フォト
2017年1月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

Face Book

何でも掲示板です↓

“趣味の音楽関連”

無料ブログはココログ

2017年1月15日 (日)

2017年の初雪が降った!

Img_0463昨14日(土)はこの地方でも今年初めての
雪が降った、、、!
←我家の北川ベランダからみた14日朝の様子。

そして今15日朝は、かなりの積雪、、、
昨夜の内に降った雪だろう、、、?

Img_0520_2←上と同じ場所から見た今15日朝の様子。
、、、とは云っても北陸や東北地方と比べたら
スズメの涙! アチラの人に云わせたら、、、
『こんなの雪が降った、とは云わないよ!』 と、
云われそう!^_^)



◎でも、さすがに寒ッ! しかし私ャーやっぱり日本人、、、

寒いのは寒くても、何となく雪景色を観るのは楽しい、、、!
カメラ片手に早速 マンション内庭に飛び出して写真撮影!

Img_0470_4 Img_0474 Img_0475_2 Img_0476_2

Img_0477 Img_0478 Img_0479 Img_0483

Img_0485 Img_0487 Img_0488 Img_0495

と、、、こんな感じの今15日朝の我が家近くの様子!
この辺りは毎年1、2度しか雪が降らないが、今年はこの後どうなるか?



◎以下、以前の記事とダブるけど、、、!^_^)
毎年の大雪で苦労する北陸や東北、北海道の人達の事を思えば、
この辺り は良い所かも?

テレビ・ニュースを観れば、北国の積雪は半端じゃ~ないね!
年老いた爺さん婆さんが屋根に昇って雪下ろし、、、!
ありゃ~きついだろうし、それより危ない!
自分にはとてもじゃないが出来そうにないな~!

いつだったか? 雪深い地方に住んでる方がフトつぶやいた!
『雪が降らない所に住んでみたい!』、、それは切実な思いだろうな? 

ここで思い出すのは、、、?
新沼謙治の♪「津軽恋女」 ♪ じゃ~ないが、、、、、
粉雪、粒雪、綿雪、粗目雪、水雪、固雪、春待つ氷雪、、、、、
この七つの雪の内、今朝のこの辺りの雪は綿雪になるのかな~?
新沼謙治の♪津軽恋女♪ をどうぞ!

でも私ャ~やっぱりこっちの方が好きなのだッ!
アダモの♪Tombe la neige(雪が降る)♪ をオリジナル版(フランス語)で!

2017年1月12日 (木)

ジャズ・ピアニスト/本田竹広の命日

今1月12日はジャズ・ピアニスト/本田竹広(竹曠)の命日だそうな?
    、、、これは全く知らなかったが、FaceBook で知人が教えてくれた。
Wikipediaによれば2006年1月12日、満60歳で鬼籍に入ったらしい。
         、、、『ご遺族の方には改めてお悔やみ申し上げます!』



本田竹広、この人は昔からサックスの 峰 厚介 と組んだフュージョン・
バンドのネイティブ・サン(Native Son) で有名だったので名前だけは
聞き知ってはいたが、、、
私は1960年頃からジャズを聴き始め、徐々に日本のジャズよりも、
どちらかと云うと、本場アメリカの50、60年代のジャズに熱中していった。
、、って云うより当時は日本のジャズをいささかバカにしていたかも?^_^)

1970年代になってから、日本ではフュージョン・ジャズが盛んになったが、
私はフュージョンがあまり好きになれず(これは今現在でも)、相変わらず
昔ながらのアメリカン・ジャズを聴きあさっていたある日、長崎の行きつけ
のレコード店で偶然見かけたLP一枚、、、!
『This is Honda/Honda Takehiro Trio』 TRIO PA-7005, 1972/04/18録音
                   、、、本田竹曠(p),鈴木良雄(b),渡辺文男(dms)
これを店主が勧めるままに試聴して愕然! 早速買った事を憶えている。

以下、ここでも書いたが、、、
Top60このLPは選曲が素晴らしい!歌物が主だが本田竹曠
のエキサイティングなピアノ、ロン・カ-タ-ばりの
鈴木良雄のベ-ス、ナベサダの実弟、渡辺文男の
日本人らしくないドロ臭いドラミング、、、
この三者一体で奏でる"Softly as in a Morning Sunrise"
や "By By Blackbird"  等を聴くと、つくづく日本人の
ジャズも変わったな~と思う。
さらにこのLPの録音ディレクタ-は菅野沖彦で1972年
度スゥイング・ジャ-ナル誌の『ジャズ・ディスク最優秀
録音賞』を受賞していて内容音質ともにGood!


