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“趣味の音楽関連”

“懐かしの映画”シリーズ

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近所の散歩 / 徒然語り

やっと朝夕は涼しくなってきた今日この頃、、、
そこで、しばらくサボっていた近所の散歩に出かける、、、!

我家を出て裏手 南側へ廻ると、その先には名鉄西尾線 がある。
その線路沿いの道を100m程行った場所にある踏切へ、、、
それを渡って直ぐ右手、線路沿いの畑の中の小道を行く、、、
ここからがスタートだ!
Dsc_0260_r


写真右手が名鉄西尾線、左側一面に広がる田んぼを眺めながら歩く。
写真(1)
Dsc_0145_r 

以下、青字はひとり言、、、
コロナ禍は相変わらず続いているが、政府の Go To 〇〇キャンペーンで、

人々はまるでコロナを忘れたように街に溢れ出し、旅行に出かけたり、
居酒屋では従来どおり呑んだり喰ったり、、、
しかし政府の有識者会議は『感染の増加要因と減少要因が拮抗!』と、
何とも
どっちつかずの表現! つまり今後どうなるか 誰にも全く分から
ない、って事。


進行方向左手に広がる田んぼ、その向こう、高い建物の側には同じ名鉄の
名古屋本線が走っている、、、
写真(2)
Dsc_0146_r

結局は自分の身は自分で守るしかない、、、
これからインフルエンザの季節を迎え、果たしてコロナとのダブルパンチ
が発生しないか? ちょっと心配だな~! 今月からインフルエンザの予防
接種が始まるので、例年の様に早速接種を受けに行こう、と!

警笛に振り向けば走ってきた西尾線電車、、、写真前方の新安城駅近く
から歩いてきた、、、
写真(3)
Dsc_0147_r

話は変わるけど、、、
Windows-10 PCのインターネット・ブラウザがそれまでのIE-11から Edge
変わったのは分かっていたが、IEは長年使ってきて慣れてるし、且つ
HPや
ブログの編集もIE-11で作業していた。

進行方向に向かって左手に広がる畑、これは大豆かな? 前方に間もなく
歩く木陰道が続いている、、、あれは春になれば 桜並木 と変わる。
写真(4)
Dsc_0148_r 

ところが、最近Youtube やFacebook のタイムラインを観る場合、従来
観てきた IE-11から勝手に(自動的に) Edgeに切り替わってしまう怪現象?
ブラウザ設定を再度IEにし直してもIEになったりEdgeになったり、、?
Facebookも同じく勝手にEdgeに変わってしまう? 今のところ原因不明?
まぁ~良いか? と、しばらくは放っておく事にしよう!

先の大豆畑の端から左折、樹木の左右両側が遊歩道で、右側のもう一本
の途中青色塗装の小径は自転車専用路だ!
写真(5)
Dsc_0149_r 

現在のブラウザMS-EdgeGoogle Chrome がどうやら主流の様だ!
Firefox は健在のようだけど、UNIX系を除いて昔流行っていたNetscape
とか
Opera などは消滅したのかな~?  ブラウザも淘汰されたり最近は
時代の早い変化について行けなく
なっている自分、あぁ~、情けなや!

間もなくいつもの休憩ポイントに着く。そこから遠望する我マンション。
ここは鉄製のベンチが二台設置してある。
写真(6)
Dsc_0150_r 
この写真の場所は木陰の遊歩道の最後辺りになるが、いつも小休止しな
がら写真前方、土色の建物の我がマンション群を遠望している、、、
あの近くを先ほどの赤い名鉄西尾線が走っているのだ。

ところで、、、
総理大臣が安倍さんから菅さんに変わって早一か月、菅流政治は日本に

とって何か良い結果をもたらすか? はたまた? 例によって連日メディアの
騒ぎ
方にはウンザリ!  新首相を持ち上げたり、些細な事で貶したり!

休憩を終えて右手に少し歩く、、ガードレールの右側は名鉄名古屋本線の
線路下を潜って国道1号線の方へ向かう小径の自転車路、、、
ガードの左の道を行って直ぐに更に左側へのカーブを行くと、、、
写真(7)
Dsc_0278_r

安倍さんが理想の国家観を掲げて首相になったのに対して、菅さんは
苦労人らしく現実的で具体的な政策を前面に出して、これまでの一ヶ月間
は比較的好感を持たれてきたが、実際の評価はこれからだろう!
ただ、苦労人=理想的首相になるとは限らないけど、、、!?


この様に左側へ一直線に伸びた小径。それと並行して走る名鉄名古屋
本線。この線路は画面手前右側が豊橋経由~東京方面へ、画面左手奥が
新安城駅経由~名古屋方面へと続く。
写真(8)
Dsc_0279_r

後はひたすらこの直線道路を歩く。その先には我家が有るマンション群。
左手は初めに眺めながら歩いた畑が広がっている、、、つまり、、?
名鉄新安城駅を起点として大きく三角形に広がるエリアを一周するのが、
いつもの絶好の散歩コースなのだ。
写真(9)
Dsc_0282_r 

新政権は、携帯電話料金の値下げなど具体的な政策が進捗中だが、一番
気になるのは
例の「デジタル庁」とやらの新設役所。先ずはハンコ廃止
など掛け声は
良いが、実際には行政の仕事が本当にどの程度デジタル化
されるのか?  
正直疑問を持っている! それは、、、?

歩いてきた直線道路、この写真の下には畑地の真ん中当たりから国道
1号線へ抜けるバイパス道路、、、
ちょうど今、名古屋方面~新安城駅から豊橋方面へ向かう特急電車が、!
写真(10)  
Dsc_0287_r

以前あった「住民基本台帳」すら普及しなくて、その後「マイナンバー・
カード」に変わったが、これまた思ったように普及しないのは何故か?

長い直線道路の途中、上図のバイパストンネルの上を過ぎて間もなく、、
先程から見えていた我マンションの対面辺り、そこに鎮座するお地蔵さん!
こんな作業用の小型車しか通らない畑の脇道で交通事故とは?、黙祷!
写真(11)    
Dsc_0153_r 

国民の意識が低いことも有るが、それよりセキュリティー的に、
皆が安心出来ない?つまり政府のやる事を信用していない、て事では?
例の10万円の特別給付金の配布でスッタモンダ等々、、、

お地蔵さんを後にしてちょっと前進、直ぐにここもまた国道1号線へ抜け
出る畑の小径の踏切、、、そのちょっと先が新安城駅となる。
写真(12)
Dsc_0289_r

自分の経験的に云えば、「住民基本台帳」の時代に役所の職員ですら
各自治体によっての理解度が異なっていた事。つまり住民に巧く説明でき
なかった事、、、つまり、、、


その新安城駅を出発した直後の赤い電車を観ながらここで道は左折、、、
写真(8)の位置から続いた長い直線道路もここで終わった。
写真(13)
Dsc_0291_r 

初めに名古屋市中区から現在の安城市に移転した時、諸移転手続きで、
中区役所で発行された「住民基本台帳」を
利用しようとしたが、、?
安城市では結果的に何も出来ず結局、昔ながらの書類による
移転手続き
しか出来なかった! 同じ愛知県内なのにだッ!


そして左手いっぱいに広がる広大な畑地を眺めながら、、、
写真(14)
Dsc_0154_r 

そんな経験をしたので、後に「マイナンバー・カード」に変わっても
基本的には同じ問題が続いている事は明白だろう!?

上の写真とほぼ同じ場所で稲穂の陰から垣間見た名鉄名古屋本線、、、
こうして見ると、名鉄名古屋本線を走る電車は短い時は凡そ5分程の間隔
で新安城経由で名古屋方面へ、また逆に豊橋方面へ向かっている様な?
写真(15)
Dsc_0155_r
この辺りの水田はまだ稲刈りが終わってない?、、、間もなくかな~?

