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2016年4月23日 (土)

奥殿陣屋

先日、心地よい日だったので隣町岡崎の奥殿陣屋 と云う所へ出かけた。
その切っ掛けは過日、たまたまテレビで観たこの場所の日本庭園が美しく、
強く印象に残っていたから、、、!

その場所は、名鉄名古屋本線の東岡崎駅で下車。 駅前からバスで終点
の奥殿陣屋まで約40分の旅!バスはこの陣屋の正面入口傍に停車する
ので大変便利だった。

陣屋と云えば、、、? あれは香港在住時の2006年2月だった、、、!
一時帰国で岐阜県 高山へ行った時 (2006年2月8日記参照) 高山陣屋を
訪れた時に初めて 陣屋(じんや)と云うものを知った。

その時に調べたそもそも陣屋とは? 
江戸時代の幕藩体制における、大名領(藩)の藩庁が置かれた屋敷、また
徳川幕府直轄領の代官の住居及び役所が置かれた建物の事、、、らしい。

2007年3月末に香港を引き上げ、愛知県の現在の場所に住む様になって、
県内を歩き回るうちに、あちこちで 陣屋 と呼ばれる昔の施設をよく見かけ
るようになった。

その陣屋とか寺社仏閣が多いこの地方は、やはり徳川とその始祖 松平家
の発祥の地のせいだろう!
今回行った奥殿陣屋 も御多分にもれずそうだった。

そこで、ネット情報を抜粋してみたら、、、
徳川秀忠に仕え、大坂の陣の戦功により3千石を与えられた松平真次が、
大給(豊田市)に陣屋を構えたことから奥殿松平家は始まり、後に役宅を
交通・政治に至便な奥殿に移し陣屋を構えた、、とか。

Img_0002
現在、岡崎市にある 奥殿陣屋 はそれほど広くない敷地に、屋敷跡や、
書院、日本庭園などが良く整備されていて、四季を通して大変美しい
佇まいを見せている様だ。この15日は、祭日でもないのにそこそこの
観光客も訪れていた、もちろんその殆どは私と同じ年寄りばかり!^_^)

Img_0017_2

50それはともかく、私はこの陣屋の名称は以前、村積山
ハイキングした時に知った。この山からの下山コースの
途中の標識にこの名称が有ったからだ。あの時はこの
写真の標識が示す左側を下って、、、

69
“龍溪院”と云うやはり徳川、松平家に縁が深い古刹を
訪れて、大変良い印象が残っていた。


080216course村積山、龍渓院、そして奥殿陣屋と隣の熊野神社
のそれぞれの位置関係は左図の様になる。
(村積山ハイキング・レポートより。)



話を戻して、、、
奥殿陣屋 では、書院や歴代藩主の廟所、そして何と言っても圧巻だった
素晴らしい創りの日本庭園 『蓬莱の庭』、を堪能!

Img_0019_2
その見事な庭園を眺めながらの昼食は上図の“金鳳亭”と云う茶室にて!
季節の竹の子ご飯を頂いた、、、こりゃ~大変結構でした。

その後、再度庭園とその周辺も散策、、、約3時間ほど過ごした後、
帰路に就いた。

◎詳細は 写真集≪奥殿陣屋2016.04.15≫ をご覧下さい。

◎関連資料
奥殿陣屋公式サイト
岡崎への旅
奥殿陣屋 (Wikipedia)
奥殿藩出身の永井尚志 (Wikipedia)
村積山ハイキング写真レポート


◎過去に歩いた近郊の歴史関連ブログ
旅籠 “大橋屋” 閉店
豊川稲荷と東海道
近所の東海道散策
徳川の威光!
阿寺の七滝、他
松平郷
村積山と龍渓院
岡崎城と八丁味噌
犬山城下町秋祭り

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【注】下段の各≪写真集≫は2019年3月以降、現サーバーの改編で継続不可となりました。従って多数写真のアップはブログ記事内で紹介しています。