラ-・メンバ-による録音
だが、MJQにしては異色の雰囲気!
全曲ピアノのジョン・ルイスのオリジナル作品。
やっぱり室内楽的ム-ドで、このLPではミルト・ジャクソン(v)  のソウルフル
な感じは皆無!

しかし、MJQは1974年に一度解散する。

Top_08← これが解散を記念した最後のレコード!
『The Last Concert/The Modern Jazz Quartet』
ATLANTIC P-5177~8A,  1974/11/25  録音
ジョン・ルイス(p),ミルト・ジャクソン(v),
パ-シ・ヒ-ス(b),コニ-・ケイ(dms)
モダン・ジャズ史上20年以上続いた屈指の名コンボ
MJQのラスト・コンサ-ト。

さよならコンサ-トはこれまでの集大成とも云うべきMJQ演奏の名曲
シリ-ズ、「Softly, as in a Morning Sunrise(朝日のようにさわやかに)」、
「バグス・グル-プ」、「ラウンド・ミッドナイト」、「ジャンゴ」、etc、etc、の
2枚組LP。

同じ曲を演奏した他のMJQのレコ-ドより、さらに磨きが掛かったこの盤の
演奏はさすがにラスト・コンサ-トに相応しい。逆に言えばMJQのレコ-ド
だったらこの2枚組みだけを持ってたらそれで充分かも?
とにかく全員がノリにのった、力のこもった演奏のディスクだった。

かように、1974年に解散したMJQは1981年には再結成された。
それは、、、? ミルト・ジャクソン自身は、ジョン・ルイスのアレンジする
クラシック的演奏よりも、ブルージーな演奏を好んでいたため、MJQの
活動をあまり好んでいなかった? と云われているが真偽のほどは?
その所為だろうか? 上記したように1974年に一度解散したが、
その後多くのファンからMJQ再結成の要望があったため、ファンの声に
後押しされて1981年に再結成した?、、、って事らしい!?

MJQを聴いていると、50年代半ばのビバップ全盛期に、アンサンブル
重視を展開したMJQはそれだけでも偉大!
ジャズはノリだ!、スゥイングだ! と良く云われるし、私自身もそう信じて
いるが、全てに抑制を効かせた冷静、かつバランス感覚を持った音楽の
素晴らしさ。

MJQはよくクラシック、それもバロック音楽の要素を取り入れた、、、
と言われるが、そうではなくてMJQの演奏スタイルこそがオリジナリティに
あふれている。例えば以下の様なディスクもある。


Top_0_2『Fontessa』(フォンテッサ)は1956年にそれまで
所属した"Prestige"から"ATLANTIC"レコードへの
移籍1弾目のアルバム。
表題の"Fontessa"は現在も各地で上演されている
16世紀イタリア・ルネッサンスの仮面舞踏会?の
即興演劇。John Lewis が小組曲として作曲した
大作。そして、リーダー、John Lewis(pf) とMJQに
よるジャズ室内楽の代表作品。

 

Top_1『Pyramid』、おなじくMJQのアルバムだが、
それほど有名ではないみたい?
、、しかし、私は大好きなアルバムの1枚。
それは全曲に渡って飽かさない選曲とアレンジ
だからかも? 中でも Milt Jacksonのソウフフル
なVibraphoneには下半身がムズムズ!?^_^)

 



Top_2『No Sun in Venice』(たそがれのウ"ェニス)
これまた初期のMJQアルバム。50年代初め頃の
John Lewis はサードストリーム・ジャズ
(第三の流れのジャズ)の創始者とも云われていた。
現在はフュージョン・ジャズが当然の様な流れ
だが、当時は知的な彼のジャズがとても新鮮
だった。このアルバムはフランス映画
(邦題”大運河”)の音楽としてJohn Lewis が作曲
したもの。また、このレコードは、ジャケットの美しさでも有名で、
この絵の作者は英国の画家ターナーが描いたベニスの風景画らしい。


Top_4『The Sheriff』 は静かでエレガントないわゆる
M.J.Qサウンドからすれば相当異色な一枚。
ディスクの7曲目、「カーニバルの朝」が評判が
良かったが、確かに聴いていて気持ちの良い。
しかし、このアルバムは、この一曲に限らず、
メロディ優先のM.J.Qサウンドだが、全体的にも
jazz的に明朗な盛り上がる演奏。
クラシック的重厚感とは別の世界にあるM.J.Qの
あまり知られていない佳盤!


Top_5『Concorde』 は1955年7月に録音された。
今から半世紀前の演奏だが、穏やかで上品な
香り! これこそジャズとクラシック・テイストとが
うまく融合した音楽。
MJQのようなヴィブラフォン、ピアノ、ベース、
ドラムスという編成はジャズの音楽史の中では
異質。後にも先にもそのような編成で長く続いた
グループがない。
中でも「Softly, as in a Morning Sunrise 」は、マイルス・デイビスの
「マイ・ファニー・バレンタイン」と並んで傑作中の傑作だろう!


