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2012年11月20日 (火)

永遠の0 (ゼロ)

『永遠の0 (ゼロ)』 (百田尚樹 著)、って小説を読んだ。最初タイトルの意味“ゼロ”、って何だろう? と思ったが、、、、、

過去小説を読んで目が潤むことはあったが、今回は潤むどころか読んでいて何回も泣いてしまった。涙がボロボロ出てしまった! 巻末で児玉 清が書いてた 「僕は号泣するのを懸命に歯を食いしばってこらえた。が、ダメだった」、と書いてたのも、あながちオーバーな宣伝ではなかった。Books_2

一口で云うと、太平洋戦争時、零戦(ゼロ戦)のパイロットだったが最後は神風特攻として、米艦に突っ込んで死んだ一人の男の壮絶な生き様! 撃墜王など実在の人物の名も出てきて、ある程度史実に沿ったドキュメンタリー的なフィクション。しかしこれは 単なる戦記物ではなかった。タイトルの“ゼロ”の意味は終章まで読み終えてやっと解る。

物語の詳細は省くが、、、終戦から60年後の夏、義理の祖父を持つ姉弟が、神風特攻だった実の祖父の事をいろいろ調べていく過程で、過去特攻だった兵士の生き残りの人達を全国に訪ね歩き、実の祖父の実像に迫っていく、現代と過去が交互に行き交う小説手法。物語の最後、姉弟二人の現在の義理の祖父と、死んだ実の祖父との関係が明らかになるクライマックス・シーンが圧巻! 

実の祖父である元零戦パイロットの男は、操縦は天才的だったが臆病者だった、との話が生き残りの元兵士達の口から一様に語られて、姉弟は想像と違う人物像に戸惑いつつも、しかし一つの謎が浮かんでくる。

天才的な凄腕パイロットでありながら、彼の優しく、高潔な人柄は周囲から敬意をもたれるのと反面、あの時代の軍人には絶対タブーであった 「生きて家族のもとに帰りたい。娘に会うまでは死ねない、妻との約束を守るために!」、と臆面もなく公言し、その結果 「臆病者」 と周囲から軽蔑された男。

そんな男がなぜ最後は自ら零戦に乗り命を落としたのか。そして徐々に明らかになる真実!   泣かずにはおれない、これぞ 本当の男の絆、家族の絆の物語。

戦後から最近までの世論の中には、神風特攻に志願した兵士達は、軍国主義に侵され洗脳された若者が多く、その意味では現在のイスラム原理主義者のテロリスト達と共通点が有る、などと批判的な見方をする者たちが居るが、、、

「天皇のために死のうと思っているヤツなんて誰もいなかった!」、神風特攻だって「お国のために、天皇のために、喜んで死にに行った」そんな人物は果たして本当にいたのか? イヤ本音は皆死にたくなかった。しかし時代がそれを許さなかった。だから各人が自分なりに何かしら死ぬ理由を見つけて、家族や愛する人達に少しでも役に立つ! と自分に言い聞かせ死んでいったのだ!

また、この小説を読んで改めて確信したのは、開戦当時世界一だった日本の優れた技術力。そして、これまた世界に比類なき日本人の勇気と精神力 。この二つの稀に見る能力 は、しかし悲しいかな資源がない国が戦争と云う場面に直面した時、マイナス面にも作用していく。つまり軍部による 人命軽視的作戦 と時代錯誤も甚だしい 人海戦術的作戦、、、結果300万人の貴重な人命が失われた! しかしその 責任の所在 があやふや?

また、当時の日本兵は「アメリカ人など西洋人は個人主義者なので、日本人の様な愛国心は持っていない腰抜けばかり!」、と教えられ、兵士達はそう信じていたが、実際に戦ってみてそうではなかった、彼らは日本人に劣らない強い 愛国心とガッツ があった! と分かる。

そして、この物語は軍人らしからぬ一人の人間の魅力もあるが、それよりあの時代、日中戦争、太平洋戦争と云う日本の激動の時代を生き抜いた、全ての日本人の真の姿、さらに私の祖父母や近年亡くなった両親も、同じ時代に生きた事と重ね合わせて考えていく内に、現状日本のあまりにも堕落しきった社会に、何とも言えない悲しく寂しい気持ちにさせられてしまった。

【2013.02.10.追記】
ここは2012年11月20日に書いた私の拙いブログですが、アクセス解析のタイトル別で見ると、私の他のブログ記事タイトルより圧倒的にご覧になられている方が多く、嬉しい限りです。
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