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2018年10月19日 (金)

長崎くんち/懐かしの故里巡り

早いものでもう10月も半ば過ぎ、、、
最近はブログを書く事も何だか億劫になっている、、これでは“いかん!”
と、思いつつも何か個人的なイベントが無い限り書く気にならない!

そこで、、、久しぶりのブログ更新は?
去る10月6日~13日の一週間、昨年の2月以来ぶりに故里長崎へ、!
昨年は法事だったが、自分の耳の調子が最悪の頃だったので法事が
済み次第、トンボ返りして故里では何も楽しめなかった。

そこで今回は毎年恒例の“長崎くんち”祭りの真っ最中を狙って、!^_^)
“くんち”を生で観るのは?、たしか50年振りぐらい? 只々感激、感涙!

“長崎くんち”は毎年10月7、8、9日の三日間と決まっている。
今年は8日(月)の祭日を挟んで日月火、、折しもちょうど台風25号が6日に
長崎に接近、しかし同日夜には日本海へ抜けて、、、
出発前にどうなることやら心配ではあったが、幸い“くんち”の三日間は
晴れて良いお天気だったので良かった。
何より長崎の“くんち”祭り主催者側が安堵した事だろう。

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

◎以下、一週間を時系列で書いてみると、、、
こちら名古屋を出発した10月6日(土)朝、新幹線は九州小倉駅までは
順調で予定ダイヤどうりの運行だったが、小倉駅で強風の為15分ほども
停車! その後、徐行しながら、、、やがて直方付近でも今度は田んぼ
のド真ん中で再び『強風のため一時停車』、の社内アナウンス! 

新幹線は強風に弱い! とは常々聞いてはいたが自分が体験したのは
初めてだった。後日調べて見たら風速25m/s以上で速度制限するらしい?
この日は正にそんな強風だったのだろう! 車内に居ると分からないが、?
車窓から見る付近の山林が大きく揺れていたのはたしか、、、!
しかし雨は殆ど降ってなかった、、、?

やっとこさ博多駅に着いたのは予定より1時間以上の遅れ、さらに博多駅で
特急かもめに乗り遅れの為の切符の切り替え、そして長崎に着いたのは
結局、当初の予定より2時間ほども遅れてしまった。これも初体験だった!

この6日は、長崎市内の妹夫妻宅に泊まり、、、(いつもそうだけど!^_^)
翌7日(日)の“長崎くんち”初日、、、この日はくんち見物は止めて、仕事が
休日だった弟が、我々兄妹弟が生まれ育った懐かしい場所へ案内して
くれた。

先ずは?、、、“鍋冠山”(なべかんむりやま)、と云う 標高169mの小山。
今ではあの有名なグラバー邸(最近は“グラバー園”と云うらしい?)
から徒歩で約10分。私の子供時代、実家から遊ぶ範囲内の距離だった。
展望台からは長崎港を一望することが出来て、現在では長崎で1、2を
競う絶好の場所とか!

展望台は平成28年4月にリニューアルしたとか? 私はもちろん今回が
初めて! ただ自分としてはその今評判の展望よりも、子供の頃に家の
裏山から歩いてここ“鍋冠山”まで行ってた場所に、今こうして車で行く
事自体が驚きと感無量、、、! そして大変懐かしい場所だった。
Img_0001sp_2Photo_5
私が小学生の頃、東琴平町の自宅
の裏に有る金毘羅神社の境内裏
付近から小道を登って行って、、、
やっとここ頂上に着いた記憶が微かにある。


あの頃? そう、昭和53、54年頃の鍋冠山の頂上は戦時中の高射砲の
崩れた砲台とその壁には迷彩塗装の剥げ落ちた跡がまだまだ残っていた。
まだそんな時代だったのだ! あぁ~思い出すだけでも、、、感無量!

その展望台からの眺めは、、、! 真下に広がる長崎港、、、!
Img_0003_4  Img_0004_3  Img_0008_3  Img_0006_3
写真左から対岸と繋がる「女神大橋」、次に右手へ順に、、、
「三菱重工長崎造船所」、その赤い巨大ドックの真正面から海を隔てて、
3枚目の写真、手前の森の中の小さな鳥居が前記実家近くの金毘羅神社
そして、最後右端が三菱のドックで進水した船の艤装工場群 となる。
つまり対岸はオール三菱なのだッ!^_^) 
、、、後ろのアンテナが建つ山は稲佐山、その右手遥か遠くに岩屋山

Img_0007_2さらにその先、左の写真が長崎港の一番奥の部分となる。 
その先に小さく見える赤い橋は浦上川、手前の芝生の
広場は「長崎水辺の森公園」とやら? この公園も
先の「女神大橋」も、昔私が35歳頃までの長崎には
なかった。そして写真の手前の森の真ん中辺りに小さく
見える屋根が“グラバー園”となる。つまりここ鍋冠山の直ぐ下になる!