Top_6『Porgy and Bess』(ポーギーとベス)。
とにかく美しいガーシュイン歌曲の中の
1曲目の「Summertime」から比類のない美しい音楽が最後まで流れる。
バグス(Milt Jacksonの)の繊細でイマジネーションゆたかなソロが
素晴らしい。

 

 

Top_7『Blues on  Bach』
ブルース調とバッハ調が交互に演奏される
構成で、彼らのバッハ解釈がブルースと並べら
れた時にどのように響くかを聴く者に問うような
曲順になっている。

これこそ現代ジャズの幅をクラシック側に広げる
ような実験的アプローチなのか?
何しろ、堅苦しそうだが、聴いてみるとそうでは
なくてタイトルどおりの“Blues on (and) Bach”だった。


◎最後にもう一つおまけに!
"Softly as in a Morning Sunrise"Modern Jazz Quartet in London.
  ⇒これの続きで、以下が楽しいよ!
Milt Jackson & Benny Golson & Art Farmer & NHØP - Whisper Not   


◎関連拙ブログ
*本文記事左側の INDEX欄 ※“趣味の音楽関連”と、
*ブログ “音を楽しむ徒然語り” その1 以降のシリーズ や、

*HPの “Modern Jazz LP Collection” も併せご覧下さい。

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2020年4月15日 (水)

コロナ騒ぎ、だから静かに音楽を!

コロナ騒ぎでの自粛生活もそれほど悪くない、、、!^_^)
何故ならば? 私みたいな爺ィ~はそもそも日頃からあまり遠くへの
外出もしていないし人との接触も少ない、云わば年中自粛している様な
ものだから? それで今日もまた独り言の爺(時事)放談だけど、、、

20200416-6
(この画像は最下段、チェコの”モルダウ川”です。)

遂に東京都など7都府県に「緊急事態宣言」が出されて早1週間、、、
テレビで観た東京の街の様子などで感じた事は、、、?
何だかんだ云っても ”日本人はマジメだ” と云う事だった!^_^)

ウィルス感染を防ぐ為の他人との接触自粛や、休業の必要性に対して、
諸外国の様に国家権力による”強制”ではなく、我国では単なる”要請”
でありながら、何かと不満を云いつつも、、、やはり
”お上の云う事に対しては”、健気にちゃんと応えようとしている人々、
その辺りが、例え今時のノーテンキで平和ボケの日本人でも外人とは
違うところだな~、って事!

私が住むこの地方でも、まるでゴーストタウン化したか? と云えば少々
大袈裟だけど、確かに近所の通りからも人影がかなり減ったのは事実。
また行きつけのショッピング・モールや他の商店から人が減ったのも確実。
本当にみんなマジメ、それとも或いは恐がっているのかな~? しかし、
それでも理論疫学の専門家が云う、人との接触を理論値8割減 どころか、
政府が云う7割減 にすらまだまだ程遠く、これはどうやら無理な様だ?

また今回のコロナ騒ぎで、飲食店など特に小規模事業者、商売人はコロナ
騒ぎの為に政府や地方自治体から休業要請されたら当然の様に休業
補償
を求めてくる。そこで金を出したくない与党政府と補償を求める野党
の間でその具体的な金額や方法で連日のように揉めている。

その他、今モロモロ揉めているのは、、、?
コロナに罹ったか?否か? の判断基準となるPCR検査とやらについて
医療関係者など専門家の間ですらも語られている意見の相違?
それはともかく連日公表されている現在の同上検査器具と、その検査対象
者の選定方法や手続きなど法的な複雑さなど知るにつけ、ともかくそれで
検査した結果である感染者数とは?、そう云う意味でも私自身はあまり
良く理解できない? 

その点、死者数は不確定要素が少なくて単純で正しいデーターだろう。  
だから個人的には単に死者数 (対人口比率) だけを気にかけている、、、
結果、外国と比較して日本がダントツに死者数が少ないので安堵!
やはり日本の優れた医療技術と後記する日本人の衛生観念の高さ故か?