つまり、「デジタル庁」か何か知らないけど、業務のデジタル化の前に
現行の書類上でも、アーキテクチュアーとでも云うか? その各々の業務
システム的に同類、同構造の構成に統一する事が先決だろう! と思う。

写真(16)
Dsc_0301_r 
この住宅街の先が最初のスタート地点の名鉄西尾線の踏切へと続く、、、
丁度今、走ってる電車がその西尾線、、、
その右側が我がマンションの近くだ、、、!

関連役所間、各自治体間、それらが全て一つのシステム上で同構造の
方法
パターンに徹底できれば、真の意味でのデジタル化も可能になる
と思う。つまり紙の書類で云えば、例えば入力フォーム、出力フォーム
を全て同一構成にしないと纏まらない、って事。


そして戻って来た我家マンションの内庭風景、、、!
写真(17)
Dsc_0157_r

最後に、、、
この日歩いた散歩道を地図で標示すると、、上記17枚の写真ナンバーを
地図上の位置に(1)~(17)の番号で記入しています。
全行程 約3.5km、ゆっくり歩いて1時間ほどの歩行時間となります。
 Anjyo-map 

 ◎参考資料
*安城市 (Wikipedia)
*新安城付近地図

◎過去の関連ブログ記事。
*『日本は言葉が通じる外国!~その1~』
*『日本は言葉が通じる外国!~その2~』
*『日本は言葉が通じる外国!~その3~』
* 初めての安城市
* 近所の散歩《災害は忘れた頃に?》

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2020年10月 1日 (木)

追悼:マイルス・デイビス

先3日前、9月28日はマイルス・デイビスの命日だった、、、! 
改めて調べてみたら、生誕1926年5月26日、死没1991年9月28日(65歳没)
もし今、生きていれば95歳! この歴史上最大で最高のモダンジャズ・
トランペッターの事は今更説明する必要もないが、私がいわゆるモダン・
ジャズに目覚めた20歳前の頃、前回のソニー・ロリンズの”サキコロ”
同じ頃に買ったLPレコードがこれ、、、

Miles-davis-columbla_20200930103101

『’Round About Midnight / The Miles Davis Quintete』
COLUMBIA SL-1012 1955/10/26 モノ録音 (日本版)
マイルス・デウ"ィス(tp)、ジョン・コルトレイン(ts)、レッド・ガ-ランド(p)、
ポ-ル・チェンバ-ス(b)、“フィリ-・ジョ-”・ジョ-ンズ(dms)

    1. 'Round Midnight (Hanighen-C.Wiiliams-T.Monk)
    2. Ah-Leu-Cha (C.Parker)
    3. All Of You (C.Porter)
    4. Bye Bye Blackbird (M.Dixon-R.Henderson)
    5. Tadd's Delight (Dameron)
    6. Dear Old Stockholm

これこそ古き良きコロンビア時代のマイルスの名盤中の名盤! マイルスの
静かで不気味なミュ-トでのイントロの後、ブレークを経て忽然と現れる
若かりし頃のJ・コルトレ-ンの力強い雄叫びのような出だし、、、♪ 
当時、このディスクの一曲目のラウンド・ミッドナイトには心底シビれた事を
今でも思い出す、、、!

翌1956年に、この移籍第一作を発表。今、聴いても全曲とも抜群に良い。
考えてみたら、この頃のマイルスやコルトレーンが一番好きだったかも?
 
後年、上記のモノ録音盤を疑似ステレオCD化、ディジタル・リマスター盤と
して発売されている。そのジャケは下記 Youtube の画像。
”Round Midnight” をお聴きあれ!   

     


また、コロンビアの前に契約していたプレスティッジとの間に残されて
いた契約を済ませるためにアルバム4枚分レコーディングを2回の
セッションで行い、毎年1枚ずつ4年掛けて発表したのが下記の4枚で、
俗に云われる「マラソン・セッション」も各々全作品が素晴らしい!
多分、マイルス50年代の一番の出来のようにも感じる。

【下記の全ジャケをクリックするとパーソネルや曲名など詳細あり】
『Workin』,        『Stemin』,         『Reraxin』,        『Cookin』,の4枚。
109 118 014_20200929103101 017







他、手持ちディスクの中からオムニバス盤など除いた私の主な愛聴盤!
全て1949年~65年頃までの録音で、1970年代以降のいわゆるマイルスが
エレクトリック期になると、面白くなくて私は殆ど聴かなくなったのだ~!^_^)

065 161 015









 

006 140_20201002103701 032_20201002103501









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◎特別編、マイルスの映画音楽での才能が垣間見られる、否聴かれる
手持ちの下記LP、A面が【死刑台のエレベーター】:
『Ascenseur Pour Lechafaud/シネ・ジャズ/マイルス~ブレイキ-』
                    FONTANA FON-5002,  1957/12/4~1958/11/ 録音

このサントラ盤A面「死刑台のエレベーター」のパーソネルとサントラ曲名
などは下右図のとおり。
(因みにB面は同じくフランス映画「殺られる」ア-ト・ブレイキ-&ジャズ
 ・メッセンジャーズ)                 
Miles_2Photo_2



 

 

 




映画『死刑台のエレベーター』の詳細は下記の拙ブログをご覧下さい。
*映画とジャズの話、そのⅤ
*懐かしの映画(8)『死刑台のエレベーター』

マイルスのトランペットが、ミステリアスな夜のパリの雰囲気と、夫を殺した
愛する男を探して夜の街を彷徨う 主人公の女性(ジャンヌ・モロー) の不安
な気持ちを最高に醸し出します、、ゾクゾクで~すッ!^_^)

 

以上、最後になったが改めてこの天才モダン・トランペッター
 マイルス・デウ"ィスを偲んで心からご冥福をお祈り致します!
 

Sir_miles_davis_gravesite

    (NYブロンクス区ウッドローン墓地にあるマイルスの墓=Wikipediaより)
  (もちろん行った事はないけど、、、!^_^) 


◎関連参考資料
*
マイルス・デイヴィス (Wikipedia)
*ビ・バップ , ハードバップ(Wikipedia)
*50年代ジャズ散歩のページ
 (未知のある個人の方のサイト、上記私の愛聴盤の解説もあり!)

*Miles Davis Official Web Site:

◎関連拙ブログ

*
本文記事左側の INDEX欄※“趣味の音楽関連”と、
*
ブログ“音を楽しむ徒然語り” その1以降のシリーズ や、
*
HPの“Modern Jazz LP Collection”も併せご覧下さい。

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2020年9月 9日 (水)

”祝” ソニー・ロリンズ 90歳!

             Top32 
       (私の宝物 ”Saxphone Colossus” TOPRANK 5004)

ジャズ関連のニュースはその専門サイトに時々目を通していたが、、、
先日9月7日はソニー・ロリンズの90歳の誕生日だったらしい、、、!?
全然知らなかった! 90歳で健在とは本当に素晴らしい、嬉しい、、、!

ミュージシャン、特にジャズ・ミュージシャンは何となく短命の人が多い様に
普段から感じていた。もちろん中には長寿の人もいるが、いわゆる有名どこ
ろの人は何故か、早死にする人の方が心に強く残ってしまう、、、!
そんな中、有名中の超有名人であるソニー・ロリンズが90歳で未だに元気
に活躍していたとは、、、?  正直知らなかった!

この人は二度来日公演しているがチャンスが無くて聴きに行けなかった。
だから直接会ったこともないジャズ界の偉人だけど、、、
先ずは『90歳の誕生日 おめでとうございます!』
”I'll celebrate your birthday of 90 years old!"
、、、で良いんかな?

