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2011年8月15日 (月)

新高山に登ったけど、、、

あれは私が母親の腹の中で6ヶ月目を過ぎた12月初めの頃だった。

日本は新高山に登ってトラ・トラ・トラまでは良かったけど、それから3年9ヶ月後の本日8月15日、無残にも遭難してしまった。

本来、登山は無事に下山してこそ意味がある。登り始めても途中でヤバいと思ったら早急に引き返すべきである。それを登り始めたから、と云ってやみ雲に進んではそれこそ最後はどうなるか?

だいたい登る前に自分の体力、知力で登れる山か否か? 充分な下調べと準備が有ってこそ初めて成功するのが登山であって、成せば成る的精神論だけで登れるような簡単なものではない。しかしあの頃の日本の登山家たちは鎌倉時代の元寇じゃあるまいし “大和の国には神の魂が宿っているから大丈夫”、とばかり無謀な計画の元、ついに登山を決行!

登り始めて1年も経たない内から、滑ったりつまずいたりして、既に危険信号が出てたのに、前記したようにただむやみに突っ走って3年目に入る頃は既に体力気力も使い果たして満身創痍! 挙句の果ては私が3歳になった年の8月6日、9日の両日に致命的な大怪我を負って遂に遭難の憂き目に会う。登山家達も辛かっただろうが、それよりも何よりも、その登山家達を麓で “堪えがたきを堪え、忍びがたきを忍んで” 支えてきた民はたまったものではない。

それから幾年月、、、誰もが日本はもう二度と立ち上がれないだろう! と思ってたらドッコイ、この世界でも稀に見る優秀な大和民族は、遭難してからわずか10年そこらで不死鳥の様によみがえって世界をアッ! と驚かせた。やっぱり神の国だったのか!?

見事によみがえったのは良かったけど、やはりあの遭難した時の後遺症とも云うべきか? 何かと云えば直ぐに 「すべて私が悪うございました!」 と自虐的精神構造の人間になってしまった。

もともと登山の計画がずさんだったから遭難しただけやんか、周囲に迷惑かけた件は公の場でチャンと謝ったやんか、迷惑料も充分支払ったやんか、だから何もそこまでへりくだらなくても良いじゃん! と云う意見もあるが、、、

方や、日本は登山する時に隣近所の人まで巻き込んで、怪我させてしまったから迷惑かけたと謝ったり金払っただけではダメ! 「心の底から悪かった、とは思ってないでしょう? だから悪いのは全てあなたよ!」 と、いつまでも未来永劫的に云われても当然! との意見も多い。

その結果、今や日本人の大多数が上記の様に自虐精神構造の持ち主になってしまい、さらに今の子供たちは自分の国を「日本は悪い国!」と教えられている。

ではここで、そもそもの成り行きから考えてみよう! 何で日本は登山をしたのか? する必要があったのか?

当時世界で先進国と云われてた欧米の国々はアジアの山に勝手に無断で登って、山の獲物を独り占めしてたではないか、しかしそれでも 勝てば官軍 で何のお咎めなし! だから獲物にあり付けない日本は、止むに止まれず、背に腹は変えられず、あるいは遅ればせながら先進国の真似をすべく、、、登山をするハメになってしまったのだ。

これがたとえ弁解、言い逃れと云われても、そんな世界情勢だったことも事実。その証拠にその後、山を蹂躙されていたアジア各国で独立運動が起こっているではないか! まぁ~説はいろいろ有るし、日本は無謀な登山をする以外、他に道はなかったのか? と後年人は簡単に言うけれど、、、。

しかし今になって、いくら泣こうがわめこうが後の祭り。とにかく遭難した事実は変わらない。これを良き教訓として、もう二度と無謀な登山はしない事! でないと、どんなに大義名分が有っても 負ければ賊軍 にしかならない。そしてその後遺症はいつまでも続く救いようのない現在のように!

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【注】下段の各≪写真集≫は2019年3月以降、現サーバーの改編で継続不可となりました。従って多数写真のアップはブログ記事内で紹介しています。