、、、てな訳でこれ以降、私の愛聴盤の一枚となった。
上記のコメントで“日本人のジャズも変わった”と書いたのは、、、?
私の当時の正直な気持ちだったが、良い意味でのドロ臭さ、アメリカ黒人の
様なブルース感覚、、、その様な意味でそれまでの日本人ジャズメンには
感じられなかったブルースの臭い? そんなモノを私はこのレコードを
聴いて感じたのだった。

今でも私が本当に心惹かれるジャズ、ってのは、、、?
演奏のテクよりも 何となくブルージーな雰囲気を持ったジャズが好き!
それは、もともとR & B が好きだった 所為かもしれない!?

しかし、こと本田竹広 に関しては、単にブルース感覚だけでピアノを弾いて
いるのではなく、ちゃん勉強したのであろう正規の基本的なピアノ奏法に
加えて、憎いほどの超テク、正確なタッチとリズミックで聴く者を完全魅了!
“This is Honda” はそんなレコードだったのだ。



◎話は変わるけど、、、
私は香港在住時代 に何回か日本からのジャズメン達のコンサートを
聴きに行った事がある。
(香港はジャズだけでなく有名外タレや、日本のポップスや歌謡曲などの
 ファンも多く、度々日本人アーティストが彼の地でコンサートを開いて
 いる、、、そんな土地柄なのだ。)

そんなある日、峰 厚介のライブを聴きに行った時(2003年10月30日 記)
Tamayaドラマーとして参加していた本田珠也 を初めて
聴いて、その凄いテクにびっくり仰天した。
後日、その本田珠也が本田竹広の息子さん
だった事を知ってさもあらん!と一人納得(^_^)。

さらに、珠也の母親はジャズ・ヴォーカリストの
チコ本田、そして叔父が渡辺貞夫 と言う
日本ジャズ界のサラブレッド、才能豊かで当然か!


また、別のある日は日本人は本田珠也だけ、他のメンバーは香港在住の
外国人ミュージシャン、云う組み合わせのライブも聴きに行ったり、、、
(これまた香港はイギリス人やフィリピン系のジャズ・ミュージシャンも多い。
でもさすがに中国人、中華系香港人にジャズメンなんて居る筈もなし!^_^)

一方、その頃の私は数十年ぶりにアマ・バンドで タイコを叩いていた。
(敢えて“ドラマー”、と呼ぶほどの腕でないので“タイコ”と、、、!^_^)
そんなある日、本田珠也さんが我々の練習場に現れてちょっとお喋りする
機会があった。上記私の愛聴盤の話をしたら珠也さんは即座に、、、
「それはオヤジのThis is Honda”でしょう!」、って即座に云われた事を
今でも憶えている。多分ご本人はそんな事はとっくにお忘れと思うけど?


◎以下、本題とは全く関係ない余談だが、、、

これも前記、FBでの知人の話にあったが、、、上記の『This is Honda/
Honda Takehiro Trio』 、
TRIO、即ち珍しい トリオ・レーベル
トリオ、と云えば私が真っ先に思い出すのは、、、?

大昔の若かりし頃、アマ無線 (通称、HAM) に熱中していた頃、無線機の
メーカーしてはトリオ社(旧社名:春日無線電機商会)が一般的で、、、
例えば“9R42J” と呼ばれたカッコ良い受信機が有名だった。
            、、、(我ながら型名まで良く憶えていたな~!^_^)
さらに、もう少し高級機になると八重洲無線なども有った。

私はその一般的だったトリオの無線機さえ買えなかった貧乏学生!涙)、
そこで、そのトリオの創業時の製品だった高周波コイルパック、と云う
部品だけ買って、後は自分でレシーバーその物を組み立てていたのを
思い出す。

その後、トリオはオーディオ・メーカーとしてもソリッド・ステート・アンプ等で
一世を風靡し、1960年代にはオーディオ御三家とされた「サン・トリ・パイ
(山水電気、トリオ、パイオニア)と呼ばれていたのを今でも思い出す。

トリオは後にKENWOOD(ケンウッド)、さらにJVCケンウッドとして商品
ブランドが現在まで引き継がれている。
そして余談のトリオ・レーベルとは? そのJVCケンウッドのレコード部門の
一つで、後にアートユニオン と社名が変わったらしい?