私がいわゆるモダンジャズに目覚めた20歳前の頃に買ったLPが、、、
今や伝説の名盤 1956年 プレスティッジ録音の「Saxophone Colossus」
”サキソフォーンの巨人”、いわゆる俗に云う ”サキコロ” だった。

日本では今やプレミアが付くほどの希少盤LPで、1960年国内初版ペラ
ジャケLPの『ソニーロリンズの芸術プレスティッジ・シリーズ 1 /
Saxophone Colossus』
(TOP RANK5004) として売り出された。

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『Saxophone Colossus/Sonny Rollins Quartet』
Prestige Series, TOP RANK 5004, 1956/06/22 録音
ソニ-・ロリンズ(ts),トミ-・フラナガン(p),ダグ・ワトキンス(b),
マックス・ロ-チ(dms)、、、ソニ-・ロリンズ名盤中の名盤!

あの有名な“モリタ-ト”が何と云ってもダントツ。それとマイナ-
ブル-スの“ブルウ・セブン” は聞けば聴くほど味がある、、、
そして、トミ-・フラナガンのソロが控えめだが印象に残る好演奏。

以下は同盤の日本語ライナーノートで油井正一さんが書いている。
最下段にこのLPの当時のお値段 ¥1,700、も表示されている。
当時私の給料は確か2万円もなかったので、文字どおり大枚叩いて
買ったのだ~!^_^) 
ジャケも日本語ライナーノートも古くなってボロボロ、大変見難かった
ので大幅に修正し拡大した。 
Toprank-5004_20200913080401     

   
◎以下の文は、一部ネットからの受け売りだけど、、、
傑作『サキソフォン・コロッサス』をレコーディングしたのは1956年。
まだ彼が25歳の時だった。ジャズが最も熱く燃えた1950年代の黄金期に
マイルス・デイビスらとともにシーンをリードする。
今世紀を代表するトランペッターであったマイルスが優れたリーダーシップ
を発揮したのに対して、ロリンズはテナー・サックスを通して、ジャズに
おける即興演奏のあらゆる可能性を極めようと、ひとり骨身を削る。

ロリンズ節と呼ばれるその豪快なブロウと機知に富んだプレイ・スタイル
は、まさにワン・アンド・オンリー。その個性溢れるスタイルは1956年録音の
"モダン・ジャズの金字塔"と評される、この『サキソフォン・コロッサス』
から後々、数々のシーンで聴く事が出来る。

ロリンズは豪快に見える反面、自己に厳しすぎる面があって何度か引退を
繰り返し、日本の禅やインドのヨガなどに精神世界を求めた後、奇跡の
復活を遂げる。たしかコルトレーンの活躍が彼を刺激したとか、、、?
当時そんな話を何かで読んだ様な気もするが、、、??

後年、ローリング・ストーンズとの共演、圧倒的なソロ・ライヴなど精力的な
活動を経て、レコーディング、ツアー等で現在も多くのファンを魅了し
続ける。自らを「完璧主義者」と語る彼の旅に終わりはない、、、とか。
そう云えば、特に70年代以降の彼を私は殆ど聴いた事が無かった、反省!

◎以下、私の手持ちのディスクから数枚を紹介、、、

   
Tenor Madness
(1956年) Way Out West (1957年)  

「Tenor Madness」は唯一S・ロリンズがJ・コルトレーンと共演した貴重盤。
「Way Out West」ウエストコーストの御大面々で構成され、シェリー・マン
(ds)、レイ・ブラウン(b) との、初のピアノレス・トリオだ。

160A Night at the Village Vanguard (1957年)
上記
ピアノレス・トリオの『Way Out West』
の8か月後に同じくピアノレス・トリオでライヴ録音。
ロリンズの自由奔放なソロ、エルヴィンの激しい
ドラム、そして堅実なウィルバー・ウェアのベース。
ピアノレスはともすれば味っけないが、ロリンズは
さすがに凄い! ピアノが無いため飾り気はないが、
それが逆に無駄のない芯の通った質実剛健的な
音楽になっている感じ。
Youtube⇒『Sonny Rollins Trio at the Village Vanguard』

   
Contemporary Leaders    The Bridge(1962年)       Alfie (1966年)
       (1958年)

「Contemporary Leaders」は、ロリンズの1958年コンテンポラリーでの
録音。タイトルどおりウエスト・コーストのスター・ミュージシャン、ハンプトン・
ホーズ(p) やバーニー・ケッセル(gt)、シェリー・マン(ds)、等との大共演。
「The Bridge」、1959年に一旦活動を休止し3年ぶりの復帰作。本作品の
タイトルは活動休止中に練習場所となったウィリアムズバーグ橋にちなんで
付けられた。【注】最下段の関連資料を参照。
「Alfie」、イギリス映画『アルフィー』のサントラとして66年にリリースした。
オリバー・ネルソンの秀逸なアレンジにロリンズの力の入った好演奏。
フィル・ウッズ(ts)、ケニー・バレル(gt)、等々が参加。


以上、上で紹介した各ディスクの殆どはYoutubeでも聴けるので、、、
興味ある方は各々検索してください。


◎【追記】
ソニー・ロリンズのトレードマークとも云われるセント・トーマス(St.Thomas)
をお聴きください。
(1) 以下が最初の云わばオリジナル・セント・トーマス

      


(2) その10年後の1965年11月、デンマーク・ライブでの同曲、、、
パーソネルは、Sonny Rollins (Ts)、Niels-Henning Orsted Pederson (b)
Alan Dawson (dms)

      


(3) そして今回のソニー・ロリンズの90歳誕生日を祝う?最新ライブ映像
での同曲セント・トーマスがFacebookで見つかったので下記に転載します。
但し、発行者がフレーム内での表示を許可してないので下記をクリック
してご覧下さい。
https://www.facebook.com/Jazzcorner/videos/310931840203987/

以上、セント・トーマス (St.Thomas) 3曲の聴き比べです、、、!
最後はさすがの”サキソフォーンの巨人” も御年90歳らしいお姿ですが、
なかなか意気軒高、カクシャク としてます。 彼自身が曲名のセント・
トーマス (St.Thomas)
の解説をしています。

"My mother came from St. Thomas. I heard that melody and
all I did was actually adapt it. I made my adaptation of sort of
an island traditional melody. It did become sort of my trademark tune.

(私の母はセント・トーマス島から来ました。私はこのメロディーに過去の
私の全てを適応させ、そしてこの島の伝統的なメロディーに順応
しました。そしてこの曲は私のトレードマークとなりました、、、
、、、以上概訳ですが! 正しいかな~?)

◎余談ですが、、、
この話は今回初めて知った、、、!
今まで曲名の”St.Thomas” とは、何処かの地名だろう? ぐらいにしか
思ってなかったが、”島”と知って改めて調べたら、何とッ! カリブ海の
プエルトリコの近く、バージン諸島のアメリカ領に属する 島の一つ だった。
(上記、『Saxophone Colossus』(TOP RANK 5004) のライナーノートに
書かれていた事をすっかり忘れていた!^_^)

そうか! だからロリンズの ”St.Thomas” はカリプソ的リズムなんだ!
そして昔から感じていたが、ロリンズはコルトレーンの様に音で空間を埋め
尽くす様な演奏スタイルではなくて、独特な間の取り方のアドリブで、これは
他のアフリカ系黒人のサックスプレーヤーとは明らかに違っている。
つまり母親がセント・トーマス島出身、と云うのが影響しているのかな? と
勝手に思ってしまった!^_^)


◎関連資料
*ソニー・ロリンズ (Wikipedia)
*「The Bridge」、に因んだ話

◎その他の関連拙ブログ
*本文記事左側の INDEX欄 “趣味の音楽関連”と、
*ブログ “音を楽しむ徒然語り” その1 以降のシリーズ や、

*HPの “Modern Jazz LP Collection” も併せご覧下さい。

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2020年8月31日 (月)

映画『 真夏の夜のジャズ(4K) 』

相変わらずのコロナ禍で自粛生活を続けているが、、、?
先日、久しぶりに映画を観に行った。それも名古屋まで、、、!
自宅から名古屋までは電車で約30分、もちろんマスクをして、
電車内やその他、出来るだけ何も触らない様に、街中では他人にも
出来るだけ近寄らず、その他モロモロ気を付けて、、、!汗)

その映画『真夏の夜のジャズ』(監督:バート・スターン) は、、、?
実はこの映画、自分にとって実に58年振り、、、! と云うのは?
1958年に開催された第5回ニューポート・ジャズ・フェスティバルを記録
した
アメリカのドキュメンタリー映画で1960年に初公開された。

それから2年後の1962年、自分が20歳の頃だった、、、
我が故里 長崎駅の隣、当時そこのビルの地下に有った何とか?と云う
名前は忘れたが、小さな映画館で上映されていた二本立ての洋画、、、?
それが『黒いオルフェ』 『真夏の夜のジャズ』の二本立てだった。
(注:当時は邦画でも洋画でも映画館では二本立ての入れ替えナシが
       普通だった。それが今では上映一本限りで入れ替え、セコイ!^_^)

そして今回の『真夏の夜のジャズ(4K)』は最初の公開から60周年を記念
して米国国立フィルム保存委員会が原本フィルムの修復をサポートして、
映像・音源ともにデジタルリマスターを施して制作された新4K版の映画!

