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2013年8月 9日 (金)

長崎 原爆投下から68年

去る6月10日以来、約2ヶ月ぶりのブログ再開は奇しくも8月9日!

今日 8月9日 は、長崎に原爆が投下されて68年目となる。これについては 以前も詳しく書いたが、今回は、広島と長崎の原爆投下のシンボル的遺構、建造物について書いてみたい。

3日前、8月6日の広島への原爆投下シンボルはあの有名な原爆ドーム
Hiroshima_abomb_dome




これに対して長崎の場合は、本来爆心地に近い浦上教会479pxcatholic_cathedral_in_nagasaki(浦上天主堂)が、このシンボル的存在になる筈だったが、、、?

当初、この浦上教会をそのまま残す計画だったはずの当時の長崎市長。しかし、この市長は米国セントポール市との姉妹都市締結で渡米して帰国後、今後の日米関係など政治的背景を重視したのか? その考えを180度変更!

1958年の長崎市議会で件の市長は 『原爆の必要性の可否について国際世論は二分されており、天主堂の廃墟が平和を守る唯一不可欠のものとは思えない。多額の市費を投じてまで残すつもりはない』、と答弁し、議会決定に反して撤去を決定した。

渡米後の市長に一体何があったのか、、、、、?
浦上教会がある長崎市の北側に位置する浦上一帯は、江戸時代から隠れキリシタンの聖地とも云われる地域で、昔から現在に至るまでカトリック教徒が多い地区。(それでなくとも長崎は昔からカトリック教徒が多い!)

そこで新教 (プロテスタント)が多数とは言え、同じキリスト教国であるアメリカが、長崎の同じキリスト教徒(旧教カトリック教徒が多数) を原爆で虐殺してしまった、という 不都合な事実 を消すために、或いはこれを隠すために、市長に何らかの見返りを条件にプレッシャーを掛けたのだろうか?
だから浦上天主堂の傷跡を抹消する必要があったのだろうか?

余談だけど、、、アメリカでは少数派のカトリック信者であった JFケネディ が、もしあの太平洋戦争時の米国大統領だったとすれば、長崎への原爆投下を認めただろうか?

また勘ぐれば、、、そもそも長崎市と米国ミネソタ州都のセントポール市が、日本と海外とは初めてと云われる姉妹都市提携を結んだのは何の為? 姉妹都市になって互いにどんなメリットがあったのか? 長崎市と歴史的に古い交流が有った、例えばオランダのとある市だったら話は分かるけど?
上記 不都合な事実と併せて、何となくアメリカ側の魂胆が見え隠れする。

話を戻して、、、、、
被害当事者である浦上教会の当時の司教も、上記した様にこの地区が歴史的な意味合いからも重要な場所なので、他所への移転には反対で同じ場所での教会再建の意思が強かったらしい。

その為には教会の傷跡を撤去しなければならない教会側の考えと、結果的にアメリカへの配慮を優先した? 当時の長崎市長の意向が合致して旧天主堂の廃墟は撤去されることになったらしい。

一部の遺構は保存されたとはいえ、上記広島の 原爆ドーム の様に、爆心地付近の惨状をありのままの姿で後世に伝えることが出来る遺物を残さなかったこと、また広島原爆ドームが史跡やユネスコの世界遺産に登録されたこと等から、長崎の場合は全てが取り壊されたことを残念がる市民も未だに多い。

因みに長崎は、浦上教会から約500メートル離れた爆心地が平和公園となり、そこに破壊された浦上教会の残骸の一部と、新しく平和記念像が建てられた。

399px1←浦上教会の遺構。現場からこの公園に移された。








Tou3_2Dsc01733

←そして旧浦上教会(写真左)は右写真の様な 味も素っ気も、そして情緒すらない 現在の教会に変貌してしまった!




450pxcenotaph_hiroshima
←左図は広島の平和公園。慰霊碑の石碑前面には、「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」 と刻まれている。

この碑文の内容が、8年前のある事件の切っ掛けとなった。それは、、、
「原爆投下の責任が日本にあるかのようにとれて、気に入らなかった」、、、(“今日の独り言”2005年10月26日 記 参照)

上記からの抜粋だが、、、『たしかに以前この碑文を読んだ時、同じく原爆被災地長崎出身の自分もこの「過ちは繰り返さない」と云う文言にはチョット引っかかるものがあった。ここで云う"過ち"とは人類の戦争の事を言ってるはずだが、、、?
単純に考えると一体 誰の"過ち"の事を云ってるのか? まるで自分達、即ち日本が過ちを犯したようにも取れる、、、「人類は二度と過ちは繰返しませぬから」 とか文言を変えたら良さそう!、、、と、あの時の“今日の独り言”で書いたが!

1_2←方や、長崎の平和公園の平和記念像では、本像台座後部に刻まれている作者、北村西望の言葉で 「顔は戦争犠牲者の冥福を祈る 是人種を超越した人間 時に仏 時に神」 との一節があり、顔貌は特定の人種の特徴を表さないようにしたとされている。

また、神の愛と仏の慈悲を象徴し、垂直に高く掲げた右手は原爆の脅威を、水平に伸ばした左手は平和を、横にした足は原爆投下直後の長崎市の静けさを、立てた足は救った命 を表し、軽く閉じた目は原爆犠牲者の冥福を祈っている、、、と解説されている。

しかし、最初にこの像を見た時に感じたのは、やたら筋肉隆々の大男でチョット違和感を感じたけど?、、、今思えば素晴らしい戦後復興を成し遂げた長崎市民の逞しさ、或いは力強く復興する事を示唆しているのかもしれない?、と!

午前11時2分 黙祷!

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