また、そのトリオの創業者、春日二郎 らが設立したハイエンド・オーディオ
アキュフェーズ (Accuphase Laboratory Inc.)は、マニアの間では定評
ある存在だが、私なんかにはとても手が出ない超高級ブランド!^_^)

◎参考資料
*本田竹広 (Wikipedia)
*ネイティブ・サン (Wikipedia) 
*“This is Honda”/Amazonカスタマーレビュー
*峰 厚介 (ブログ記事)、
*同上 (Wikipedia) 
*KENWOOD (Wikipedia)
*アートユニオン (Wikipedia)
*アキュフェーズ (Wikipedia)


◎関連拙ブログ、本文記事左側INDEX欄、 ※“趣味の音楽関連”から、
(1)ブログ“音を楽しむ徒然語り” その17(最終回) のシリーズと、
(2)HPの 
“Modern Jazz LP Collection” (Part 1, 2) も併せご覧下さい。

2017年1月 8日 (日)

マリリン・モンローに会えたのだッ!

忘れもしない、永年の海外在住から帰国した2007年、近所の旅行社で
大阪行きの予約をしよう、としていた時だった、、、

旅行社の女性スタッフが盛んにユーエスジェイ 経由がどうのこうの、、、
と云うので、、、
『ユーエスジェイ、って何のこっちゃ? 日本語で云ってくれ!』 、、、と、
云ったらば、若い女性スタッフがキョトン、と怪訝顔?
                     、、、キョトンとするのはこっちだぜ!

いろいろクドクド聞いてる内にやっとこさ、、、
USJ="Universal Studios Japan"、の略語だった、と知った!^_^)
、ったく、最近の日本人は何でも言葉を短縮すれば良い、と思ってるのか?
、とその時、日本語も変になったものだ! と思ったね~!

昨2016年末、そのUSJ へ初めて行ったのだ。
こんな爺ィ-がUSJそのものに興味が有る訳はなく、ただただ生意気盛りで
憎たらしいだけの二人の孫の為に、わざわざ連れて行っただけ!汗)
    
案の定、一日中彼らに振り回されてクタクタになったが、、、!汗)
たった一つだけ、思いがけず良い事があった! それは、、、?
永年の憧れ、我が心の恋人 M・モンロー(マリリン・モンロー)に会えたこと!        
                 、、、感動感激の一瞬だったのだッ!涙!^_^)

05
I wanted to meet you、、、(ここでチト英語に詰まる!汗)、、、 
  estava esperando muito tempo.、、(オイ,オイ、これブラジル語じゃん!)
     慌てて、、、for a long  time for me.、、、
       、、、(と、云い換えた、、、やっとここまで何とかしゃべれた!^_^)

(するとマリリンちゃん曰く)、Oh, me, too!、、、だって!
                   、、、(商売柄、調子合せてくれたよ!^_^) 

(そこで止めれば良いのに調子にのって)、、、
Você sabia Cinema "BUS STOP"?、、、(とまた、ついついブラジル語!
シドロモドロに慌てて、、、やっとこさ、、、)
       、、、Do you know movie "BUS STOP"?、、、続けて、、、
You by that movie It was pretty and very cute.、、、(と何とか云ったら、、
、、、私のヘタな発音のせいか?what?、、、と聞き返され、もう一度!
そしたら、、、Oh, was it so ? Thank you very much!、、だってさ!)

彼女は本物のM・モンロー(1926年生まれ)の孫娘ぐらいの年頃かな?

急に英語を喋ろうとしてもサッ、と出てこない(汗)、途中でブラジル語
(ポルトガル語)とチャンポンになってしまう~!先日まで居たせいか!^_^)



51piqxdwmsl
それはそうと、、、
彼女、本当に昔のハリウッド映画 『BUS STOP』
を知ってたんだろうか?
まぁ~いずれにしても良い思い出が出来た。
冥途への土産だ!
冒頭書いた マリリン・モンロー 、は永年の憧れ、
我が心の恋人? とはチト、オーバーな表現だけど、
好きな女優だった事は事実。



10146867405_3ただ、私がハリウッド女優で最初に惚れたのは、、、
キム・ノバック だった。
特に初めて彼女を観た映画『黄金の腕』でショック!
その他、ヒッチコック映画の『めまい』 等々、、、。
この世にこんな妖艶美女が居たのか?、、、と!^_^)



◎話を M・モンローに戻すが、、、
Ph_03_2前記USJのモンローちゃんのドレス・スタイルは
←この有名なシーン!
つまり映画『七年目の浮気』で、マンホールから
吹き上げる風でドレスが浮き上がってるところ。

彼女は、今考えると派手な映画でのイメージとは
異なって、本当は少女の様な純粋な女性だったの
かもしれない!?