Jazz-cinema

いざ映画が始まった瞬間、その美しいカラー画面にビックリ仰天!
自分が見た58年前のあのオリジナルは 確か寂れたセピア色の様だった?
それがこんなにクリアな映像に生まれ変わるとは正に映像と音響技術の
大進歩だった!

この映画の見どころは何と言ってもジャズ界のレジェンド達による夢の
競演。今、先日の映画を思い出しながら記憶を辿ると、、、
冒頭のジミー・ジェフリー・スリーに始まってセロニアス・モンクの
(♪ブルー・モンク)、ソニー・スティットの(♪ブルース)、、、
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続いて魅惑のハスキーヴォイス、アニタ・オデイ(♪スウィート・ジョージア
・ブラウン
Tea for Two(最下段にYoutube) の2曲のヴォーカルから、
お次はジョージ・シアリング・クインテット、引き続き ダイナ・ワシントンの
迫力ある(♪オール・オブ・ミー)に圧倒される。
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この間、画面ではミュージシャンの顔アップや聴衆達のリラックスした様子、
また、このジャズフェスと同時開催?されていた競艇ヨットのアメリカンズ・
カップの様子なども織り交ぜて映し出されていく、、、!
Newportb1
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続いて 若い頃の エリック・ドルフィーやアート・ファーマー、そして、、
ジェリー・マリガン・カルテット、ビッグ・メイベル・スミスのヴォーカル、
Photo_20200830114701 20200830-5 20200830-12






ここでいきなりロックン・ロールのチャック・ベリー、そしてチコ・ハミルトン・
クインテット(♪ブルー・サンズ)と続き、、、
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いよいよジャズ界の巨星ルイ・アームストロング登場! 60年前のオリジ
ナルには無かった“サッチモ”の熱演画像の”初出し” は?  ステージ上の
MCで、ローマ法王と謁見したマル秘エピソードを披露するなど、、、
サッチモの楽しくて、誰にも愛されるキャラの一面を見せたシーンも!
Newportb3 

そしてルイ・アームストロング・オールスターズが(♪タイガー・ラグ) や、
その他、サッチモの汗ダク熱演のトランペット演奏と、あの独時のダミ声に
よる数々のヒット曲、特にジャック・ティーガーデン(tb) との楽しくも
微笑ましかったデュオで (♪ロッキン・チェア)、、、
、、、そしてラストはお馴染み(♪聖者の行進)で締め括った。
Photo_20200830120001 20200830









映画でのジャズフェスはいよいよ最後の夜を迎えて、あの有名な
ゴスペル歌手マヘリア・ジャクソンを迎えて3曲、その最後は(♪主の祈り)
真に最後の夜に相応しいで荘厳な夜が終わって、、、やがて夜が明ける。
20200830-4     Img01








文字どおりジャズ界のレジェンド・オールスター出演の豪華版だった。
そして、ここに名前が出てきたミュージシャンの大半は既に故人に
なってしまって!、、、改めて追悼の意を表します! 涙)


◎最後に、、、

この映画は全てのジャズ・プレーヤーの演奏を完全に収録している訳
ではない、、、
そんな純粋な音楽映画ではなくて、演奏シーンは
断片的にしか捉えてない場面が多い、、、さらに、、、?
100名以上の出演者に対して映画に登場するのはわずか40名ほど?
それもジャズ・プレーヤーを特に前面に出している訳でもない。

その所為か? マイルスやエリントンも、そしてS・ロリンズなど、、、
超有名なプレーヤーも何故か見れない? そもそもこのジャズフェスに
出演していなかったのか?それとも監督B・スターンの気の向くままか?
(注:下段の関連資料(2)参照。) その意味では純粋にジャズを聴くだけが
目的だったら、ちょっと物足らない映画かも、、、?

しかし、本作は1958年7月3日から7月6日まで開催された
「ニューポート・ジャズ・フェスティバル」を中心に撮影が行われ、
それを1日の夏の夜の出来事としてわずか83分の作品にまとめられた。
翌1959年ヴェネチア国際映画祭で招待上映されるや、その大胆な
撮影手法や映像の美しさが関係者に衝撃を与えた、と云われている。

上記写真の様に、このフェスティバルを気楽に楽しんでリラックスして
いる観客をフォーカスしたシーンがやたら多い。これを見ると、、、
日本のジャズ・フェスの様に、「さあ、ジャズを聴こう!」と改まって、
構えて聴くような、そんな聴き方でがなく、ごく自然に広っぱに流れて
いるジャズを気楽に聴いて楽しんでいる、如何にもアメリカ人のバカンス
風景の様な、古き良き時代のアメリカのジャズ・フェスティバル、、、!
以下の予告編にその辺りの雰囲気が良く出ています、、、!



また、下記Youtubeでアニタ・オデイのスキャットと観客の様子をご覧あれ!
Anita O'day-Tea for Two /jazz on a summer's day newport festival 1958     

以上。


◎関連資料
(1)
『真夏の夜のジャズ(4K)』公式サイト
(2) 映画『真夏の夜のジャズ』に見るアメリカ上流社会のトラッド
      【ジャズマンのファッション/第13回】

◎関連ブログ
*
『黒いオルフェ』、『真夏の夜のジャズ』

◎その他の関連拙ブログ
*
本文記事左側の INDEX欄“趣味の音楽関連”と、
*
ブログ “音を楽しむ徒然語り” その1以降のシリーズ や、
*
HPの“Modern Jazz LP Collection”も併せご覧下さい。

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2020年8月24日 (月)

ルート66

毎日のように猛暑、烈暑、酷暑、炎暑、狂暑、etc、etc、、が続いている!
暑さで何もする気が起らず、ただただボ~ッ! と過ごしている今日この頃。

コロナ禍、最近はマンネリ化してコロナ関連報道にも少々ウンザリ、!
まだまだ長期戦は終わりそうにない。だからせいぜい自分は罹らない様に
注意して、否もう本能的に注意して生活するのが普通に慣れてしまった。

近所に出る時でも絶えずマスクを使用し、頻繁な手洗励行などなど、、、! 
この分だと第三波も10,11月頃に来そうだな~、、、?
、、、今年2020年は史上最悪の年だ~? あぁ~!涙)

そんなコロナ禍で相変わらず自粛生活中、パソコンの前に座ってブログ
ネタを探すべく、Youtubeのネット・サーフィンで好きなジャズの聴き漁り、、

今朝、最初にヒットしたのはポピュラーな「ルート66」、、、
正式の曲名は「Get your kicks on Route66」、と云うらしいが、、、?
それもあの懐かしの ナット・キング・コール だった。

        

◎そもそも「ルート66」とは、、、
アメリカ大陸を東西に横断する旧国道66号線(U.S. Route 66) の事で、
合衆国中東部のイリノイ州シカゴと、西部のカリフォルニア州サンタモニカ
を結んでいた全長3,755kmの旧国道、、、
因みに、日本列島の全長約3000kmよりも長い距離だ。