Img_0014_2方や、今度は後ろ向きになって展望台から長崎港とは
反対側、南東の方角に目を移すと? 右側の高いアンテナ
が立つ星取山、その左手遠くが唐八景(とうはっけい)、
後刻、ここに行く事になる。

Img_0016_3そして南側の遠く野茂半島(長崎半島)の先に目をやると?
山並の右手端っこに昔よく登った八朗岳 も遠望できた。
只々懐かしい、の一言、、、!


車はそこから何処をどう行ったのか? 昔の道とは違う? 今では便利な
近道が出来たのか? ワカラン!
とにかく着いた所は戸町の水源地(小ヶ倉水源地)近くだった!

Img_0022車の窓越し、金網の遠くにボヤけて見えた水源地のダム、
お~ッ! あまりの懐かしさだったが、周囲は完全な
住宅地で驚いた! 昔は何もない広っぱだったのに、、!


Img_0023上戸町~新戸町、と密集した住宅街を下って行き、、、
降りた所は国分町との交差点付近、いわゆる
戸町のトンネルの近くだった。
そこから車はトンネルの左側、国分町へ周る、、、

Img_0025ほぼ一周近く周ったら、やがてトンネルの小菅町側へ
出るが、そのちょっと手前、子供の頃に呼んでいた
たんせんこうば”(単船工場?)、又は“そろばんドック”
正式には小菅修船場跡 、今では国指定史跡、と
なっている。

Img_0027その左手、緑の安全マークが有る工場の上側、、、
崖の上の白い平屋家、あの場所に私が生まれ育った
家があった。だから小学校に入る前、ガキの頃に、
この“たんせんこうば”に下る細い坂道で遊んだ事を
微かに憶えている。たしか5、6歳頃だったと思うが?

Img_0030車は直ぐにトンネルの小菅町側へ出て、、、、、
小菅町、古河町、浪の平町から今度は南山手町に
向かう、、、この間、車窓から懐かしい街並みを眺めて
いたが、感傷に浸る間もなくアッ! と云う間に南山手町
に有った杠葉(ゆずりは)病院 跡を経由して我が母校へ!
Img_0031
母校、浪の平小学校 跡、ここも御多分にもれず少子化の
が押し寄せて数年前に廃校、そして解体された後の
運動場だけが残っていた。

Img_0034ただ唯一、残っていた当時の二宮金次郎 の銅像!
これは当時は上図の運動場跡の右手に建っていたが、
校舎解体の時に運動場の左手隅に移されたらしい?

浪の平小学校卒業が昭和30年(1955年)だったから、
二宮金次郎 さんとも実に63年振りの再会だった!
あまりの大昔だったため、涙も出ない苦笑い顔?!^_^)

Img_0036ここ運動場から、昔は長崎港を挟んで対岸の三菱造船所
などが綺麗に見えてたが、、、?
今回は多くの住宅が建って、、、あまり見えなかった!
それでも懐かしいここの場所だった。

Img_0041次に立ち寄ったのは、、、?
小学校から直ぐ傍の東琴平町1丁目。実は前記の小菅町
から、確か小学校に入る頃はここに引っ越して来ていた。
この町内掲示板の上が我家だった! 7年前に一度来た。

Img_0044
この付近からも毎日見ていた正面の長崎港と、その対岸
三菱造船所の後ろ、テレビ塔が建っている稲佐山、、、


Img_0046ここで思いがけず、今なおここに住んでいた小学校の
同級生と再会!  一瞬、誰か思い出せなかったが、、?
あぁ~、いろんな事が思い出されて、、、涙、涙、また涙!


Img_0048以後、車は浪の平町のバス道路に戻って、松ヶ枝町、
大浦方面を経由、、、昔懐かしい道を通過しながら、、、
先ほど鍋冠山から見えた唐八景へと向かう。



Img_0050ここが唐八景(とうはっけい)、車まで来ればアッ! と
云う間だけど、、、小学生の頃は遠足で来たり、また毎年
4月頃になれば、ここで行なわれるハタ揚げ 大会を見に
よく登って来たものだった。

Img_0051ここから遠く東の方角に目を移せば、、、
橘湾の向こうに島原半島、そして雲仙岳を望む
ことが出来た。
“唐”中国の八景?が見えた? ウソだろう!^_^)

この後、夕方には妹弟たちと別れ、今度は単独行動、、、
30歳頃に付き合っていた長崎の音楽仲間、ミュージシャン達に会うためだ。
長崎市の中心街、流行歌でも唄われたあの思案橋 界隈だ~ッ、、、!
Img_0057Img_0059Img_0058
思案橋は今ではその欄干
だけが残っている。





Img_0064
Img_0062_2これまた懐かしや、、、
長崎、ネオンまたたく夜の歓楽街!





