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2016年10月 7日 (金)

幸村は死んでなかった!

幸村は死んでなかった!

みんな好きだけど、私はあまり好きになれないNHKの大河ドラマ!^_^)
その理由は後記するけど、、、只今、『真田丸』 が好評放送中?
              、、、しかし私はこのドラマもほとんど観てない!^_^)

それは、、、?
大河ドラマ『真田丸』 の主人公、真田信繁(幸村)の話は、、、
子供の頃からマンガの「真田十勇士」で、何度となく猿飛佐助や霧隠才蔵、
三好清海入道などの話で良く知ってたので何となく子供っぽい話、との
先入観と、大人になってからも大坂夏の陣での幸村の活躍があまりにも
有名なので、ストーリーは大方知っていた。

しかし、私がこの大河ドラマより興味が有ったのは、最近知った事で、
真田幸村が、実は大阪夏の陣を生き延びて、秀頼を援護しながら
辿り着いたのが薩摩だった、、って裏話!
多分、ご多聞にもれず英雄不滅説 のマユツバ話だろう? と思いながら、、
ネットをいろいろチェックしたが、結局あまり面白い話は見つからず?

◎そのマユツバ話とは、、、?
Sanadayukimura_3
真田幸村、正史では大坂夏の陣の英雄、幸村は
単独で家康の陣を襲ったとか勇ましい話もあるが、
結局は豊臣方の敗戦で幸村も討死、享年49歳
だった、となっている。
今の大河ドラマでも最終回はそうなるだろう?
ところが、実がそうではなく幸村は生きてたんだ!
、 って話があったのだ!

人気スターなので、日本人のどうしても死んで欲しくない、との願望から
生まれた説なんだろうね~!^_^)

大坂夏の陣で討ち取られた筈の真田幸村は、実は影武者であり、
本物は生き延びたのち、主君豊臣秀頼を連れて辛くも大坂城を脱出、、、
そこから豊臣家のかつての家臣である島津家が治める薩摩へ渡り、、、
数年生活したが、島津家が徳川幕府への恭順を示したので、結局薩摩を
出て、目指したのが奥州東北の地だった。
               、、、そして大館(秋田県)で最期を迎えた、って話。

ここで私の疑問?、、、なぜ奥州へ?

かつての豊臣家家臣であり、関ヶ原の戦い後に処刑されたはずの
石田三成が実は奥州の地へ逃れていた、、、だから?
      、、、ならば何故最初から奥州へ向かわなかったのか?
しかも幸村と三成とは、秀吉現役時代からの盟友だったろうが?

遠路わざわざ九州くんだりまで行かずとも!、、、と次々に疑問が?

な~んかこの幸村生存説は、如何にもむりやりこじつけた様な、、?
  、、、大阪から九州薩摩へ、さらに今度は逆方向の東北奥州へ、、、と、
あまりにも話が飛躍し過ぎ! いろいろ読んでみたけど面白くなかった!
それでも興味がある人は例えば下記の一説をお読みあれ!
【参考】:「伝説とともに残る真田幸村の墓」

◎奥州で思い出したけど、、、
これぞ英雄不滅説の筆頭「義経とジンギスカンは同一人物説」をご紹介。
私が初めて英雄不滅説 と云う言葉を知ったのは、、、?
たしか中学生の頃読んだ、高木彬光の推理小説『成吉思汗の秘密』。
これは 義経=ジンギスカン説 に立った形式は推理小説だったが、
本当に面白かった。

Yoshitunejingisukan以前の拙ブログ ロマン誘う “元寇”  でも書いた
が、つまり、頼朝は腹違いの弟義経の力を借りて
平家を壇ノ浦で滅ぼした後、義経と兄弟ケンカ
状態になってしまう。
その結果、最後は奥州で兄頼朝の命を受けた
討伐軍に敗れて自害したはずの義経だったが、
実は生き延びて蝦夷 (北海道) から樺太経由で当時の蒙古まで逃げ延び、
その後、蒙古の覇者チンギス・ハーンとなった。

そして自分を抹殺しようとした兄頼朝の鎌倉幕府へ復讐をすべく“元寇”
即ち日本へ来襲した、な~んて云う英雄不滅説の代表的決定版!

