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2012年5月 9日 (水)

“音を楽しむ徒然語り”、その4

只今、己の回想録シリーズを書いています。昔話で恐縮ですが、、、!

“音を楽しむ徒然語り”その4

前回オ-ディオの話が出たのでちょっとその辺りを、、、
もともと小学4年生の時に初めて自作した鉱石ラジオから始まり (鉱石ラジオ、って知ってる人は50歳以上か?)、その後三球ストレ-ト、五球ス-パ-などと、中学生頃までラジオ組み立てに夢中になっていた。Img_0154_2

←あの頃はこの写真にあるような部品を揃えて、学校から帰ると毎日のようにラジオ組み立ての半田付け作業が楽しくてたまらなかった! つまり電気が好きで興味津々だった。その頃参考にしていたのは「初歩のラジオ」って雑誌だった。(今でも発行されている。)

※上の写真は昨2011年夏、長崎に行った時に知ったこの場所にあった。

そして中学3年の時に電話級アマチュア無線の資格取得。忘れもしないあの頃、アマ無線の資格試験は当時の郵政省管轄の各地方の電波監理局で受験することになっていたが、九州管内に電波監理局は熊本にしかなくて、私が住む長崎市には無かったので止む無く熊本まで受験に行ったのだ。中学生の初の遠距離一人旅だった! そして合格!

それから16歳頃だったか、JA6DDKのコ-ル・サインで開局。 しかし何せお金がないので受信機は漁業用のジャンク無線機を改造、送信機は自作して2年間程はハム (アマ無線) にハマっていた。当時使ってた電波は3.5メガ、7メガ、21メガ、50メガ、だったが、主に7メガで毎日 『CQ、CQ、こちらはJA6DDK、XXXX、、』 と国内の見知らぬハム仲間とのお喋り(ラグチュー)を楽しんでたものの、そんなラグチューにも次第に飽きてきた。

それは今考えると、、、あの頃は前記したように並行してポピュラー音楽も好きだったので、同じ電気が好きでも、無線からオ-ディオの方に興味が変わっていったのかも知れない? あるいは私が小さい頃から家にあった手回し蓄音機と数十枚のSPレコード、それを子供の頃から聴いてたのでそんな影響があったのかも?

ハムからオーディオに趣味が変わって、真空管アンプ、スピ-カ-BOX自作など、面白くて止められない! 当初はモノラルアンプ作りから始めたが、その頃から時代は45/45ステレオ(レコードの溝が45度の対面、90度で交わるV型の溝のそれぞれの壁面に左右のチャンネルの振動を記録する方式)が主流になり、H i・F i (ハイファイ,High Fidelity = 高忠実度)と呼ばれる時代となった。そしてEP、LP レコードが急速に世に出回り始め、そんな中アンプを変えたりスピーカーを変えたりして、その音の変化に一喜一憂していた。

特にスピ-カ-単体は当時のパイオニア、オンキョ-などを頻繁に買い替え、やれ2Wayだ、3Wayだ、コ-ンだ、ホ-ンだ、とエンクロジャー(スピ-カ-BOX)を取り換えては楽しんでいた。あの頃は「無線と実験」、「ラジオ技術」などの専門雑誌を盛んに読み漁って、その記事の中に出て来る何処かの金持ちオーディオ・マニアの立派なリスニング・ルームの写真を見ながら 「あぁ~俺もこんな部屋が欲しいな~!」 と、、、(それが未だに実現しないけど!^_^) 

アンプは三極管だ、マルチだ! プレ-ヤ-もニ-トの安物セットからア-ムはどうのこうの、カ-トリッジは何たらかんたら、、、最後はマグネフロ-ト・ベルト・ドライブ+オ-ディオ・テクニカのア-ム+シュアV15カ-トリッジと変遷。何~か今考えると音は何れも五十歩百歩だったような気もするけど(笑)。

しかしそんな自作オ-ディオで聴くラテンやジャズに独り悦に入り、ニンマリとほくそえんでいたら、、、ふすま越し隣の部屋に居たオヤジから 『お前は音が良い、とか言ってるけどワシはただウルサイだけだッ!』、と怒鳴られる始末!^_^)

そりゃ-そうだよね、“美空ひばり”ならともかく、訳のわからない洋楽をボリュ-ム一杯で鳴らされたら! しかしこのオ-ディオ道楽こそ金食い虫、安月給の身分では如何ともし難い。そこで結局“安物買いの銭失い”のような事を繰り返していたような? 今考えるとね! 

オ-ディオ趣味も最初の内は低音と高音を強調したいわゆるドンシャリ音を追及していたけど、耳が肥えてくると中音を中心としたバランスの重要性がわかるようになって、結局最後はオ-ソドックスなアンプとシングル・コ-ンのスピ-カ-に密閉箱、またはバスレフ。 そしてカ-トリッジを含むプレ-ヤ-も極めて標準的なセットで満足するようになった。 いや経済力がついて行けなくて諦めた、ってのが本当!笑)

当時、オ-ディオも音楽も同じ趣味の友達とよく議論したことがある。それは、、、音を聞くのか? 音楽を聴くのか? とね! つまりオ-ディオに懲り過ぎると、やれ周波数特性は? S/N比(信号/歪の比率)? とか、すでに電気メーカに就職して一応本職になっていたので、そんな物理特性ばかりが気になって一向に音楽を楽しめない。何のためのオ-ディオか? となってしまう。それより装置はソコソコのレベルが有れば良しとして、後は音楽鑑賞に没頭する。これこそが正道だッ! と遅ればせながら気が付いた、って訳。

結局アナログ時代の音楽の“音”を左右するハ-ド・ウェアは、スピ-カ-50%、アンプ30%、カ-トリッジを含むプレーヤーシステム20%、とそんな比率のような気がするけど?、、、CDなどディジタル化された現代で云えばカ-トリッジの代わりにCDピックアップの特性がそれに該当するけど比率はやはり同じぐらいかな?  あの頃、オ-プン・リ-ルや、その後出てきたカセット・デッキでのダビングや、FMウォツチなども少しはしたけど、それほど夢中にはなれなかった。テ-プの手軽さとあの甘い音が気に入らなくて!

時代劇作家の故 “五味康祐” は生前知る人ぞ知る強烈なオ-ディオ音楽・マニアだった。流行作家になってお金持ちになり、普通の人では手も足も出ない世界の名器と呼ばれる最高級オ-ディオ・セットを持ってたが、その彼の著書『西方の音』 に載ってたと記憶してるが、、、それは、平たく言えば 『高額なオ-ディオ・セットでなくても、その人の生活環境、経済力に応じたオ-ディオの楽しみ方が一番!』、、、と。

つまり専用リスニング・ル-ムを持たなくても、四畳半の部屋で月給の範囲内で買ったオ-ディオ・セットで静かに聞く音楽こそ至上の幸せ! 奥さんに逃げられるような身分不相応な高級セットで音楽を聴いても楽しくならない、、、と。何事も悟った人の云うことは違うな~! と当時感心、感銘したものだった。 

つまり、それは前記の音を聞くのか? 音楽を聴くのか? の話にも通じて、言い換えれば本来楽しい筈の音楽が、“音楽”ではなく“音我苦”! にならない様に、って事だろう。

その5へ続く、、、

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