Img_0066
Img_0068そして、旧友のピアニストが経営する
ピアノ・ラウンジへ、、、!
ここで他の旧友ミュージシャンとも
再会できて嬉しかったな~!

以上で懐かしく、また楽しかったくんち初日7日(日)は無事終了!

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

そして日付は変わって翌8日(月)、は くんち中日(なかび)、と変わる。
そもそも、長崎くんち三ヶ日間は、たくさんの祭りの出し物が市内の要所、
要所を練り歩く。従ってこれを見物する観衆は予め、、、
いつ、何処で、何が観れるか、を知っておく必要がある。市の広報や祭り
主催者側の情報は祭りが行なわれる数ヶ月前から報じられるので、
祭り好きの人達はこれを必ずチェックしている。

他県からの観光客や老人など、祭りを追っかけるのが大変な人達の為に、
市内の要所の仮設会場で、一括まとめて全ての出し物が観れる場所
設けられていて、妹たちが予めそんな仮設の場所の入場券を手に入れて
くれてたので私はそこに早朝から行って全ての祭りを見物する事が
出来た。

市中心部、浜の町の一角に設けられた仮設会場。開場は午前8時なのに、
早朝7時に行った時は既に大勢の入場待ちの人達の長い列が並んでいた。その数、凡そ2000人以上?

Img_0072鉄パイプで組んだ仮の座席、本来は天井に日除け
雨除けのテントを張る予定だったが前々日の台風25号
の強風でテントが張れなかった!、とは主催者側の
お詫びの言葉。

Img_0073何とか後段上の方に座席を確保出来たが、周囲は
鉄パイプの柱だらけ! ちょうど8時開演、初めに各出し物
にアンコール・リクエストする場合の掛け声 、、、
『もってこ~い!』、を会場全員で声を揃えるための
リハーサル等々、用意周到、、、!^_^)

午前8時丁度開演~正午までの4時間、今年の祭りの出し物を受け持つ
7ヶ町のそれぞれの趣向を凝らした出し物を充分堪能できた。

◎下記の写真の詳細は、、、http://yoside.cocolog-nifty.com/photos/20181007/img_0071.html
http://yoside.cocolog-nifty.com/photos/20181007/img_0098a.html
、をご覧ください。
Img_0074Img_0075Img_0081Img_0087 

Img_0096Img_0077 Img_0089 Img_0093

◎主な出し物の動画もどうぞ!(鉄パイプが邪魔で手ブレまくりだけど!^_^)
*本古河町 御座船 (指揮者の顔面スレスレまで接近する「寸止め」が迫力満点!)
*椛島町 コッコデショ (山車を3回高く舞い上げ片手で受止め、「もってこ~い」!)
*紺屋町 本踊り (染物職人たちの豪華絢爛の衣装と踊り!)
*東古川町 川船
(投げられた網は見事に魚を一網打尽した!)
*小川町 唐子獅子踊り
(中国色の唐子が酒盛りの様子を面白く表現!)
*大黒町 傘鉾
(重さ100~150kg もある傘鉾を独りで担いで歩いたり廻ったり!)
*大黒町 唐人船
(東シナ海を渡る唐人船と海の男たちを再現!)

◎7ヶ町各出し物の詳細説明
A_5   B_3   C_3


7ヶ町それぞれの出し物の中から七年に一度の代表的大出し物!
前回2011年の『コッコデショ(太鼓山)』 の迫力ある動画をご覧下さい。
 

因みに、各種出し物の内、蛇踊り、コッコデショ、鯨の潮吹き、の三っは
七年に一度しか出演しない大物出し物だ。今年はその中のコッコデショが
七年ぶりの出演となった。話を戻して、、、

4時間もの長時間座りっぱなしだったが、幸い雨も降らず、逆に時折
日が射して暑かったほど、、、しかし前記した様に街中を練り歩く
祭りの出し物を追っかけて廻るより、余程楽勝だった。
よくよく考えてみたら、、、?
目の前で出し物をゆっくり見物できたのは生れて始めてだったかも?

Img_0100
祭りを充分堪能した後の午後、今度は妹たちと一緒に
これまた有名な 眼鏡橋 へ、、、!