1926年に指定されたが、州間高速道路の発達によりその役目を終え、
1985年に廃線となった、、、とか。
  Map-route66
ルートの大半は砂漠地帯でグランドキャニオンなどの自然遺産も残されて
いる。国道の名称がそのまま曲名となったポピュラー・ソングでもあるし、
またジャズのスタンダード曲としても名高い。
歌詞はこの道を走っての旅へ誘う内容で、途中には沿線各地の地名が
登場する、云わば 観光ガイド的な歌詞 だ。

シンプルなリフを繰り返す親しみやすい曲調と、軽快かつコミカルな歌詞
とが相まって広く好まれ、上記ナット・キング・コール の歌によるヒット
とは別に、これまで長期に渡っていろんな歌手に歌い継がれている。

また、U.s.Route 66 は大陸を横断するこの道がアメリカ西部の発展を
促進した重要な旧国道であり、映画や小説、音楽などの中に多く登場し、
今なおアメリカン・ポップ・カルチャーの題材にされている、、、とか。
また、ドライブスルーで買えるマクドナルド一号店もこの国道から
始まったらしい。

実際の U.S.Route 66 の中で有名な場所の動画や写真もご覧あれ!
ラスベガス コンシェルジュ
JHCの宣伝写真ですが!



◎ここで、この曲以外で思い出すのは、、、
ジョン・スタインベック著作の『怒りの葡萄』 (1939年)だった。
1940年に映画化されたが、映画の中で「ルート66の曲」が使われている
訳ではない。映画のストーリーで、主人公の家族がこの長いU.S.Route 66
を通る事、つまりU.S.Route 66 が当時の貧しかった中東部から豊かな
西部カリフォルニアに仕事を求めて行く人達の重要な道だった事から、、、
それがテーマとなっている。
スタインベックはルート66をマザーロード(母なる道)、と名づけた。

75c7de4es世界大恐慌の嵐が吹き荒れる中、家を追われた
農民一家の悲惨な運命を題材にした小説と
その映画化は、通常のアメリカの明るい部分
しか知らない日本人にとって、アメリカもこんな
暗い辛い時期もあったのだ! と別の顔のアメリカ
が見事に表現されている。

Photo_20200823165801内容は第二次大戦前、つまり1930年代のアメリカ
の貧しい農民一家の苦労話で、当時のアメリカ資本
主義の問題、矛盾を突っ込んだ社会派映画。
アメリカもあんな時代が有ったのだ!、と思うと
いろいろ考えさせられる。

上の写真は若かりし頃の ヘンリ-・フォンダ と母親役ジェーン・ダーウェル
この女優さんはこの映画での見事の演技でアカデミー助演女優賞を受賞。

この映画『怒りの葡萄』の監督は『駅馬車』『捜索者』『荒野の決闘』
などの名作西部劇を創った ジョン・フォ-ド監督、、、! 
この監督はインディアンや悪者達とのドンパチ劇でも単純でなく、西部の
詩情豊かに物語を創り上げる才能のみならず、こんなシリアスな映画も
創る、その感性の豊かさにも驚いた! 


◎最後に、、、
手持ちのディスクから、ナット・キング・コールの娘ナタリー・コール
『Unforgettable』より、Route 66 をお聴きあれ!

 


そして思い出すのは、、、
自分が勤務していた1991年頃の バーハ・カリフォルニア 時代、、、
あそこにもう少し長く勤務してたら実際にこのルート66 を一部でも
通って見たかった。そして モニュメント・バレーにも行って見たかった。
(原爆は落とされても、ジャズと古いハリウッド映画が大好きな爺ィ-!^_^)


◎関連資料
*ナット・キング・コール
(Wikipedia)
*ルート66 (曲)(Wikipedia)

◎関連ブログ記事
*懐かしの映画(28)『怒りの葡萄』
*追悼! ナタリー・コール

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2020年8月16日 (日)

あの日から75年! 戦争を考える

昨日8月15日は戦後75年目の終戦記念日。
政府の『全国戦没者追悼式』が日本武道館で行われた、、、
ちょうど正午の時報、天皇皇后両陛下と共に、
我々夫婦もテレビの前で、300万余の英霊に1分間の黙とう!

281575

【LIVE】戦後75年「終戦の日」 全国戦没者追悼式 をご覧下さい。


◎ところで、、、
この8月は毎年、テレビをはじめマスゴミがこぞって戦争物のフィクション、
ノンフィクション等を製作放送し、悲惨な戦闘シーンや、家族の悲劇を大きく
取り上げる。

以前も書いた原爆の話と同じで、普段のメディアは戦争の話など全く
取り上げないけど、年に一度でも取り上げる事は良し! としよう。
しかし、、、?
毎年の様に年老いた戦争体験者をカメラの前に引っ張り出して、、、
その壮絶な体験談を語らせ、とにかく反戦気分を煽る事に余念がない。
毎年毎年これの繰り返しに正直、少々食傷気味!

しかし、まぁ~そこまでは良いだろう! 戦争はたしかに悲惨だから!
だが、肝心かなめの、、、

それでは何故日本は戦争を
するに至ったのか?という
話はほとんどしない!

 
アナウンサー、キャスター、コメンテーター など、テレビ関係者に限らず、
ほとんど全てのマスメディアで、なかなかこの問題の本質に切り込む事を
まるで避けているかの如く、、、?

特にテレビを観ていて私が腹が立つのは、、、?
20~50歳前ぐらいの戦争の実態や戦後の混乱期すら知らない若い司会者
が、普段はチャラチャラしたバカ番組専門の司会しか出来ないのに、
この時ばかりは如何にも したり顔で、悲惨な戦争シーンだけを取り上げ、
悲劇を強調してお涙頂戴へ、と茶の間の視聴者をリードする、、、!

それにプラスして左巻きコメンテーターが、如何にも尤もらしく講釈を
加える事も忘れていない、、、これにはホント毎回腹が立つ!
たまに、この問題の本質に迫る番組が有ったとしても、その殆どは
日本と米国との太平洋戦争の話のみで、支那事変に至るまでの当時の
世界情勢と日本の置かれた立場の説明など一切なし!

喋っている若い司会者自身、日本が戦争に至った理由を知る気など、
サラサラ無いように感じられる。それとも忘れているのか、、、?
否、テレビ局の番組制作者、プロデュサー自身が歴史を何も知らずに
勉強もしてない。だから結局、とにかく何でもかんでも、、、
日本だけが全て悪うございました! と云う戦後の日狂組的偏向教育
を受けた世代なので自虐史観がそのベースになっているからだろう!?

そして番組の終わりには必ず、だから戦争はいけない、反戦、反戦と、
わめき散らし、、、ただただ現政府の批判のみ!
普段は過去の戦争の事など忘れて、“我が世の春” とばかり日夜の飽食と
享楽、レジャーを満喫しているノーテンキ・ジャパニーズ のクセに、、、!

だいたい、自虐史観に侵されてる左巻きの人達は、現憲法を頑なに守って
平和、平和と叫んでさへいれば戦争に巻き込まれない、と思っているから
どうしようもない。救いようがない!

