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2012年9月18日 (火)

第三回元寇

時は平成24年(2012年)某月某日、遂に第三回目の元寇勃発!

思えば、、、その第一回元寇は今を去ること738年前の文永(1274年)10月5日、蒙漢軍1万5千~2万5千及び、高麗軍5千3百~8千、水夫を含む総計2万7千~4万人を乗せた大小900余艘の船団が午後4時頃、対馬の小茂田浜に上陸。

蒙古軍は対馬を経由し壱岐から現在の佐賀、福岡県の海岸に向けて襲ってきた。この時の蒙古側は単なる日本偵察、下調べが主目的だったが、日本側から予期せぬ強い反撃を受けたので早々に引き揚げた。ざまぁ~見ろッ!

そして、第二回元寇がそれからわずか7年後の弘安4年(1281年)5月21日、第一回元寇と同じく対馬に再上陸。この時は元・高麗軍を主力とした東路軍約4~5万・軍船900艘と、旧南宋軍を主力とした江南軍約10万・軍船3500艘、合計、約14~15万・軍船4400艘の大軍。

かように二回目は準備万端整え大軍を送り込んだが、日本側と激戦の末、神風にも遭遇して軍船が多数沈没、壊滅状態となった。神風にも助けられたが当時の鎌倉武士達の国を思う勇敢な働きには頭が下がる。これぞ大和魂! これぞまっこと日本武士!

そして蒙古シナは1287年に第三回目の元寇を企てたが 国内事情(ナヤン・カダアンの乱) で断念! しかし、それから725年後の今年平成24年秋に遂にこの 三回目の元寇 を敢行! イヤ正確には元、蒙古は既にシナに滅ぼされ、薄汚い漢民族が牛耳る野蛮大国 となっていた。わずかに生き残った蒙古の子孫たちは、今平成の世の日本で大相撲界に君臨し、ハングリー精神がない日本人力士たちを席捲している。

話を戻して、、、今回その野蛮大国シナは先ずは1000艘の大漁船団で、今度は対馬ではなく、防備が無い沖縄沖の尖閣諸島に侵攻。あそこは防備が必要だと分かっていたのに!、、、これに対して我が国は遅ればせながら海上保安庁の巡視船数隻で対応するも、シナはこれを蹴散らして魚釣島に強行上陸敢行!(、、、するだろう?)

折しも、今回も神風16号が来襲していたが、残念ながら 2、3日早過ぎてシナ漁船団を蹴散らすまでに至らず。願わくば神風17号に期待したいところだが、そんな神頼みよりも、こうなったら海保では頼りないので、海自のイージス艦を含む護衛艦軍、潜水艦軍、さらに空自の空挺団などを総動員、さらに米軍の オスプレイ までも現地派遣しなければ収拾つかない状態!(、、、になるだろう?) 

テキは次の段階では必ず漁船員の安全確保を口実に、人民解放軍を派遣するのは必至! いくら海での実戦経験がない彼奴等でも、その クソ意地的野蛮さ は侮れない。既に一刻の猶予もならず! 願わくば1287年の国内事情、即ち彼奴等にまた内乱が起こって、その矛先が我が尖閣諸島ではなく内に広がるのを期待したい!(頑張れッ! 全国で暴動を起こせッ! 愛国無罪の若者達よ!)

それにしても、、、前記、 文永弘安の頃13世紀の日本は、貨幣経済の浸透や百姓階層の分化と、それに伴う村落社会形成中の過渡期。また戦費で窮迫した御家人達の不満など日本社会の大変動期でもあったが、時の鎌倉幕府は一丸となってこの外敵にあたった事が素晴らしい! たとえ神風が助けてくれたとしてもだッ! 今の民主党幕府とは大違い!

さらに政府だけでなく、今時の平和ボケ日本人は、この歴史に学び大いに反省し、国を守る気概を持つべし!

■関連記事⇒ 『ロマン誘う“元寇”』

■参考資料⇒『元寇』

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