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2016年8月15日 (月)

新高山に登ったけど?

あれは今から75年前の1941年、私が母親の腹の中で7ヶ月目に入った
頃の12月8日、、、
「ニイタカヤマノボレ 一二〇八(ひとふたまるはち)」のトン・ツー電信、、、

日本は“トラ・トラ・トラ”の合図で「新高山への登山」を決行!、、、
しかし、それから3年9ヶ月後の1945年の今日8月15日、無残にも遭難して
しまった!

Photo_3本来、登山は無事に下山してこそ意味がある。
登り始めても途中で危ない、と思ったら早急に
引き返すべきである。
それを登り始めたから、と云って危険を顧みず
ただ無理やり進んでは、、、
それこそ最後はどうなるか?

だいたい登る前に自分の体力、知力など総合実力で登れる山か否か?
充分な下調べと準備が有ってこそ初めて成功するのが登山であって、
成せば成る的精神論だけで登れるような簡単なものではない。

しかし、あの頃の日本の登山家 たちは鎌倉時代の元寇じゃあるまいし
“大和の国には神の魂が宿っている” と、云わんばかりに、、、
無謀とも思える計画のもと、ついに 新高山登山 を決行!

案の定、登り始めて1年も経たない内から、滑ったりつまずいたりして、
既に危険信号が出てたのに、前記したようにただむやみに突っ走って
3年目に入る頃は既に体力気力も使い果たして満身創痍! 

挙句の果ては私が3歳になった年の8月6日、そしてその3日後の9日には
私の生まれ故郷が 致命的な大怪我 を負って遂に遭難の憂き目に会う。
登山家達も辛かっただろうが、それよりも何よりも、その登山家達を麓で
“堪えがたきを堪え、忍びがたきを忍んで” 支えてきた民はたまったもの
ではない。

それから幾年月、、、誰もが日本はもう二度と立ち上がれないだろう!
と、思ってたらドッコイ、この世界でも稀に見る優秀な大和民族 は、
遭難してからわずか10年そこらで不死鳥の様によみがえって世界をアッ!
と驚かせた。やっぱり神の国だったのか!?

見事によみがえったのは良かったけど、やはりあの遭難した時の後遺症
とも云うべきか? 何かと云えば直ぐに 「すべて私が悪うございました!」
と自虐的精神構造の人間になってしまった。

もともと登山の計画がずさんだったから遭難 しただけで、周囲に迷惑を
かけた件は公の場で 正式に謝罪 したし、迷惑料 も充分支払ったきた。
だから何もそこまでへりくだらなくても良い筈だ! と云う意見もあるが、、、

一方では、日本は登山する時に隣近所の人まで巻き込んで、怪我させて
しまったから迷惑かけた、と謝ったり金を払っただけではダメ!
“日本は未来永劫謝り続ける必要あり!”と、無茶苦茶な意見もある。

その結果、今や日本人の大多数が上記の様に自虐精神構造の持ち主に
なってしまい、さらに今の子供たちは自分の国を“日本は悪い国!”と、
教えられている始末。



◎ではここで、そもそもの成り行きから考えてみよう!
何で日本は新高山登山をしたのか? する必要があったのか?

当時世界で先進国と云われていた欧米の国々は19世紀以降、、、
アジアの山に勝手に無断で登って、山の宝物を独り占め していた!
、、、しかしそれでも勝てば官軍で、他の国など国際社会からは何の
お咎めなし!

1930年頃、長年続く世界的不況の波を受けて日本も喘いでいた頃、、、
それより以前 から日本が保持していた大陸における宝物 を守ろう、
としていた。
先に宝物を独り占めしていた先進諸国は、日本のこの動き を牽制、、、
そして日本イジメが始まった。

世界の主なグループ では日本だけが悪者扱いされた!
止む無く日本はこのグループを脱退! これをたとえ弁解、言い逃れと
云われても、そんな世界情勢だったことも事実なのだ!
その証拠に、その後 山を蹂躙されていたアジア各国で山の返還運動
起こっているではないか!

まぁ~説はいろいろ有るし、日本は無謀な登山をする以外、他に道は
なかったのか? と後年、人は今現在の価値観で軽々しく云う けれど、?

しかし今になって、いくら泣こうがわめこうが後の祭り、、、
冒頭書いたように、山に登ったなら無事に下山してこそ意味ある勝利!
しかし、結果的に日本は遭難したのでこれ即ち敗戦! 、、、
この事実は変わらない。

これを良き教訓として、もう二度と無謀な登山 はしない事!
もし将来、万止む無く再び山登りの必要が生じたら、必ず登頂に成功し、
且つ、最後の下山まで無事に完了する事!
、でないと、どんなに大義名分が有っても 遭難したらミソクソに云われる。
そして、その後遺症はいつまでも続く救いようのない現在のように!





◎以上、当時の世界情勢、特に新高山登山に始まる米国との争いは、
当時の日本の置かれた立場、状況等を知れば知るほど、、、、、
私は新高山登山をした事をただ単純に批判する気にはなれない!
たしかに遭難の憂き目を味わった、と云う結果には大いに反省するが!


◎さぁ~間もなく正午、、、

先の戦争で亡くなられた、全ての英霊に黙祷!

 

20130815_08_2


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