映画で造られた、いわゆるセックス・シンボル的
存在の自分が嫌で、何とか本当の自分を知って
貰いたい!、そんな思いが強かったのでは?

そんな意味では上記の 『BUS STOP』 は彼女の真の姿を表現していた
ような? 後年になって思うようになってきた。

いずれにしても、USJでは思いもよらず楽しい思いが出来た!


◎関連ブログ記事。
本稿左記の※“懐かしの映画”シリーズ、この中の
*(18) 『マリリン・モンロー特集』
その他の映画シリーズもご覧ください。

2017年1月 6日 (金)

またもや今時の若いもんは!

「清々しくない新年!」とか「成る様にしか成らないだろう!」などなど、、、
私の元旦早々のグチを読んだある人から 『どうしたの?』 との問合せ?

実は我家の中で昨年末から続くストレスが溜まるモロモロ事、、、!?
(だから「成る様にしか成らないだろう!」と書いたけど、、、!^_^)
そんな最近、元旦の朝、近所の白山神社 と云う小さな神社に初詣!
そこで昨年からのイライラが爆発。(だから清々しくなかった!^_^)
それこそ正月早々だったけど、、、!^_^)

境内前には大勢の初詣参拝客の列、、、
     、、、私もその列に並ぶ、、、私の後ろには青年二人並んでいた。

Img_0355_2
長い列に並んで待ってる間、この一見二十歳前後と思われる若い青年が、
やたら大声、不必要に声を張り上げて喋ったり、ケラケラ笑い合っている。
つまりこれは良く見る光景で、若造が単に粋がっている だけなのだが、、、
私は徐々にイライラ!

間もなく彼らは今度は足元の小さなジャリ石を両足の靴底で擦って、
そのジャリ・ジャリ云う音を楽しんでいる様子!?
好きなラテン音楽 のパーカッション“Guiro”の様にリズミカルならともかく、
ただ単に両足を地面に擦り付けてジャリ・ジャリ雑音を出しているだけ!

それだけではなく、当然砂ぼこりも舞い上がり、周囲は迷惑この上ない。
列の近くにいた人達は明らかに迷惑、困惑顔、、、!
列に並んでいる間、10分以上もそんな他愛もない遊びに興じていたこの
若造二人に私は遂に我慢の限界を超えて、さっと振り向きざま、、、
『オイッ、アンタ達はガキかッ! いい加減にせんかッ! 』、、、と一括!

自分達の目の前に並んでいたオッサンから、振り向きざまいきなり怒鳴ら
れて彼らはビックリ仰天! そして気まずそうに俯いてしまった!
『このバカタレが!』、、、とそこまでは云わなかったけど、、、!^_^)

結局、周囲の人達もただ黙って我慢していただけなのだ。
   、、、つまり如何にも今時の世相、余計な事には首を突っ込まない、、、
れいによって、知らぬが仏の傍観者 に徹していただけ!

もし、私がこの二人の若造に逆切れされて、力ずくで向かって来られたら
当然私は敵わないだろう、そしてそんな私を誰も助けないだろう!
そんな事はとっくの昔に分かっているが、その時はそんな事はいちいち
考えなくて、単に私が瞬間的に我慢できなかっただけなんだよ~! 
    それでなくても昨年末からイライラが続いてんだからさ、、、!^_^)

こんな事は私は初めてではない! 
以前もショッピング・センター内の休憩所の椅子を、我がもの顔で独占して
いた悪ガキ共、また歩道の真ん中を占有して他の歩行者に迷惑を掛けて
いた数名の悪ガキ共などなど、、、

私は何も躊躇する事なく、コイツ等を叱り飛ばした事もあった!
連れ合いなど心配して、仕返しされたらどうするの? と云うが私はそれより
我慢できないのが先にたつのだ!
根っからの短気な正確と、それにも増してこの様な類の若者 たちが私は
特に好きになれない、大嫌いなのだ!

