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2012年10月31日 (水)

昔の日本人は、、、?(1)

「昔の日本人は、こんなではなかったのでは?」、、、

今の日本人が昔と比べてあまりにも身勝手になり、相手への思いやりを失くし、ただ己の保身、利己主義に走り、モラル道徳観念も失せ、昔は稀だった親殺し、子殺し、大人や子供への無差別殺人等の凶悪事件、未成年者の各種犯罪も多発、学級崩壊や陰湿な いじめ問題、、、等々書き出したら限がない。

また特に戦後は自虐史観に侵され、日本人としての国家国民意識の自覚も失せ、それに乗じて “売国無罪” とばかりに跳梁する日教組など左翼売国奴一派が増え、、、かような世相を反映して愚民が選んだ政治家は、当然ながら 政治屋 と成り下がり、結果ますます世は乱れ、夢も希望も持てない現代日本の老若男女!
かように毎日報道に接していると、今の日本の悪い点ばかりが目立つが?

元来日本人は、こんな筈ではなかったのに? と思って、改めて過去世界の人々が日本人の事をどう見ていたか? と暇にまかせて、昔から日本人の事を好きになったり絶賛していた外国人の事を、手持ちの本やネット上からいろいろ拾い上げてみたら、、、、、

以下、黒字 は参考資料からの引用、青字 は拙コメント。 

古くは1543年、あの“種子島”の呼び名で有名な鉄砲は、ポルトガル人宣教師が2挺の鉄砲を伝えたところから始まり、それから20年後の1563年に来日したルイス・フロイス(ポルトガル人宣教師) は日本製の鉄砲の性能と品質が世界最高と評した。さらに20年後、つまり最初の2挺から40年後の1583年頃になると、さらに高性能の鉄砲をある程度量産する事に成功していた。

【つまり日本人は昔から今に至るまで、何事も創意工夫する、他国人にはない優れた特性を持っていたのだ! 戦後間もなく日本の時計がスイス時計の世界シェアを奪ったり、日本人はコピー上手と揶揄されたりした時代も有ったが、お隣のシナ人みたいに単なる下手なコピーではなく、独自の物として創り上げる 能力が優れていたのだッ!】

【追記すると、何も工業製品に限らず、衣食住すべてと、文化面などでも最初は外国の物を取り入れても、直ぐに 日本独自の物を創り上げていたのだ!

1549年、フランシスコ・ザビエル(スペイン人宣教師)は、日本人の事を、清貧で名誉を重んじ、今まで出会った異教徒の中でもっとも優れた国民 と評した。そして欧州人の知る武器の全てを製造する事も、扱う事もできるので軍事力で征服するには適さない、と本国に報告している。

また、1775年、C・P・ツュンベリー(スウェーデン人医師 植物学者 )は 「江戸参府随行記」の中で、、、日本人は地球上のどの民族よりも第一級の民族 に値し、その国民性は 堅実で熱意に溢れている。政府(江戸幕府)は独裁的でもなく、また情実にも傾かず、飢餓と飢饉はほとんどない。日本人の親切なことと善良なる気質 についても驚くべきことで、日本で商取引をしているヨーロッパ人の汚いやり方 やその欺瞞に対しても、侮り、憎悪を持たず信義を通す 国民は大変に 寛容でしかも善良 である。

【つまり日本人の 清貧、名誉、堅実、熱意、信義、寛容、善良、等は元々武家の教えから始まった精神だが、自然に士農工商の身分の枠を超えて、日本人全体に培われてきたもの。 これに関しては、西洋人に限らず大方の外人は、現代でもビジネスに限らずスポーツなど、何事でも 競い合う時に汚い手を使う 事は周知の事実!】

1853年に来航したあの黒船のペリー提督は、初めは日本を植民地化する為の偵察目的だったが、侍の高い戦闘能力 を知り、また当時の日本に貸し本屋があったり、町民から百姓にいたるまで手紙による意思伝達 が広く普通に行われている事に驚き、この国の植民地化が簡単にはいかない事を思い知った。また、ペリーは当時日記に、「この国の国民の勤勉さと器用さは尋常ではない、将来工業製品で我が国をおびやかす存在となるであろう。」、とも書き残している。

【つまり 日本人の識字率 は昔から高かった。そんな国民の特性はペリーが危惧したとおり、それから後の歴史が証明している。その意味に於いてペリーは日本を見る目が有った訳だ。戦後、天皇制を維持したGHQのマッカーサー元帥にも通じる様な!?】

