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2014年3月 1日 (土)

誰が 『永遠の0』 を問題にしているのか?

一昨年、11月20日に 『永遠の0 (ゼロ)』  、ってタイトルでこの本の感想文
を書いた事があった。その後、、、

Books_2掲示板 [312] Name:ひつまぶし 、って方からこの件で投稿
が有ったが、最近また似たような話が出てきた。
それは、、、、

冷泉彰彦(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。
作家・ジャーナリスト、と云う人のブログ記事、
『永遠の0』の何が問題なのか? ってタイトルの今年2月
6日の記事。
http://www.newsweekjapan.jp/reizei/2014/02/post-624.php?

ひょんな事からこの記事を読んだが、、、
読む前に先ず目を引いたのがそのブログタイトル、『永遠の0』の何が
問題なのか?
、に対して、、、、
私は、“誰かこの小説を問題にしているのかな?” 、と思ってしまった!

それはともかく、、、
先ず記事の冒頭ではこの小説『永遠のゼロ』の小説手法を「フィクションの
創作としてレベルは非常に高く、作者と監督(映画化された

卓越した技量は明らかです。」
、と褒め称えた後、
「同時にこの小説並びに映画は決定的な問題を抱えている」、、、
と言いだした。
(因みに私は映画は観ていない!)

要約すると、、、
「特攻作戦であるとか、レイテ戦以降の「全機特攻方針」などという
軍の方針に関しては、最大限の非難と批判がされるべきです。


そして、、、

「(特攻作戦を)歴史的な評価としては全否定をしつつ、私的な心情としては
個々の犠牲には畏敬の念を抱くという「重たいジレンマ」を背負わなくては
この問題に向かい合うことはできないのです。」

「本作の問題点は、この重たいジレンマを背負っているのかというと、
そうではないということです。」
、、、等と、難しい事を言いだした。

「戦争や作戦は否定しなくてはならないが、個々の犠牲には畏敬の念を
抱く」というのはジレンマです。
さらに「特攻隊への畏敬」思想があるレベルを超えて社会現象になってゆく
ことは、そうした日本と日本人への信用を損なう可能性があります」
そして「戦没者の個々人の犠牲には畏敬を払いつつ、戦争の全体や個々
の誤った作戦への批判は続けなくてはならないのです。
こうしたジレンマを戦後に生きる我々は背負わなくてはならない、
そのジレンマを背負うという態度から、この映画(小説)は逃げています」

、と結んでいる。
(もう一度、私は映画は観ていない!) 

このブログ筆者の言ってる事は充分理解できるし、日本は敗戦国だから
このジレンマから逃れられない、って云う意味も理解できる。
しかし、結局このブログ筆者は 全体を通して現在の価値観で、戦時中の
価値観を批判しているだけ、としか私には思えない!


特攻作戦だって軍人が好きで開戦当初から決めてた訳ではない。
敗戦の色が濃くなった当時の状況からやむを得ず、文字どおり最後の
手段、或いは九死に一生を賭けた発想でこの作戦を考えた!、、、
と私は戦記物や他の資料を読んで理解している。

小説 『永遠の0』 の中で、、、
とある新聞社の記者が 『特攻隊員たちは現在のイスラム過激派の
自爆テロと同じくテロリストだ!』
、等とほざいていた!
これと同じ考えの人間が現実にも今の日本の中に居るんだろう!

そりゃ~現在の価値観で考えたら 人命軽視のとんでもない作戦 だが、
そんな事は当時の 軍の上層部だって本心では分かっていた!

しかし、それでもやらなければ! と云う当時の切羽詰まった状況、世相、
つまり社会全体の価値観が日本全体を覆っていた、だから軍も暴走した!
と、私は今は亡き両親の話や、いろんな関連資料や書籍を読んで
思うようになった。

それと、「特攻隊への畏敬」思想があるレベルを超えて社会現象になってゆくことは、そうした日本と日本人への信用を損なう可能性があります」、と!
こう云う考え方が最近特に はびこっている!

何故、
「特攻隊への畏敬」、言い換えれば「過去戦争へ至った経緯への
畏敬」の念を抱く事が、なぜ? なぜ? 世界から日本 (人) の信用を損なう
事になるのか?

この理屈は 「総理の靖国参拝」が日本 (人) の信用を損なう事になる、、、
と云う発想にも繋がってくる。
つまりナチス・ヒトラーと東條英機などを、ただただ単純に同列視して、

“犯罪を犯した悪人”と決めつけてしまう単純思考!

以前、HP
でも書いたけど、、、、、
中国の戦争を知らない ガキ共が洗脳されている のと同じ!
そしてアメ公も、その根底思想は未だに西部劇と同じで、善人 vs 悪人
の構図に嵌めたがる!

世界中どこの国だって、自国の過去の戦争行為を自ら全ては否定は
しないだろう!
それ相当の理由が有ったからこそ、最後に戦争になったのだろうがッ!

戦後ドイツは国際社会に謝罪したが日本は謝罪していない!
な~んて考える中韓は戦後史実を歪曲化、そして国内の売国奴連中は
勉強不足+自虐史観の虜!

あの悪名高かったナチスの思想は、今現在でもネオナチとして生き続けて
いるのは何故か? 例え今は少数派でも考える価値が大いにある!

また、このブログ筆者は、小説 『永遠の0』 が単に特攻や戦争を美化し、
その悲劇の感情だけを訴えている、と云わんばかりに、いとも簡単に
切り捨てている様にも感じられるが、、、
このブログを書いたご本人も認めている様に “単なるメロドラマ” として
読んではいけないのか? 素直に特攻の悲劇に涙してはいけないのか?
、と云いたくなる。

しかし、私はこの小説 『永遠のゼロ』 は“単なるメロドラマ”とは思って
いない。上記のブログ筆者が云う、いわゆる “ジレンマ” を小説の作家
“百田尚樹”氏は充分意識しながら、、、
ノーテンキで利己主義になっている今の嘆かわしい
日本人!

、に対して、本当の真心、本当の人間愛、本当の家族愛 を訴えている!
と感じたからこそ、以前 ここ でも自分の率直な気持で感想文を
書いたのだ!

戦後日本は一貫して戦争には反対してきた。しかし現状日本を取り巻く
環境は、中韓を筆頭に厳しい現状であり、だからこそ作者の“百田尚樹”氏
は、そんな日本の現状を意識しながらこの 『永遠のゼロ』 を書いた?
と私は思っている。
それを右よりの発想、と感じる人は勝手だが、このブログ筆者の云う様な
上記の考え方には賛成できない。

“百田尚樹”氏の著作は多いが、『永遠のゼロ』 以外でも 『海賊と呼ばれた
男』
、やテレビドラマにもなった 『黄金のバンタムを破った男』、等々を
読むと、一貫して氏の深い人間愛、家族愛を感じる。

そんな“百田尚樹”氏が、先頃から都知事選での田母神候補の応援で一部
の他候補者を“人間のクズ”呼ばわりしたり、NHKの経営委員で
ありながら東京裁判や南京大虐殺をめぐる発言を理由に批判
されているが、私は氏が 至極当然で、正しい当たり前の事 を言ってる、と思っている。
しかし、これに対して案の定 マスゴミ は鬼の首を取ったように
大騒ぎしている。

百田尚樹氏だけではない! NHKの籾井新会長、そして昨年の大阪橋下
市長等の慰安婦発言など、至極当然で、正しい当たり前の事 を
言ってるのに、最近の日本はホンネで語る人達を直ぐに批判する!
バカタレがッ!

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