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2011年7月 9日 (土)

阿寺の七滝、他

猛暑、烈暑、獄暑、狂暑、炎暑、極暑、激暑、、、etc、etc、これ以上、言葉を思い出さないくらい連日の蒸し暑さ、、、!33_4

そこでこの暑さを少しでも凌ごう、涼みに行こう、と知人の誘いで行った所は奥三河の「阿寺の七滝」。場所は愛知県新城市、JR飯田線の沿線近くだ。

←但し、この写真はその時の滝ではない。これは以前香港に居た頃に行った香港版“華厳の滝”(梧桐寨群瀑 (Ng Tung Chai Water Fall)での日頃の生臭坊主の修行の様子! でも涼しそうでしょう!^_^)

Img_0014 今回、「阿寺の七滝」に行く前、最初に立ち寄ったのが“乳癌”イヤ“乳岩”(ちいわ)ってところ。現場に到着して初めて気が付いたが、ここは以前「明神山」に登って下山した地点だった。今回の様に車で来たら、もともと土地勘が無いところなのでチョット戸惑う。あの時もなかなか良い所だな~! と思ったけど、、、。

Img_0021 その後、“三河大野”って街に立ち寄って昼食。入った店がなかなか風情がある、ちょうどこれも以前行った「大正村」的雰囲気の店。もともとこの辺りは林業が盛んだったらしく、その頃は栄えた街だったよう? この店は元銀行を改装したものらしい。

                                                                            Img_0037                       お次がいよいよ今日のお目当て“阿寺の七滝”! 車道の終わり、滝への入口から林道をしばらく行ったらその現場、ここはなかなかナイス・スポットだった! 何でもここの滝および周辺は国の名勝および天然記念物に指定されていて日本の滝100選の一つとか。1本の滝だが数えてみたら確かに大小七段の段差が有った。後日調べてみたらこの内、上から2番目と5番目の滝壺には深さ7メートルにおよぶ甌穴(おうけつ、かめ穴)とやらが有る。これは河底や河岸の岩石面上にできる円形の穴らしい。この七滝を眺めていて思い出したのが冒頭の香港の滝だったのだッ!

Img_0057 滝見物の帰路、立ち寄ったのが、あの長篠の戦で有名な長篠城址。長篠の戦は云うまでもなく織田・徳川連合軍と武田軍との間で起こった戦。通説では織田・徳川連合軍は当時の最新兵器だった鉄砲を大量に準備、当時の鉄砲が連続発射が出来ず次の弾込めに時間が掛かる欠点を補うために、鉄砲隊を三列横隊にして各隊交代射撃、結果的に連続射撃を可能にした新戦法に、さすがの名立たる武田の騎馬隊も全滅したとか? ただこの新戦法の真意の程は分からないが、これを機に武田は滅亡への道を辿ることになったのは史実らしい。そしてこの時の戦から武士の戦法が大きく変わった、とも云われている? ただ、現在の本丸城址は何もない単なる原っぱ、周囲に散在するいろんな旧跡が唯一見どころらしい。

最近は近所の知人が車でアッチコッチ連れて行ってくれるのでありがたい! 電車バスを乗り継いでも、場所によってはさらに歩かなければならないし、、、本日もお陰さまで結構な散策でした。

以上、写真集≪阿寺の七滝、他≫もご覧あれ!

◎コメントを読んだり、書いたりは こちら からどうぞ!

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【注】下段の各≪写真集≫は2019年3月以降、現サーバーの改編で継続不可となりました。従って多数写真のアップはブログ記事内で紹介しています。