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2007年8月18日 (土)

ブラジル行-その3-

日系ブラジル人の話をもう少し、、、

これは日系ブラジル人に限らず、日系アメリカ人やその他外国在住の日本人の間に生まれた日系○○人に共通するもので、日系アメリカ人の悲劇を描いた山崎豊子の小説「二つの祖国」を読んだ方は分かるだろう。日系○○人は悪い言い方をすれば国籍不明人のような、つまり日本人でもなく、かと言って外国人でもない何とも不思議な存在! ある意味悲劇的ではあるが良い意味では真の国際人的でも有る。

日系ブラジル人で話を進めると、日本人の前では彼らは『私はブラジル人です!』と、自分を卑下したようなへりくだった言い方をするが、一方純粋なブラジル人の前では『私は日本人だ!』と、誇らかな言い方をする人もいる。また生まれた時は教会で洗礼を受け、死んだら-その2-で書いたような本願寺など仏教葬儀を行う人も多くまったく不思議な“人種”! ある意味悲劇的とは、つまり彼らは自分自身のル-ツを求めてたえず心の中で葛藤しているのだろう。但しこれは日系二世の人に多く見られる現象で三世、四世ともなると割り切った考え方の若人が多い。

旧知のポルトガル、リスボンからブラジルに移民したお婆さん曰く『息子はブラジル生まれでポルトガル人気質がない!』と嘆き、『リスボンが懐かしい!』と、懐古的になるのは日本人移民一世の嘆き、グチと全く同質のもの。

話を元に戻して、、、

サンパウロ市内は昔は緑が少ない、と云われたが、今では市内や特に郊外の随所には小さな公園や幼児の遊び場もある。写真はSao Bernardo do Campo に有る緑豊かな公園!Img_0164    Img_0197                                                    

 

Img_0192 またサッカ-王国のブラジルらしく、子供たちはちょっとした広場があればサッカ-遊びに興じたり、、、http://www.nurs.or.jp/~yide/dokudan/soccar.htm

Img_0196 Img_0195              

“パパガイオ”と呼ばれる凧揚げも盛んだ。この凧揚げで思い出したが、凧の糸の先端に使われる“ビ-ドロ”と云うガラス粉を塗した特別な糸は、いわゆる喧嘩凧に使われる物で、その昔私が子供の頃、故郷長崎で凧揚げ遊びに興じていた頃と同じ呼び名!(“ビ-ドロ”とはポルトガル語でガラスのこと。)

(続く)

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コメント

またまたコメント失礼します!

ガラスを「ぎやまん」なんて言ってた時代もあった事は知っていますが”ビードロ”がポルトガル語でガラスって意味だったとは!
光頭老さんのHPやブログを読むと色々な事が勉強になります。

私の知る”ビードロ”って、「ぽっぺん♪」って言う通称で呼ばれている、音を吹き鳴らして遊ぶガラス細工もビードロと言ったはずなのですが、これらガラスを使った玩具のルーツが、種子島鉄砲以降の時代にポルトガルから長崎へと伝わったのかなぁ?

日本の子供達がTVゲームに興じて外で遊ばなくなって久しいですが、凧あげやストリートサッカーとか、ブラジルには良い習慣がまだ残ってますね~

お説のとうり1500年代中世ポルトガルは世界の覇者でした。
日本へも宣教師から始まって鉄砲その他の交易を求めて商人達がどっと押し寄せ江戸鎖国時代になってからは長崎の出島が唯一海外との窓口でしたね!
ポルトガル語のビ-ドロの本来の意味はガラスの事ですが、日本へ伝わってからはガラス細工全てについてビ-ドロと呼ばれたようです。
ポルトガル語で日本語化したものは他にもカステラ、カッパ(合羽)、ジュバン(襦袢)、ボタン、タバコ、パン、ボーロ、カルタ、トタン、バンコ(縁台)、、、等があります。

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