北海道にたくさん義経の足跡? らしいのが有るのは本当らしいが、、、?
如何にも まことしやかに、これこそ真実と思わせる様な東北から北海道、
さらには樺太(サハリン)やロシアのアムール川付近までまたがる数々の
証拠も具体的に挙げての話だから如何にも真実っぽい。

ここで私の疑問? (私ャー何でも疑り深いのが悪いクセ!^_^)、、、
それは私自身の単純計算でも、正史では義経が奥州で死んだのは
1189年、31歳 となっているので、となれば一回目の蒙古襲来が1274年
だからその間85年! さすれば義経は116歳にもなってる、って事に?
、、、
、だから有り得ないのでは!?

また、この義経ジンギスカン説は評論家の間では、最初の作家の創作で、
初めて本が出たのが戦時中の頃?、、、だから日本の軍国主義を正当化
する“願望”みたいな都合のいい「作り話」、、、と云う説も有る。
しかし、この義経=ジンギスカン説は、まぁ~実にロマン溢れる話で、
想像するだけでも本当に楽しい本だった!
【参考】:「義経、北へ行く。」

◎その他、主な英雄不滅説は、、、
織田信長、 石田三成、島左近、西郷隆盛、、、などその他 多数!?
いずれも、最後の遺体が未確認とか、謎に包まれた死に方をした人物、、、
そんな英雄達にこのような英雄不滅説が生まれている。

多分、その英雄の生き残った部下とか近親者達が、それぞれ日本国中を
逃げ回り、長年の艱難辛苦の放浪の旅の末に辿り着いた永久の地で、
それぞれ亡き主人を尊く祀り、それを代々子孫に伝承してきた話が、
この様に国内各地に残る英雄不滅説となったのだろう!?

◎ところで、、、
NHK大河ドラマは好評の場合と、以前 このブログ で書いた「平清盛」
みたいな不評の場合がある。要するに平安時代よりも、信長、秀吉、家康
に代表される一連の戦国時代劇が一番人気なんだろう! 

さらに日本人は歴史上の超有名人の中でも特に判官びいき、、、みたいな
ところが有って、その様な意味でも、「平清盛」は不人気だったのか?
私は大河ドラマにしては比較的良く出来たドラマだ、と思ってたけど!^_^)

それでは何故大河ドラマは面白くないのか?
先ず私がつまらない、と感じるのは、、、毎年歴史的に有名な事柄をドラマ
にしているが、一口に云ってその演出脚本が悪いからだろう! 

一年間と期間は限定されてるから、“ある程度”物語の時間の流れを
平均的、均等化、あるいは重要な事柄と、そうでもない事柄にさく割合、
時間配分をもう少し考えたら良いのにな~? と、毎回感じている。

例えば数年間の比較的重要な時間の流れを10分程でサラっと済ませたり、
或いは1時間程の日常のど~でも良い事柄を二週、三週間もダラダラと
続けたり、、、私はこれに先ずイライラしてしまう!

それに配役がまたもう一つ、、、私には何故かピッタシとハマる役者を
使っていない、ただただ流行のアイドル等を使って、視聴率アップだけを
狙った軽薄劇、、、!って感じなのだ。

その点、同じNHKの時代劇でも時々やっている短編物、、、
これは案外秀作も多い! シリアスな演出の場合は特に面白い。
しかし 大河ドラマはリアリティーもなし、シリアスな演出も感じられない。
                      、、、だから、あまり観ないのだッ!^_^)

◎関連ブログ記事
映画 『柘榴坂の仇討』
『蝉しぐれ』、他
第三回元寇
ロマン誘う “元寇”
時代劇もろもろ
徳川の威光!
蝉が鳴かない?
馬籠 妻籠の旅
悪人?も地元では人気者だった!

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【注】下段の各≪写真集≫は2019年3月以降、現サーバーの改編で継続不可となりました。従って多数写真のアップはブログ記事内で紹介しています。