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2013年1月22日 (火)

♪ここは地の果て アルジェリア♪

この一週間の騒ぎ! 日本の大手プラント建設会社の社員がイスラム武装集団の人質となり、アルジェリア政府軍の攻撃の巻き添えを食って、今朝までに日本人7人と外国人3人の同社社員計10人の遺体を確認したとか!

アルジェリアと聞いて私が真っ先に思い出したのは昔、♪ここは地の果てアルジェリア♪、っと唄っていた曲のタイトルが 「カスバの女」
そして次に思い出すのは、元フランス・サッカー代表選手の“ジダン”、彼はたしかアルジェリア移民の二世だった。そして彼の国は長い間フランスの植民地だった、、、と、そのくらい!

その「カスバの女」だけど、、、、
昔、私が若かった80年代、カラオケ呑み屋に通ってた頃、時々好きで唄っていた 「カスバの女」、って曲。哀愁を帯びたそのメロディーが好きだったので憶えたのだけど! こんな古い歌なんて、多分今60歳未満の人は知らないのでは? 因みにこの曲は、れっきとした日本の歌謡曲♪

しかし、唄いながら カスバ とは? また歌詞の中に ♪ここは地の果てアルジェリア♪ とか、♪歌ってあげましょ 私でよけりゃ セーヌのたそがれ 瞼の都 花はマロニエ シャンゼリゼ♪とか、♪明日は チェニスかモロッコ か、泣いて手をふ るうしろ影、外人部隊 の白い服♪、、、な~んて節が有って、唄いながら自分でも良く意味が解らず?

しかし歌詞の全体の流れから男女の恋を歌った曲だろう?、って事だけは想像できた。しかし日本の歌謡曲なのに、なんで外人男女の恋の唄? それもアルジェリアなんて~?

アルジェリアは確かアフリカにあった国だな~? でも マロニエ シャンゼリゼ、っと云えばフランス パリの事だけど? そしてチェニスとは何処? モロッコ もアフリカだけど? さらに外人部隊とは?、、、不思議に思いながら、その頃のある日、その意味を調べた事があった。(昔からそんな事には妙に興味が沸く性格!^_^)、そして、、、、、

アルジェリアは長い間フランスの植民地下にあった国。そして私が中学生の頃? 1960年頃だったか? フランスからの独立を求めてアルジェリア独立戦争が起こった事ぐらいは知っていた。イヤそのくらいしか知らなかった。

そこで問題の カスバ とは? 私がカラオケで唄ってた80年代頃、自宅に有ったブリタニカ百科事典で調べた記憶が有る。そして分かった事は、、、

アルジェリアやモロッコなど北アフリカ地中海沿岸諸国の都市中心部は、もともと他部族や盗賊の侵入を防ぐ為に複雑に入り込んだ路地と、一つの街から次の街へ高い壁で迷路状になっていて、一番奥に重要な城の様な建物が有った。城を取り巻くように市街地が造られ、その外側に高い城壁が張り巡らされた城郭都市となっていた。つまり日本の古い城下町のようなものだったらしい! これが即ち カスバ、と呼ばれていたとか?

次に チェニス、これはアルジェリアの東隣国、チュニジアの首都チュニスの事。そしてモロッコも同じくアルジェリアの西隣国、そしてモロッコと云えば下記にある 映画 「カサブランカ」 を思い出す。詳細な位置関係は⇒ここ

Northafrica700_4そして歌詞の中に出て来る ♪私でよけりゃ セーヌのたそがれ 瞼の都 花はマロニエ シャンゼリゼ♪、、、から察するに、この女はアルジェリア人ではなく、植民地時代にフランスから来ていたパリジェンヌだったのかも? そして最後の疑問の 外人部隊 とは?

前記のアルジェリア独立戦争には多くの外人部隊 が参加していた。そしてカスバに住む独りの女! ここまで分かれば歌謡曲 「カスバの女」、は独立戦争に参加した外人部隊 の兵隊とカスバの女の関係、即ちアルジェリア独立戦争の陰にある男女の悲恋の歌だった事が分かる。

だから恋人が戦争の為に ♪明日はチェニスか モロッコ か♪ に去ってしまう切なさを唄ったものだろう!
それにしても、♪ここは地の果て アルジェリア♪とは? パリジェンヌらしい?女から見たら、やっぱりアルジェリアは地の果てだったのか?
しかし日本からの方がよほど地の果てだけど!^_^)

 「カスバの女」 をご存じない方はここからお聴き下さい!

以下余談ながら、、、、、
因みにアルジェリアやモロッコと云えば、、、第二次世界大戦中、枢軸国と呼ばれた日独伊三国と、連合国の間で諜報・防諜合戦の舞台となったのが、この北アフリカ地中海沿岸諸国だった。
この時代背景は拙ブログ 懐かしの映画(4)『カサブランカ』 でもかなり詳しく書いている。

また、最近起こった民主化運動の“アラブの春”は、チュニジアに始まり、リビア、エジプト、と広がりさらに シリア、バーレーン、イエメンまで広がっているが、最初に起こったチュニジアの西隣国、アルジェリアではまだ発生していない。しかし今回のイスラム武装集団によるテロ騒ぎ!

我々は簡単に彼らをテロ集団とかイスラム過激派、とか云ってるが、、、、、
イスラム教圏 (アラブ中東諸国) とキリスト教圏 (主に西側先進国のアメリカ、イギリス、フランス)との争いは、、、
元々大昔、イスラム教がキリスト教を敵視するようになり、これに対してイスラムに殺戮を繰り返したキリスト教十字軍が切っ掛けだった、、、等と古~い話とは別に、近年の西側先進国によるアラブ諸国に対する資源権益拡大と、ダブル・スタンダードも遠因としてあるのでは? と思ってしまう。

つまり“アラブの春”が起こるまで、我々西側先進国は彼の国々が独裁政権下で民衆が困窮している、とか云いながら、一方ではそれまで曲がりなりにも独裁政権下で安定していた恩恵、つまり石油天然ガスなどの安定した供給を享受してきたのではないか?

今回のアルジェリアなど、北アフリカ地中海沿岸諸国とは地理的にはちょっと離れているが、、、、、
私はこれまた昔、シナイ半島や今のサウジ・アラビアを舞台にした映画
『アラビアのロレンス』 を観て以来、19世紀のイギリスがどれだけイスラム、アラブ諸国を蹂躙し、特に第二次世界大戦以降今度はアメリカやフランスが中東の石油を狙ってイスラム諸国をその覇権下に置いてきたか、等など考えるようになって、、、

そんな西側先進諸国を攻撃する一部のイスラム教徒に対して、ただ単に
テロ集団 とか呼ぶことに、ちょっと疑問を感じる時もある!?
今回の事件で亡くなられた方々にはお気の毒に思うけど、、、!

●この件についての掲示板カキコのレスを次に書きました。
  『 (追)♪ここは地の果て アルジェリア♪ 』

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【注】下段の各≪写真集≫は2019年3月以降、現サーバーの改編で継続不可となりました。従って多数写真のアップはブログ記事内で紹介しています。