戦争を知ってる年代はもちろん、知らない世代の人も、近代史として
日本は何故戦争をしたのか?
、を考えるべきなのだ! 知ろうと思えば今や情報はいくらでも取れる。


こうして偉そうに書いているが、私は戦争の実体験はなし、、、!
昭和17年(1942年) 3月25日生まれなので、前年の昭和16年12月8日から
始まった米国との太平洋戦争の真っ最中だった、、、!
それから3年後の昭和20年(1945年)、私は御年3歳、、、だから戦中派!
因みに、私の誕生日当日に発行された「讀賣新聞」コピーをご覧あれ!
一面全面同上段拡大版同下段拡大版、読み易い様に3分割してます。
当時の世相が垣間見れる、、、超貴重資料です!^_^)

従って1931年(昭和6年)の満州事変~1937年(昭和12年)のシナ事変から
太平洋戦争に至るまでのモロモロの歴史と経過などは、後年大人になって
から諸々本を読んだり、現在ではネット情報などで日本が今次大戦に
至った経緯など、日本の近代史を知ることが出来た。

過去の反省をしてこそ未来が開ける、、等と、あの隣国の代弁者の様な
尤もらしい事を云うヤカラ、自称リベラル派の左巻き連中、、、!
私に言わせれば、良かれ悪しかれ、、、
『過去の戦争を語る時、、、
 現在の価値観で語ること自体が大きな
 間違いなのだ!』

全て結果論で、あぁでもない、こうでもない、等と云うのはもってのほか!
以上。

過去、自分のHP内(今日の独り言、他のコンテンツ)や、このブログでも
散々自分の考えを書いてきた。あまりにも多く書いてきたので、、、
ここでいちいちリンクを貼って紹介するのも面倒だが最下段に少し紹介。  
今回のこの記事も過去のそれと重複している点が多いだろう!

◎最後に、、、
誤解なきよう書くけど、私は決して戦争肯定論者ではない!
しかし人間同士の争いは古今東西大昔から避けられなかった事実であり、
また世界中の史実でもある、、、。

だから、これは未来永劫続く人間の悲しい性だろう! 残念ながら! 
しかし、戦争は人間同士の殺し合い! 絶対に避けなければいけない。
だからこそ、その為の努力の一つの方法としては、、
抑止力、つまり、、、

『備えあれば憂いなし!』
、、、って事になるのでは、、、?



【注】ここ最後まで読んで頂いた方へ、、、!
 私が大好きな「海ゆかば」を聴きながら下記リンク先もお読み下さい。
 上記「何故日本は戦争へ至ったか?」その理由 経緯など私なりに考え、
 その私の思いをブログ記事の随所に書いています。


◎関連資料と過去の拙ブログ記事。
 満州事変
(Wikipedia)
 
支那事変 (Wikipedia)
 太平洋戦争
(Wikipedia)
 真珠湾攻撃
(Wikipedia)
  75年前、あの夏の日を憶えているか?
  長崎 74年目の原爆投下の日
 戦後70年と天皇の言葉 
 建国記念の日
 新聞の選び方
 お盆、あれから69年!
 “三ヶ根山” もっと世に知らしめたい!
 NHKはおかしい?
 誰が 『永遠の0』 を問題にしているのか?
 日本人よ、誇りを持とう!
 昔の日本人は?(最終回)
 ♪海ゆかば♪
 失望した?
 新高山に登ったけど、、、 (続) (続々)
 あの終戦から68年

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2020年8月12日 (水)

あの夏の日の事故、祈りを捧げ冥福を祈る!

前回の 長崎原爆の話 に続いて今日8月12日は、1985年(昭和60)8月12日
午後7時前、日本航空 羽田発大阪行き 123便 ボーイング747 が群馬県
「御巣鷹山(おすたかやま)」付近に墜落して35年目となる。


Photo_20200811183101


123同機はトラブル発生後、30分以上も迷走飛行! 
この30分間の乗客乗務員の恐怖心は想像する
だけでも、、、絶句!
そして最後は群馬県の山中に墜落、、、!
搭乗員524名中520名が死亡。

↑地図には表示されてないが、後日 相模湾で垂直尾翼の一部が発見、
回収されている。

著名な犠牲者としては歌手の坂本九など。生存者は女性4名のみ。
現在に至るまで単独機としては世界航空史上最悪の事故だった。

2_20200811170301←当時話題になった写真。生存者の一人、
12歳の少女を自衛隊のレスキュー隊員が救出している
シーン!、、、その他3人が奇跡的に助かった。
それは、座席後部の女性だけ4人だった!
1985年当時、私はブラジル サンパウロでこの事故を
知った。忘れもしない事故から二日後の正午前、
ちょうど会社近くのレストランへ昼食に行く途中の
車の中、現地のラジオ放送で知ったのだった。

Image171公表されている事故原因は、、、?
後部圧力隔壁の損壊と、それに続く尾部胴体・
垂直尾翼・操縦系統の破壊により操縦機能の喪失
をきたしたため。
←(垂直尾翼がほぼ喪失しているのが分かる。)

隔壁の損壊は1978年に行われた隔壁の不適切な修理に起因したもの
(航空事故調査委員会による推定原因)、となってたが当時は異論異説も
多く、事故後の捜索、救難活動の遅れ、なども含めて多くの謎も噂されて
いた。しかし今となってはその大半が怪しいデマ情報だったのだろう!?

この悲惨な事故に直接関係はないが、後年2000年頃だったか? 
香港在住時代に読んだ長編小説、山崎豊子の『沈まぬ太陽』
これなんかフィクションとは云え、当時の日航社内の内実、
複雑な労使関係などが赤裸々に描かれていて、非常に面白く、
またビックリ仰天する日航と云う会社の実態だった。
物語の中で当然、前記123便事故の事も盛り込まれていた。

'85年の本事故以降も日航は時々小さな事故が続いていたり、また
私自身が香港から日本への正月の一時帰国の時、ダブルブッキングで
一夜ホテル泊を強いられたりして、当時私は日航に対してあまり良い
印象を持っていなかった、、、
だから日航“Japan Air Line”の事を、“Japan Accident Line”、、、
と皮肉っていた、、、!怒)。

飛行機事故の確率は全ての交通機関の事故の中では一番事故率が低く、
車などと比べたら遥かに安全と云われているが、しかし一旦事故に
なると先ず間違いなく死に至る!
他の陸上や海上の乗り物では、助かる命も飛行機の場合はそうは
滅多にいかない。 本事故で4人が助かったのは真に奇跡!

そして世界の飛行機事故は何故か続く時は連続して起こる? 
あの日航123便の事故の教訓も活かされず、、、?
あの後も何回も事故が起こっている。
空の安全はいったいどうなってんだろう、、、? 


◎最後に、、、
あの80年代、前記したように私はブラジル国内外で仕事上飛行機は頻繁に
利用していた時期、、、
だからこのニュースに接した時、特に印象強く心に焼き付いた事故だった。
その後、飛行機に乗る度に恐い恐い、と思いながら乗っていたのを
思い出す、特に離着陸時が一番怖いので、無事に目的地に着陸した
時など、自分の座席でコッソリ拍手をしていたものだ、、、!^_^)

ただ、もう昔と違って今の私は飛行機を利用する事は殆ど無いが、、、
ちょうど今はお盆の季節、、、
35年前の日航123便事故の犠牲者となられた520名の方々の
冥福を改めて心からお祈り致します!



◎関連資料
*日本航空123便墜落事故
(Wikipedia)
*航空事故の一覧 (Wikipedia)

「御巣鷹山」48時間の地獄絵図」
  【特別手記】自衛隊員への感謝を込めて、、、!

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2020年8月 9日 (日)

75年前、あの夏の日を憶えているか?

毎年、今頃の季節になるとテレビでは思い出したように? 或いは取って
付けた様に過去の戦争の惨禍をあの手この手で放映する、、、
何処からか80歳以上のお年寄りを引っ張ってきて、戦争の悲惨さを
延々とこれでもか? これでもか?、、とばかり涙ながらに語らせる。

その極めつけは、広島と長崎の原爆投下時の被爆者の悲惨な体験談だ!
そんなお年寄り達は自分達のリアルな体験なので当然の事ながら、、、
戦争は絶対二度と繰り返してはならない! と語らせて放送を締め括る。

しかし、テレビをはじめ各報道機関は何故日本は戦争をしたのか?
そして何故日本が原爆を落とされたのか?、、、当時の世界情勢は?
それら日本と世界の近代史をメディアは滅多に報道しない、、、?
たまに報道する時は、全て日本が悪かった! 自虐史観 の繰り返し!

