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2017年12月15日 (金)

ジェンキンスさんが亡くなった!

ジェンキンスさんが亡くなった!
云わずと知れた拉致被害者 曽我ひとみさんの夫で元アメリカ陸軍兵士。
ここに、、、『謹んでお悔やみ申し上げます!』

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2002年の小泉訪朝で日本人拉致被害者の存在を北朝鮮政府が公に
認め、その時に、曽我ひとみさんの夫であるジェンキンス、と云う
アメリカ人の存在を初めて知った。そして、、、

彼が24歳で朝鮮半島軍事境界線付近に駐屯勤務していた1965年頃、
境界線を越えて北朝鮮側へ投降、逃亡した脱走兵だった事を初めて
知ってビックリ仰天、本当に驚いてしまった!

そして私は何故か? 大昔に観たアメリカ戦争映画 『最前線』 の記憶と
ダブってしまうのだった。

今回、ジェンキンスさんの訃報を知って、またまたこの戦争映画を
思い出し、彼のこれまでの波乱万丈の人生を想って、独り感無量に
なってしまった。

Sim映画 『最前線』 (原題:Men in War)は、
1957年頃のアメリカの戦争映画で、朝鮮動乱時の
米陸軍の最前線の内幕を鋭く描いた異色戦争映画
だった。
主人公は西部劇の『誇り高き男』などで好きに
なったロバート・ライアンだった。


【概要】 映画の冒頭、シーンと静寂の中、疲れ切った兵士たちの表情、、
通信兵が無線に小声で呼びかける本部は一向に応じない??
場所は朝鮮戦争の最前線、主人公率いる小隊は周囲を敵軍に囲まれて
孤立していた、、、
この冒頭のシーンは何故か? 今でも私の脳裏から離れない!

ベトナム戦争以前のハリウッド製戦争映画といえば、好戦的な勇ましい
映画ばかりが多いが、『最前線』 は全編を不穏で厭戦的なムードに
覆われた極めて異色な作品だった。
異国の戦地で孤立し、疲弊しきった兵士たちが終りの見えない消耗戦を
強いられる辛い辛い映画だった事を思い出して、、、

その時の映画のシーンと、何の関係ない今回のジェンキンスさんの話、、
つまり映画は朝鮮戦争そのものが舞台だから、1950~1953年頃の話、
しかし、ジェンキンスさんが南北軍事境界線付近に駐屯勤務していた
のは1965年頃の話だから、、、! それはともかく、、、

軍事境界線を越えて北朝鮮へ逃亡しようとしたその瞬間、彼が頭の中で
何を考えながら走ったか?、、、そんな事を勝手に思ってしまうのだった。

話はガラリと変わるが、最近同じく軍事境界線付近で勤務していた北朝鮮
兵士が境界線を越えて韓国側に逃亡した事件があった、、、
時代背景も、その兵士の脱走理由もまったく異なるだろうけど朝鮮戦争は
終わったのではなく、1953年以降 北緯38度線付近の休戦時の前線が
軍事境界線として認識され、以降これまで休戦状態のままなのだ。

後に知った事だけど、1965年頃と云えば、ちょうど私が結婚した年だから
良く憶えている。それより以前からアメリカはベトナムに軍事介入、、、
そして拡大を続けていたさ中で、多くの米兵がベトナムに派遣されていた
時期だったのだ、、、

そんな時に、ベトナム戦争での米兵の壮絶な戦いを聞き知っていた
であろうジェンキンスさんは、自分も朝鮮からベトナムに派遣されるかも
知れない、と云う心配と恐怖? つまり軍務に対する不満と厭戦気分が
高揚したのか、、、?  結局、脱走を計ったらしい? もっとも、、、
これ以上、その時の彼のせっぱ詰まった心情を我々は知る由もなし!

