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2012年6月25日 (月)

近所の東海道散策

台風一過の先日、近所を通る旧東海道のホンノ一部分を歩いてみた。以前、東海道五十三次の内、現在の豊川市になる三十五次「御油宿」と、三十六次「赤坂宿」 付近は歩いた事が有ったが、今回歩いたのは 38次「岡崎宿」 (岡崎市)と、39次「池鯉鮒宿」 (知立市)のちょうど中間点、つまり住まいが有る安城市を通る旧東海道。

名鉄、新安城駅から国道1号線を越えた所に旧東海道は走っているが、岡崎方面に向かった歩くと「明治川神社」の先辺りに古寺があった。その名は「永安寺」、そしてそこに立つ「雲竜松」と云う珍しい松の木が有ったのでご紹介。

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この松は上に伸びずに、横に大きく伸びて広がり、狭い寺の境内を独占している。詳細は立て看板をご覧あれ!

次に、、、この「永安寺」よりさらに岡崎方面に向かうと、“宇頭”と云う所にあった「熊野神社」。ここは昔、大戦中の“第一岡崎海軍航空隊”の跡らしい。

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この「熊野神社」からUターンして帰路、つまり知立市の方に向かうと、所々に旧東海道らしい松並木も少しは残っている。前記の「御油宿」近くの“御油の松並木” ほど名は知れてないけど、何となく昔を偲ばせてくれるな~!120622_125823

今日歩いた旧東海道一帯は名鉄名古屋本線や国道1号線とほぼ並行して走っていて、道幅が片側1車線の狭い道の割には車の交通量も多いが、松並木が情緒があるだけに、車が走ってなかったら、もっと気分が出そうだったけど? しかしそれにしても他には何~んにもない、昔も今と同じく周囲は田んぼだけの殺風景なコースだったんだろうな~!

それに比べて前記、赤坂宿 には江戸時代から今でも続いている旅籠 「大橋屋」が有ったり、Img_0075_2                                                  

←(あの日「大橋屋」を覗き見してた何処かのオバサン?)                                                   

また 『御油や赤坂吉田がなくば、なんのよしみで江戸通い』、とか 『御油や赤坂吉田がなけりゃ、親に勘当うけやせぬ』、と謡われたほど遊女が多い歓楽街として栄えた宿場だったらしいが、 赤坂宿で遊んだ旅人は、次のお楽しみは?って事で四十次「鳴海宿」(名古屋市緑区)か、その次、四十一次「宮の宿」(名古屋市熱田区)に着くまでは我慢して歩いたんだろうな~? ってな事を考えたり、、、!^_^)

いずれまた、安城から今度は矢作川を越えて岡崎まで歩いてみるか!

◎コメントを見たり、書いたりはこちらからどうぞ!

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【注】下段の各≪写真集≫は2019年3月以降、現サーバーの改編で継続不可となりました。従って多数写真のアップはブログ記事内で紹介しています。