今次大戦で広島と長崎に投下された原爆投下時の体験談と云えば、、、?
我が故郷長崎に原爆が投下された時、私は3歳だった、、、
だから私自身は当然記憶にないはず? と思うが、しかし、、、

75年前、あの夏の日! その日も暑い昼ごろだった様な気がする、、、?
私は家の中に居た。突然 部屋の障子越しに 『 ピカッ!』 と強烈な閃光!
と、直後に 『ドドーンッ!』、と大きな地響きの様な鈍い音! その振動で
襖や障子が揺れてビックリ仰天、、、!
、と私自身あの閃光を見て爆発音も実際に聴いた様な気がしているが、?

01409bbc67ecb3712daf0966a96c43dfd952

←爆発の瞬間と、
数週間後の爆心地に近い
浦上天主堂、、、
周囲は焼け野原。



昼ごはんの準備をしていた婆ちゃんが、、、
『昼間っから今ん稲光はなんね~? カミナリ?』、『 こがん良か天気に、
昼間からカミナリとは違うわね~? 何んやろか~?』、、、
そんな事をブツブツ呟きながら婆ちゃんは私を連れて裏山に登って行った。
、と祖母が云ってた様な? そして確かに家の裏手は小高い丘だった。
長崎港の入り口付近の山手
そこは小菅町、生後5,6歳頃まで住んでいた。

Catholic_cathedral_in_nagasaki_20200809081001Photo_20200809081101

←被爆直後の浦上天主堂、
右側は同じ場所に再建
された現在の味も素っ気
も、情緒もないその姿。

(設計者がカトリック信者
ではなかったから、とか?)




小高い裏山、そこは長崎港を見渡せる場所だった、、、そしたら、、、

長崎港の奥、市の北側の遥かもっと先、、、浦上方面に、、、
奇妙な形の真っ黒な入道雲? みたいなものが上っているのが見えた!
、とこれも本当に自分がキノコ雲を見た様な気がした、、、?
、、、それとも錯覚だったのか?

即ち、私が3歳の頃からたしか17,8歳の頃まで、今は亡き祖母から
上記した様な話を何回も何回も、本当に何回も聴かされていたので、、
いつの間にか自分自身の記憶として脳に刻まれていて、結果的に
錯覚して
いただけなのか、、、?
それとも、真に自分自身の記憶だったのかも? 正直良く解らない?
当時、父は戦地、母は昼間は勤めに出ていたので、私は毎日祖母と
二人で昼間の時間を家で過ごしていたのは間違いない。
(因みに今調べてみたら、1945年8月9日は木曜日だった。) 

そしてこの日この瞬間、長崎市民7万人強が一瞬にして爆死した!
【注】(当時の長崎市の人口は約24万人。瞬間的直接爆死7万人強、、、
時間を経てからの二次被爆死、三次被爆死、その後、長崎市内外と
それ以外の土地から長崎に来た人達などの被爆、全て合わせて約15万人
以上の人々が亡くなった。建物は市内の約36%が全焼または全半壊。)

【注】(爆死とは 原爆の熱線や爆風で直接的に身体に損傷を受けた者、
被爆死とはいわゆる放射能被爆が原因で死亡した者。また直接間接被爆
以外、例えば母親の胎内での被爆などによる放射能二次、三次被爆、
つまり白血病、癌などでの死者は今なお毎年続いている。)


◎話を戻して、、、
先8月6日広島、そして今9日長崎の「75回原爆の日」式典の模様を
実況放送していたがホンノ1時間程、それは今年がコロナ禍だから、?
イヤ違う、! 毎年恒例の形式的な報道だ! 
そして平和式典の模様を実況放送するテレビ局は毎年NHKのみ!
全民放は例年と同じく実況放送は一切なし!

【注】後刻、この式典模様の動画をアップする予定です!

、と書いてスマホ録画した筈の画像を開いて見たら自分の操作ミスで
見事に失敗!^_^)、、、だから下記サイトからご覧下さい。
https://www.youtube.com/watch?v=M9dzZK-ApbE
他にも多ネットアップされています。



◎たとえ形式的な報道であっても、、、遠くここ愛知県安城市から、
テレビの前で例年どおり、これこそリモート黙祷、、、!

        午前11時2分、黙祷!
Peace_statue_of_nagasaki_20150926

「顔は戦争犠牲者の冥福を祈る 是人種を超越した人間。時に仏 時に神」

神の愛と仏の慈悲を象徴し、垂直に高く掲げた右手は原爆の脅威を、
水平に伸ばした左手は平和を、横にした足は原爆投下直後の長崎市の
静けさを、立てた足は救った命 を表し、軽く閉じた目は原爆犠牲者の
冥福を祈っている。


◎関係資料
長崎市への原子爆弾投下 (Wikipedia)
カトリック浦上教会 (Wikipedia)
長崎平和公園 (Wikipedia)
長崎 原爆の画像(閲覧要注意!)

◎過去の関連ブログ
長崎 74年目の原爆投下の日(2019年8月9日)平和式典報道は毎年NHKのみ! 
長崎は73回目の原爆の日だけど!(2018年8月9日) 長崎と広島の違いは?
8月9日、11時2分 (2016年8月9日) プロテスタントの米国の思惑は?
オバマ・スピーチを聞いて!(2016年5月29日)米国に謝罪を求めない日本!
長崎、あの日から70年! (2015年8月9日)原爆投下の事実を知らない日本人!
長崎“原爆の日” (2014年8月9日)原爆投下の瞬間は?
広島“原爆の日” (2014年8月6日)天皇は何故平和式典に参加しない?
長崎 原爆投下から68年 (2013年8月9日)アメリカの不都合な事実とは?
因果応報,Ⅱ (2012年8月22日) ひょっとして原爆投下はなかったかも?
8月9日、午前11時2分 (2012年8月9日)ウラン原爆とプルトニウム原爆の違い?
8月9日、、午前11時2分 (2011年8月8日) 原爆と原発?

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2020年8月 5日 (水)

暑中お見舞いの滝三題!

コロナ第二波! テレビでの連日のコロナの話にもうウンザリ!
東京以外の都市でも感染者が爆発的に増加中、、どうなる事やら?
結局、政府は当てにならない。せめて自分だけは感染しない様に
自分の身は自分で守るしかないだろう、、、!

一方、アメリカでは11月の大統領選挙をめぐって現行トランプと
民主党バイデン候補の、互いの対中姿勢でどちらが強硬か?興味津々!
そんな中、最近の ポンペオ国務長官の演説 は真に正論だと思う。

日本もこの機会に今までの様な米中どちらにも笑顔を振りまく様な
態度は止めて、真に独自の安保体制を考える良い機会にすべき。
その為には、平和ボケノーテンキ国会議員左巻き報道関係者
同じく左派的学者知識人文化人等々、これらサヨクの一掃には
ちょうど良い機会かも、、、?
彼らは民主主義を自分に都合の良い様に解釈して悪用している!


相変わらずブログを書く意欲なし、、、!
書きたくなるネタも思いつかない、、、?
結局、以下は旧ブログ記事から夏のリメイク版になるけど、、、!

『暑中お見舞いの滝三題!』

毎朝、窓際でのセミの鳴き声 に癒されながらも、、、
猛暑、烈暑、激暑、極暑、酷暑、炎暑、狂暑、役所、事務所、警察署、etc、
もう、これ以上の言葉を思い出さないくらい日本列島は連日のチョー暑さ!