これは私のスポーツ嫌い の性格とも多少関係が有るだろう、、、多分!?
つまり、如何にも元気ハツラツな若者より、今流行の草食系とは意味が
違うが、どちらかと云うと大人しいタイプの子の方が好きなのだ。


以下、以前も ここで 書いたが(だからまたもや今時の若いもんは!)、、
私はしょせん偏屈爺ィだから、上記した様に今時の若造たちが大嫌いだ!
つまり “今時の若いもんは!”と、批判的な見方は他の人より強いだろう。

◎しかし問題はここから、、、?
つまり上記の例の様に、如何にもいい加減で礼儀知らずで、無責任にも
見える今時の若者でも、やっぱり日本人だな~!、、、とか?
私なんかより余ほど日本的な考え方なのだ! これが私にはワカラン?

例えば私と比べて大いに異なる点は、、、?
*今回の上記の例のように、正月には必ず初詣に出かける、とか
 (私なんか65歳頃まで初詣など考えた事もなかった。まだ幼かった頃、
  両親から初詣に連れて行って貰った記憶も殆どなし! 両親も神仏に
  特に熱心な方ではなかったし、その様な家庭環境だった所為かな?)

*何よりも町内のお祭りに積極的に参加する、いわゆる祭り好き、とか
 (若いのにそんな古典的な興味が有ること自体、私には不思議?)
*結婚式には出来るだけ大勢の親戚、知人、友人を招待したい、とか
 (私は昭和40年に会費制結婚式をやった! 当時周りは猛反対!)
*朝ご飯はパン食より、味噌汁、漬物、等の日本食が好み、、、とか
 (私は日本食大お好きだが17歳頃から朝はパン食、74歳の現在まで!)
*親類縁者との関係 も以外と大事にしている、とか、その他モロモロ、、、
 (親類を特に大切に? そんな意識は皆無だった。むしろ煩わしかった!)

、、、とにかく、私に云わせると今時の若いもんはその姿恰好言動には
似合わない、かなり日本的なのだ。

だから、私など 彼らの普段の容姿言動からは考えられないような、、、?
そんな純日本的な行動様式を取る若者を見てフト違和感を抱いてしまう。
         、、、見た目の感じとの落差が私にとっては以外なのだ!

彼らが やってる事は私なんかより遥かに日本的、イヤ正に日本人その
ものなのだ!

66歳で初めて初詣を経験したけど、あれほど大勢の人間が集まるとは!
中高年や歩くのもおぼつかないヨレヨレ爺ィ婆ァ~はともかく、、、
若い男女、チョー・ミニスカの金髪ギャル、そして何とも得体の知れない
恐そうな恰好のアンチャン達も、、
       、、、とにかく、あらゆるタイプの今時の日本人が参拝していた。

なかには普段は神も仏も関係ないみたいな風情の彼ら、、、
      一見、そんな宗教には無関心に見える彼ら、彼女らなのに、、、
何故あれ程までに大勢の若者達が神妙な顔して参拝をするのか? 
        、、、何とかかんとか言ってもそれが日本人って事なのか?
さらに最近は、数こそ少ないが外人もチラホラ、、、?
         、、、何を想って外人が神社参拝? 単なる物珍しさ?

◎結論として、、、
 『何とかかんとか云っても、日本(人)は平和だな~!』、ってこと。

2017年1月 1日 (日)

清々しくない新年?

謹賀新年 おめでとうございます!

2017h29web

   2017年、平成29年を迎えて恒例の年頭のご挨拶、、、
       、、、しかし正直に云うとあまり清々しい気分ではない!

因みに昨2016年元旦に書いたブログは、、、
毎年ありきたりの 『今年こそは良い事が有りますように!』、を止めて
『今年は良い年になるだろう!』と、ポジティブな標語を書いていた。
そしてその結果?、何の事はない。ゼンゼン良い年ではなかった!^_^)

だから今年は、『今年もどうせ成る様にしか成らないだろう!』
                      これを今年の標語とする。かなり投げやりだけど!^_^)

2016年12月27日 (火)

初の西回りブラジル行きは?