Img_0101
その後、浜の町を散策途中、偶然出会った出し物も!





Img_0105Img_0106
アーケード街も久しぶり!
このデパートも古い、懐かしい、の一言!



Img_0108そして我々は、これまた有名な出島 へ、、、!
出島は江戸幕府の鎖国時代、交易目的で来日した
外人達の長崎市内への流入を防止する政策の
一環として築造された扇形で約1.5ヘクタールの人工島。
つまり外人達が居留できる場所が唯一この出島だった!

Img_0114Img_0115Img_0116Img_0130






出島はもちろん昔見学した事も有ったが、近Img_0138年リフォーム
されてから見るのは今回が初めてだった。観光客、
特に中国人が多いのにはウ~ン! 
昔、長崎に渡った自分達の祖先に会うためかな~?

まぁ~長崎とは、、、?
前記のくんち祭りでも分かるが、和洋折衷イヤ和洋中折衷、つまり日本と
オランダ、ポルトガルなど西洋、そして中国の文化が古くから伝わって
混じり合い、異国情緒が豊かな全国でもユニークな町だけど、、、
また、ある意味 訳けの分からない独特の文化が栄えた町とも云える!^_^)

Img_0143出島の外、すぐ傍をこれまた名物のチンチン電車が
走っている。因みに料金は距離、行先に関係なく、、
一律¥120円也!


Img_0145この近くで、またもやくんちの出し物と出会った。
それも今年最も人気のある出し物 『コッコデショ(太鼓山)』
この電車通りも大勢の観光客と人混みでごった返していた。

Img_0148その後、大波止付近に有る御旅所(おたびしょ)へ!
昨7日のくんち初日、一年間諏訪神社に奉納されていた
くんちの神輿が、お下りと云われて、、、


Img_0150神様はこの場所で休憩?、そこで一般市民がお参り
できる。そして最後9日にはお上り と云われて、
神様は再び諏訪神社にお戻りになる。
これと並行して毎年交互に踊り町が、それぞれ趣向の
出し物を競い合う、、長崎くんちは毎年これの繰り返しのお祭りなのだ。

Img_0151同じこの場所の岸壁には、今話題の軍艦島(端島)に
渡るフェリー乗り場も有る。
ただ最近の連続した台風襲来でしばらくは運行中止中とか?
昔はこの付近から渡し船で対岸の勤務先へ出勤していた。

以上、このくんち中日8日 で私の懐かしき くんち見物は終わったが、、、
市内では翌9日のお上り が終わって初めて今年の長崎くんちの終了と
なる。

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

Img_01739日、10日、11日の三ヶ日間はモロモロ私用を済ませ、
12日は墓参り、、、
そして午後には昔勤務していた会社で親しかった
友人二人と数年ぶりに再会! 彼ら二人とは昼食を
挟みながら4時間以上も昔話に花が咲いた。ただ、、、
主な話題は互いの年齢、そして互いの病気の話ばかり、、、!^_^)
だが、やっぱり旧友は良いものだ! と改めて実感!

そして、この日の夕食は妹や弟たち家族全員で私の長崎最後の晩餐会!
と云えば大げさ!、、早い話が大衆食堂で魚料理中心の晩メシ会!^_^)

Img_0201翌13日(土)、昼近く妹夫婦に見送られてJR長崎駅から
帰路についた。
その途中の車窓から見えた有明海、その向こうには
島原半島、その一番高い山が雲仙普賢岳

さらば我がふるさと長崎! また来る日まで、もしそれまで生きてたら!^_^)

写真集≪長崎くんち/懐かしの故里巡り,2018.10.07~12≫
、、、もご覧ください。

◎関連資料
長崎市地図 (google map)
鍋冠山公園
小菅修船場跡 (Wikipedia)
眼鏡橋 (Wikipedia)
出島 (Wikipedia)
軍艦島(端島)(Wikipedia)
雲仙普賢岳 (Wikipedia)

長崎くんち公式サイト
長崎くんち (Wikipedia)
長崎くんちナビ2018
長崎くんちの歴史など(7年毎の三大出し物動画付き)
長崎くんちコッコデショ


◎過去の関連ブログ
長崎おくんち (正調長崎弁バージョン)
長崎くんち
“おくんち”
ふるさとを想う!
長崎 「ハタ揚げ」の話
写真集≪♪“ふるさと”は雨だった♪2015.2.21~28≫
写真集≪♪長崎は今日は暖かかった♪,2013.2.23~27≫
写真集≪♪長崎は今日も暑かった♪,2011.7.18~22≫
軍艦島、そして父の思い出
♪長崎は今日は暖かかった♪

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