18世紀、識字率 がロンドンで20%程度、パリが10%未満の時、江戸が70%以上だったと言われている。19世紀半ば欧米では識字率が世界最高と思われていたイギリスでさへ男性25%程度、女性ほぼ0%の時、日本は男性40%、女性25%、江戸においては武士100%、男性79%、女性21% だった。明治になり福沢諭吉は「通俗国権論」で幕末の日本の識字率は世界一 であると誇っている。 因みに世界最初の小説は日本の「源氏物語」1001年。

1856年、来日したタウンゼント・ハリス初代米国総領事の「日本滞在記」より、、、
日本人は皆よく肥え、身なりもよく、幸福そうで、一見したところ富者も貧者もない。これが恐らく 人民の本当の幸福 というものだろう。私は時として、日本を開国して外国の影響を受けさせることが、果たしてこの国の人々の普遍的な幸福を増進する所以であるかどうか、疑わしくなる。私は他のどの国にも存在しない、質素と正直の黄金時代 を日本に見い出した。

【これは日本人自身はそうは思わないだろうが、外国と比べたらそのくらい差が有った、って事。当時の諸外国が如何に貧富の差が酷かったか、って事。こんな話は今現在でも外国を知らず、日本だけしか知らなければ理解できないだろう!】 

1859年来日の、ラザフォード・オールコック卿 (イギリスの初代駐日公使)は、日本征服戦略のために送り込まれ、初めは日本人を非白人の劣等民族と見下していたが、清潔で手入れの行き届いた町並み に思わず意に反して世界にはこれに匹敵する都はないと、その驚きを記している。日本人の器用さ、勤勉さ、生活態度も驚嘆 に値する、と事細かにそれらを本国に報告している。

【因みに日本人が清潔好き、ってのは、、、昔観た “将軍(Shōgun)”、って映画。この中で外人が見た日本と “将軍” 家康の事を描いた、三船敏郎や島田洋子主演の日米合作作品の中でも窺い知れる。
この映画で当時、風呂に入る習慣がなかった主人公のイギリス人船乗り(ウィリアム・アダムズ、後の三浦按針)が、日本人の清潔好きに驚嘆していたのを思い出す。】

【また彼ら紅毛人や南蛮人、イヤ西洋人は現代でこそシャワーを使うが、それでも日本人ほど 熱心に身体を洗う習慣はない、今でもだ! そして、その体臭を誤魔化す為 に石鹸をよく洗い流さないまま終わり(シャボン大好き人種なのだ!)、さらに香水を全身にふりかける。洋画のシーンでよく見る光景だろう!】

■1871年(明治4年)、アレクサンダー・F・V・ヒューブナー(オーストリアの外交官)、「オーストリア外交官の明治維新」より、、、
この国においては、ヨーロッパのいかなる国よりも、 芸術の享受・趣味が下層階級にまで行きわたっているのだ。ヨーロッパ人にとっては、芸術は金に余裕のある裕福な人々の特権にすぎない。ところが日本では、芸術は万人の所有物なのだ。

【これも現在でも同じで、欧米系の国では小学校で国語、数学、理科、社会など 基本学科だけしか教えない。 日本の様に音楽とか図画工作、体育などは教えない。 それらは経済的に余裕がある家庭だけが、それぞれ自主的に子供に習得させるもの、となっている。】

【ついでに書くと、ほとんどの外人は 遠近感を出した簡単な立体図や、見取り図などフリーハンドで書けない。地図も読めないし書けない、つまり三次元的想像力がない。音痴が多い、不器用、、、全て一般論ながら 日本人と比較しての話!

また、同 「世界周遊記」より、、、
他の国では、自分の仕事は減らし他人の仕事が増える事は歓迎。しかし、これでは争いになるから、綿密な 契約 を作る。しかしトラブルは絶えない。日本だけである。ニコニコ笑って 自分の方がきつく厳しい思いをあえて選択する のは。どちらの精神の方が、戦争と平和という観点からも貴重であるか、明白の事であろうと思う。

【これなど知ると、今時の 3 Kを嫌う若造達 に読ませたいね~!】

◎以上、このシリーズはまだ続きます!

◎参考資料:
*「国民の歴史」(西尾幹二 著)
*「戦後歴史の真実」(前野 徹 著)
*その他の手持ちの本など。
*「勝者の書いた歴史は真実か?」
*「ぼやきくっくり」

◎コメントを見たり、書いたりは こちら からどうぞ!

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