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2008年10月 7日 (火)

“せともの”の里

俗に云う“せともの”とは? 九州出身の私はこれまで瀬戸内海近辺の何処かに陶磁器の生産地が有って、それで“せともの”と呼ばれるものとばかり思っていた。ところが今年1月に「猿投山」登山をした時、登山口で見かけた陶磁器の原料攪拌機が実は隣の“瀬戸市”に原料を送る為、との現場の説明文を読んで初めて「瀬戸市」がその“せともの”の呼び名の由来かな? と思いついた。

その「瀬戸市」だが、同じく今年2月に「三国山」登山をした時に初めて訪れた。ただその時は名鉄“尾張瀬戸”から登山口まで乗ったバスの車窓から眺めただけだったが、確かに街並みのあちらこちらに“せともの”の商店や窯の煙突などが見えたことを記憶している。

先週10月4日、香港から友人が来訪したので彼と一緒にその「瀬戸市」を改めて見学することにした。名鉄“瀬戸線”の終点、“尾張瀬戸”がその“せともの”の里! Img_0044

駅前から矢田川沿いの両岸に“せともの”商店街が並んでいる。

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また一角には昔を偲ばせる古い街並みなど、風情があった。

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駅前で貰った説明文によると、、、ここは日本有数の陶磁器である瀬戸焼の生産地として知られ、“せともの”という呼称は前記で私が想像したとおり、ここの古くからの地名である「瀬戸」に由来するとか。もともと「瀬戸」とは通常は「狭い海峡」の意味だが、この辺り海には遠いし、ここでの瀬戸は「陶処(すえと = 陶器の産地)」が転じた地名であるとか。

またネットからの受け売りだが、、、市内に点在する鉱山では、陶磁器やガラスの原料である粘土や珪砂が産出されるらしい。だから前記「猿投山」も地形的に近いし原料が産出していたのだろう、と一人納得! しかし市の主産業であった窯業は近年低迷が続き、関連工場の数は、最盛期の半分程度まで減少しているとか。また、鉱山関連産業は輸入物の粘土・珪砂等に圧され、低迷しているらしい。

矢田川沿いにある立派な建物、 瀬戸蔵ミュージアムは一見の価値あり!Img_0004

陶磁器が好きなカミさんとは違って私は特に興味がある訳ではないが、それでもこのミュージアムの中は陶磁器の古代から現代に至るまでの歴史や、面白い展示物が大変興味を引いた。

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中でもいろんな人形など、これが本当に陶磁器で出来ているのか? と思うような素晴らしい芸術品も多かった。

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また陶器と磁器の違いも初めて分かったし、、、!

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考えてみたら「瀬戸市」だけでなく愛知県内にはもう一つ、知多半島に有る「常滑」も陶磁器の産地として有名なのだ。

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【注】下段の各≪写真集≫は2019年3月以降、現サーバーの改編で継続不可となりました。従って多数写真のアップはブログ記事内で紹介しています。