そこでフト思いついたのが、、、
この暑さを写真でなり少しでも凌ごう、、、! と、以下、滝三題

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先ずは上と左の写真、“光頭老”こと不肖私が、
今を去ること14年前に当時 在住していた
香港でのハイキングの時に撮った、、、
香港版 “華厳の滝” [梧桐寨群瀑]
 (Ng Tung Chai Water Fall)] です。

日頃の生臭坊主の修行の様子! 、、、
、、、でも涼しそうでしょう!^_^)









そして二つ目の滝は、、、

Img_0039この地方の滝で、11年前に行った隣県、
岐阜県の「養老の滝」 です。
昔々、同じ名前の居酒屋チェーン店には
行った記憶が有ったけど、、!^_^)

本物の滝に行って、その名前の由来を
知ったのはこの時が初めてだった。
そこは滝本体に行き着くまでの広大な
自然公園が素晴らしかった!
2009年に書いた拙ブログ「養老の滝」
ご覧あれ!


そして三つ目の滝は、、、

Img_0037現在の所在地、愛知県安城市からそれ
ほど遠くない、新城市にも良い滝が有った。
それは 「阿寺の七滝」  
もうかれこれ9年ほど前に、友人に連れて
行ってもらった場所だけど、、、!

ここもなかなかのナイス・スポット!
何でもここの滝および周辺は国の名勝
および天然記念物に指定されていて、、、
1本の滝だが数えてみたら確かに大小
七段の段差が有った。


以上、9年前の写真ながら、ブログ『阿寺の七滝、他』と、、
同じく、写真集≪阿寺の七滝、他≫ も覗いて!



因みに「養老の滝」 「阿寺の七滝」 日本の滝100選 の一つ!

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2020年7月28日 (火)

物憂い日々の徒然

連日の雨で 鬱陶しいここ数日、今年は梅雨明けが遅いらしい、、、?
最近はブログを書く意欲がすっかり無くなってしまった!汗)
途中まで書いては保留、あるいは破棄、の繰り返し、、、何でや~?
とにかく何か書き始めても、内容が何となく自分でつまらなくて、、!

以前は、爺(時事)放談で世相の事を批判的にモロモロ書いたり、、、
最近だとコロナ禍の事についてもいろいろ思う事は有るけど、、、?
例えば政府に対して、或いは報道に対して、そしてノーテンキな大衆に
対しても、、、しかしまぁ~何となく面倒になって、、、
もうどうでも良いや、成るように成れッ!、、、と半ば投げやり!汗)

また、コロナには関係なくここ数年は差しさわりの無い音楽の事や、
古い映画に関し自分勝手の想いとか、とにかく雑多なコンテンツを
思い付くまま、気の向くままに書いていたのに今はとにかく何も書く気が
起こらない。何でだろう、、?
この倦怠感は? 年齢の所為? まさかコロナに感染したとか、、?^_^)

昔書いた自分のホームページやブログを読み返して、あぁこれは今でも
同じ考え、同じ思いだな~! と気が付くと早速その記事をリニューアル
焼直し版として再度書いて見たり、、、しかし今はそんな気力さえ無い!

◎今現在、頭に浮かぶこと、と云えば、、、?
最近、ネットの繋がりも遅く、また全体的に何となく重くなった様な?気も
していた現在のメインPC。これは約1年半前に我が人生で終のパソコン
なるだろう?と思いながら購入したDesk Top のWindows.10 、、、!
その 動作が遅くなった様? に感じる原因として、考えられる手はほぼ全て
打ったが、それほど結果は変わらなかった。そこで、、、

最後にネットの入り口、つまりルーターや、Wi-Fi無線LAN周りをチェック!
以前からあったNTTルーターの不安定な症状?などが少々気になって
いたので、これを最新のものに交換したく、、、

Dsc_0102_20200605105349_20200726112001そこで契約先のNTTにその旨をTEL相談したら
早々に技術系スタッフが来宅してくれた。
諸々相談する内に、先ずNTT供与の ONU
(Home gateway Router,光回線終端装置)
←写真左側を新しいものに交換。

←その右横の同じく小型の黒キャビネットが
Wi-Fi 無線LAN、これも10年以上も前から使って
いたので、今回これも同時に新しい機器に交換
した。但しメインPCはこのWi-Fi を経由せずに
光ケーブルをダイレクトPC接続しているので
今回の問題には直接関係はない。ただ別室で
使用する他の端末、夫婦のスマホやタブレット
等々用だ。

Imagea_20200726110101さらに光ケーブルと、このONUの接続は
これまで直ぐそばに設置した中継ターミナル
←(写真右奥の矢印の白いケース)だった。
これは光ケーブルの単なる中継ターミナルだが、
今回これを止めてダイレクトにONUに接続、
その結果、約-1DB利得がアップして正直驚いた!

Image_20200727085201その他、光ケーブルの室外から室内への引き込み
部分から、上図ルータまでの経路 の再チェックや、
PCそのものの各種再設定、特に電源廻りの設定、
また、リソースの負担を軽くすべく、タスクマネー
ジャーからアプリを特定して一部変更等々で、
少しは動作が早くなった様な感じになった。

 Dsc_0126≪参考データ≫
上記のPC動作チェックの直接結果データでは
ないが、参考までにタスクマネージャー
状態図。(Windows.7)
ある瞬間のCPU使用率状態と物理メモリーの状態
パフォーマンスを表している。



◎話を戻して、、、
旧 Wi-Fi ルータは既に10年以上昔に購入したもので、セキュリティー的にも
新しい物がよりベターだろう、さらに別部屋のPCや他のWi-Fi端末までの
電波感度が若干低かった事もルータを交換した理由だった、、、

しかし、その結果は感度が以前より若干アップした程度でガッカリ、!汗)
カタログに表記してある感度スペック道理にはいかないみたい、、?
まぁ気持ちだけほんの少し感度アップしたので一応これで良し! とした。
多分、中継専用のLAN機器を追加しても結果は疑わしいので、今回敢えて
新規設置する事は保留とした。実用上さほど問題ないし!
ここまでで今回のWindows.10 動作問題は一応落着!


◎最後にやっぱり書かずにおれない爺(時事)放談を少々、、、!^_^)
第二波と思われるコロナ禍での政府のチグハグな対応、感染抑制VS経済
再開。政府が云う事は理解できるが、、、それにしても今第二波ピークの
この時期に Go to"トラベル"キャンペーン とは?、”トラブル” の元に
になるのでは? さらに同時に業界に対しては「在宅7割,テレワーク」
再要請
とか? 全くチグハグ!、、、ったく何を考えてるのやら、、、?
その他もろもろ、とにかく今の政権はコロナ対策に関してやることなす事
全て後手後手に廻っている感じだ! 何でだろう~?

それより今、私が一番気になるのは、、、?
中国公船による尖閣諸島海域への過去にはなかった100日以上の、
連続侵入中! 明らかにコロナ禍のドサクサ紛れに乗じた中国の暴挙!
例によって我がマスゴミは殆どこの件を報道しない、報道しないから
一般大衆はこの事を知らない。来年に繰り越された私なんかどうでも
良い、と思ってるオリンピック の事はみんな心配しているけど、、!

もともと尖閣問題は過去の自民党政権が 棚上げした 事が間違いだった!
それはともかく昨今の緊迫した状況下にも関わらず 中国好きな政治家
一部の日本人 は中国国家主席の国賓待遇での来日も希望しいる様で、
全く気が知れない。こちらも、、、ったく何を考えてるのやら、、、?

さらに、世界中が今度のコロナ禍で、サプライチェーンを築く製造業を
筆頭に、中国からの観光客など過度なインバウンド需要の危険性も再認識
した、と云われているのに,我国では多くの観光地のホテルなど完全に
外国人だけをターゲットにした経営方針にも以前から違和感を抱いていた。
特に中国からの訪日者には 街を汚す隣国人!とグチってたクセにだ!
これまた、、、ったく何を考えてるのやら、、、?
以上。

◎過去の関連ブログ記事
*ついに“終(つい)のパソコン”か!?
*MSに振り舞わされて、、、!
*
NTTにクレームしたら?
*ネット環境が変ったけど!
*もうついて行けないPC
*只今Win7と格闘中!

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