また医療崩壊を起こさないため、罹患者の症状に応じた受け入れ方法で
病院やその他の隔離場所の選定とその具体的な対処方法、さらに治療薬
やワクチンが出来るまでの云わば仮の対処療法的治療薬の取り扱い方法
と手段は? その他もろもろ、何かと比較される外国との相違? 特に
政府の対応について報道は一様に我国の対応の拙さを批判している。
メディア、特にテレビではワイドショー的に連日連夜うるさい程に放送。

ところで今世界中がマスクを欲しがっている事が私にはとても可笑しい!
何故ならば、私の経験では香港在住時に発生したSARS騒ぎ、あの時の
現地の日本人がマスクしているのを見て香港人は、まるで異様なものを
見るような目つき?で我々日本人を観ていた事、またアジア系に限らず、
過去住んでいた南米など欧米系の人達も日本人のマスク姿を軽蔑した
様な態度だった事を思い出す。それが何だ今頃になってッ!^_^)

彼らにその習慣がないのは、そもそもマスクは病人や医療関係者が使う
もの、と思い込んでいるからで、日本人がごく普通にマスクを使う姿を
見て彼らの目には異様だったのだろう。それが今は我も我もと、!^_^)
私なんか当時親しかった彼らにマスクは冬は顔面の暖房効果もあるし、
春になれば花粉対策、その他空気中の雑菌を防ぐ効果もある等々説明
すると一応納得はするが、かと云って自分は使おうとはしない。

とにかくマスクに限らず、日本人独自の習慣で外国人にはない文化や習慣
などが近年いろんな分野で外国人が日本人を真似しようとしている事が
多い、と感じている。大昔から日本人が持っていた食事前の手洗励行、
昔の欧米人には無かった入浴の習慣、その他、日本人には一般的な
衛生観念が先祖代々伝ってきた。

そこで思い出しのは、、、?
昔ブラジル在住時に、友達の外人が拙宅に遊びに来て室内での上履きと
下履きを履き替える習慣に、彼ら外人は驚き不思議がっていた。
説明しても??
ごく最近も、我が娘がブラジル時代の近所の友達からの便りで、当時の
拙宅での上下履きの履き替えが不思議だったが、彼の地でも今回のコロナ
騒ぎで日本人の習慣が衛生上重要な事だと今気付いて、自分たちも今
真似しているとか、、、!^_^)

私はそれより以前から例えば日本の半導体メーカが米国に進出した頃、
現地のワーカーの募集時にクリーン・ルーム内での上履き下履きの履き
替えを説明したその時、応募したヤンキー・ガールたち曰く、、、
『日本人は失礼ね! 靴を脱ぐのはベッドの中だけよ! 』と、!^_^)
これを説得するのに人事担当者はかなり苦労した、って話は当時の業界
では有名な話だった。
また私自身も、後年中国滞在中に全く 同じ体験 をした。

何やかやと書いたけど、、、
今回のコロナ騒ぎは果たしていつになったら収束(終息)するのか?
我が国も下手すると、米国N.Yの様な最悪のパターンになるかも、、、?
何だか嫌~な予感もする、、、!汗)
以前『後は運を天に任せるしか無さそうだ! 』、、、と書いたが、
今は心静かに音楽でも聴いて、心健やかに過ごすことに集中しよう!

いつものジャズ? 否今日はクラシック音楽で、、、!
以下、以前のブログのリメイク版だけど、、、!

【スメタナ“わが祖国”】

この交響曲、その作曲者はチェコ(ボヘミア)の人、、、
初めて聴いた途端、一目惚れならぬ、人聴き惚れした。
先ずはYoutubeでお聴きあれ⇒第2曲:「モルダウ」

81ggvmqcxvl__sl1500_ベドルジーハ・スメタナ作曲:連作交響詩 “わが祖国”
(Bedrich Smetana:“Ma Vlast”, Cycle of Symphonic Poems)
これの、、、
←クーベリック指揮 ボストン交響楽団のCDだったが、
初めて聴いた時、その素晴らしさに感動したものだ!

スメタナはチェコ国民楽派の創始者とか? 他国の支配下に苦しむ
祖国を思って書かれたのがこの交響詩、と云われている。
連作交響詩として全6曲あるが、その中の第2曲「モルダウ」は、、、
モルダウ川のほとりに立つ城を描いたものとか、、、!
この「モルダウ」を聴くだけでも感激!感涙ものなのだ。ちとオーバー!^_^)

Vistas_de_praga_cropped_2 
↑そのモルダウ川のほとりに立つ城の画像)
(Wikipediaより、あまりに美しい画像なので無断転載!)

ボヘミア(チェコ)など東ヨーロッパの国々は、その長い歴史と周辺強国に
翻弄されてきた暗い過去が有る。
この“わが祖国”は、どこか暗い過去を持つ国を憂い思うような雰囲気の
音楽だが、それに相まって上の写真にある様な名所旧跡と風光明媚な
場所も多いようだ。一度行ってこの目で見たいな~!、が果てさて~?^_^)
しかし今、そのチェコ もコロナウィルスに汚染されつつある!

◎過去の関連ブログ記事
*中国ウィルス騒ぎ
*
四つ足なら何でも?

◎参考Web Site
*
『新型コロナウイルス感染症まとめ』
*山中伸也教授のHP

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