前回、10月16日(日)のブログで、、、
『明17日からしばらく所用が続くので、今年は紅葉見物に行けそうにない?
そしてこのブログもしばらくの間、開店休業になるだろう!』、、、
                、、、と書いて以来、今12月27日で2ヶ月以上も経ってしまった。

実は、前回ブログの翌日10月17日(月)から今12月5日(月)まで約一ヶ月半、
家庭内の用事でブラジル、サンパウロへ行っていた。
今月5日に帰国後も、このブラジル行に関係した雑用、野暮用が多くて、
今日までブログ更新が出来なかったが、実はこの雑用、野暮用は来年
1月末まで続く予定。トホホホ、、、!汗)

とにかく先記の10月17日から数えると来年1月末まで、延べ3ヶ月間以上、
私にとって苦痛の日々が続くことになる。我が家の内輪の話だけど!^_^)

以上、前置きが長くなったが以下、久しぶりのブログ記事、、、
                    、、、それはブラジルまでのフライトの話。


今回のフライトは従来の東回り(日本→アメリカ経由[ロスまたはN.Y])→
サンパウロ)ではなくて、初めての西回り便で名古屋から直接飛んでいる
エティハド航空 (名古屋→北京→アブダビ経由→サンパウロ) を利用した。

Etihad_air_line_6
同機のサンパウロまでのルートとしては上図のとおりで、、、
[日本(名古屋)]⇒[Beiging (北京)]⇒[Abu Dhabi (UAE)]⇒[Sao Paulo
(Guarulhos空港)]。
途中のトランジット、即ち中継地としては北京と中東アブダビの二か所。

参考までに、日本ーブラジル間は上記した様に東回りのアメリカ経由以外
では、西回りのヨーロッパ経由(主にルフトハンザ、フランクフルト)、その他
Img_0015いろいろ有るが、今日現時点 (2016年8月予約の
10月フライト)で一番格安だったのは今回の
エティハド航空だった。(往復確定日予約¥130,000)

機材は名古屋ー北京ーアブダビが 、、、
Airbus A330-200、アブダビーサンパウロが、、、
Airbus A340-600 だった。

日本から見たらブラジルは地球のほぼ裏側で、その直線距離約2万キロ?
今回のフライトは名古屋を出てサンパウロに到着するまで、途中の北京と
アブダビ経由で各2時間ほどのトランジット・タイムを含むと、計約32時間
ほども掛かった。

過去、アメリカ経由で行ってた頃は、ロスでのトランジット・タイムを入れても
計26、7時間程だったので、これに比べて今回は5時間ほども長かった
事になる。勝手知ったるブラジルもさすがに今回は遠く感じた!汗)

しかし、サンパウロのグアルーリョス空港に降り立った時は、思ったよりも
疲労感はなかった? これもエコ症候群予防の為、機内で出来るだけ軽い
運動をしていたからだろう!?


先ずは名古屋セントレア空港を10月17日21:20発(以下時刻は全て
現地時間)、北京まで約3時間半で00:40頃着。北京からはあの嫌な人種
が大勢乗って来て、機内はあの例の独特な悪臭が漂い始めた!臭)
彼らの殆どはアブダビ他、中東方面での出稼ぎ建設労働者、、、。

約2間後、機は北京を出発した、、、中国大陸を一またぎ、パキスタンの
イスラマバード上空
を通過し、アラビア半島に至り半島東端のアラビア海
に面したUAE(アラブ首長国連邦)のアブダビに到着したのが約9時間半
後の現地時間の翌朝18日の06:30頃。ここまでほぼ定刻どおり。
以下、アブダビ国際空港内の様子!

Img_0017_2 E1401165399081_5_2 Img_0018_2

Img_0022_4

←機内の窓から、手前の翼の向こうに見える
変わった建物のアブダビ空港コントロール・
タワー!

アブダビでは搭乗機乗り換えの為、一旦
イミグレに出て別のエティハド機に乗り換える。
余談だが、イミグレではアラブ人空港スタッフ
のクセが強い英語で分かり難い? 