ただ、結果的に北朝鮮に逃亡して39年後の2004年、北朝鮮で結婚して
先に日本に帰国していた妻の曽我ひとみさんと再会! 曽我さんの故郷
佐渡で二人の娘さんを交えての新しい自由な新生活を迎える事が出来て
本当に良かったな~!、、、と私は心の底からそう思う。

日本帰国後、神奈川県の座間にある米軍キャンプに脱走後初めて
出頭し、出迎えた上司に最敬礼して出頭を報告している姿をテレビで
観ながら、如何に歳はとっても、その軍人としての毅然かくしゃくとした
態度行動
に思わず凄いッ! と強烈な印象を持ったことを憶えている。

その後は日本政府の働きかけもあってか、米軍側でも特別な対応処置が
あった様で、結果的には脱走問題を取り上げる軍法会議も形式的なモノ
だけだった様だ。 一か月未満の短期間の禁固刑のあと釈放、、、、
はれて脱走兵の汚名も消えて正式に米国軍人としての経歴を終えた。

まぁ~見方を変えれば北朝鮮での39年間の自由のない辛かった生活が、
云わば米軍から脱走した罰だった! と考えられない事もないかも?
また、艱難辛苦の北での生活だったと思うが、結果的に曽我ひとみさんと
結婚、二人の娘さんも授かった事は唯一の幸せだったかも?

ジェンキンスさんはその後、母国アメリカに帰国、、、
そして年老いた母親とも涙の再会! 結局、ジェンキンスは妻ひとみさん
を気遣ってか、母国ではなく日本で家族ともども暮らす事にした。が、
本当はやはり生まれ故郷のアメリカで余生を送りたかったのでは?
などと考えてしまう。

話は変わるけど、、、
当時、ジェンキンスさん以外にも3名の北朝鮮に残るアメリカ軍の逃亡兵
が確認されているとか、、、? またこんな話はベトナム戦争でも似た様な
脱走事案が確認されているし、、、

近年の世界各地での紛争、戦争で最前線に配置されている主に米国の
兵隊は、その程度の差こそあれ強烈なストレスで精神病を病んだりした
者が多くいる事が確認されている。

ジェンキンスさんとご家族の数奇な運命を大変気の毒だった、と思うが、、
日本国民のみならず世界中の人々に北朝鮮の実態を明らかにした事と、
彼が知り得た他の拉致被害者の情報など大いに評価されて良いのでは? かなり勇気の要る事だっただろうし!

拉致問題に北朝鮮側は誠実に調査をすると約束しながら、いまだに進展をみていない。ジェンキンスさんが帰国してから早十年以上が経過した。
速やかな解決を望んでやまない、、政府は何やってんだッ!

2017年12月、彼の波乱の人生は日本の佐渡で終止符となってしまった。
少ない年数だったが、人生の最後を佐渡で暮らしたジェンキンスさんは
多分幸せだっただろう! そう思いたい!


◎最後に、、、
近年、彼ら家族一同が佐渡で平和に暮らしている事を知り、出来る事なら
一度訪問して、ジェンキンスさんと直接会ってみたかった。
     、、、ジェンキンスさんの波乱万丈だった人生を想う時、、、

『人は人生の困難にぶち当たった時、その事から“逃げる”という選択を
 した場合、それが後々 いかに悔恨につながるか、、、!』
、、、
、と私自身にその教訓を改めて思い起こさせてくれた。だから、、、
余計に見ず知らずのジェンキンスさんの事が私は気になるのかも?
      、、、『どうぞ安らかにお休みください!』


◎関連資料
拉致問題再考 (拙ブログ)
Yahoo Japan News
Charles Robert Jenkins (Wikipedia)
朝鮮戦争 (Wikipedia)

映画 『最前線』
映画 『誇り高き男』のテーマ音楽 (Youtube)
(懐かしの映画音楽、スリーサンズのテーマ曲をお楽しみあれ!)

その他、角川書店 『告白』(チャールズ・R・ジェンキンス(著)
Jenkins

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