これが中東訛りの英語なら、こちらもジャパニーズ・
サバイバル・イングリッシュで応答!^_^)
               、、、アチラさんも判り難かっただろうな~?^_^)


アブダビでも約2時間待ち、18日08:35定刻にここを出発!
機はアラビア半島のサウジアラビアを東から西へ横断、ついに紅海
至る。 窓の外には何も見えないが、、、1万メートル以上の上空から
とは云え、初の中東地域を通過する体験をしてチョット感激!
、と同時に直下近くのシリア紛争に思いを馳せ、航空機テロの悪夢が
一瞬頭をよぎる、、、!汗)

機は紅海を一跨ぎして今度はアフリカ大陸の東端、スーダン上空を通過、
そのままアフリカ大陸を東から西へ向かって横断! 
中央アフリカ諸国の真上を通過して、カメルーン辺りから遂に大西洋へと
至った。

後は大西洋上空を南西方向へ一っ飛び、、、ついに南米大陸へ至り、、、
ブラジル西海岸からサンパウロへと向かう。
アブダビを出て延々15時間半、遂にブラジル・サンパウロのGuarulhos
空港
に同18日17:35頃到着。ほぼ全て定刻どおりだったが、日本を出て
トータル約32時間後だった。フーッ!汗)

一ヶ月半のブラジル滞在後、12月3日にサンパウロを出発して出発地点
の名古屋セントレア空港までの帰路も、上記の逆ルートを辿るコースで
所要時間もほぼ同じだった。


◎以下、余談だけど、、、
飛行ルートは、機内座席で観れるGPSを利用したモニターを通じて
ポイントを次々に辿る画像で、その時の機の位置が凡そ判るようになって
いる。しかし英語以外のアラブ語の表記はチンプンカンプン?^_^)
Travelog285pic20 77fece Travelog285pic19

実際には窓の外を見ても高度1万メートル以上なので何も見えないが、
飛行ルートだけでなく、巡航スピード、高度、出発地と飛行中のローカル
時刻、その他、各種詳細データが刻一刻表示されるので面白い。

今回は6年ぶりのブラジル行きだったが、過去アメリカ経由で行ったり、
ブラジル以外の海外旅行の時も、私は機内で面白くもない映画なんか
観るより、いつもこのモニターばかり観て時間を過ごしていた!^_^)


また、ちょっと気にしていた“エティハド航空”のサービスは?
Lrg_14288909これがまた予想外でなかなか快適! 日本では
決してメジャーではないが、国際的な評価を見ても
上位に位置するだけあって、食事も良いし搭乗員の
機内サービスも上々だった。
ただ残念ながら来年4月頃?、サンパウロ行きの
便は無くなるらしい?


◎参考資料
Uae
*UAE (アラブ首長国連邦)
*アブダビ
*エティハド航空(Etihad Airways)
*Guarulhos空港

2016年10月16日 (日)

今年の紅葉は見れそうにないので、、、!

ここ数日、急に寒くなってきたと思ったら今年も間もなく紅葉の季節!

そこで、2016/09/07現在のウェザーニュース によれば、、、
今年の秋は、9月は北海道から九州の広範囲で残暑となる所が多く、
その後気温は段々と平年並となり、12月には平年よりもやや低めの
気温になる予想。

201609060585_box_img0_a
このため、例年9、10月に見頃を迎える北日本や東日本の標高が
高い山では、例年に比べて一週間ほど見頃が遅くなる可能性がある。
一方、例年11月以降に見頃を迎える東〜西日本の見頃は例年並となり、
例年12月に見頃を迎える関東などの市街地ではいつもより少し早めに
色付きそう、、、とか? 
ただ毎年思うに、この予想はあまり当たらない様な気がするけど?^_^)


◎いずれにしても、、、
明17日からしばらく所用が続くので、今年は紅葉見物に行けそうにない?
そしてこのブログもしばらくの間、開店休業になるだろう!
そこで、今日は過去行った事があるこの地方の紅葉関連のブログ記事を
まとめてみた。



◎以下、昨年までの紅葉関連のブログ記事と写真集を紹介!
過去9年間で主にこの地方の紅葉の名所に数か所出かけたが、、、
近場でダントツは全国的にも有名な“香嵐渓”、、、しかしそれより、、、
   、、、灯台下暗し、“自宅マンション内庭”の紅葉が毎年素晴らしい!


2015年11月11日ブログ紅葉/枯葉もろもろ(マンション内庭)写真集
Img_0019_2


2015年11月 3日ブログ郡上八幡城/せせらぎ街道の紅葉写真集
Img_0031

2014年11月20日ブログ奥びわ湖の紅葉写真集
Img_0021

2014年11月14日ブログ我がマンション内庭の紅葉写真集
Img_0013

2014年11月12日ブログ期待外れだった紅葉(御在所岳)写真集
Img_0011

2013年11月25日ブログ寂光院の紅葉/モンキーパーク写真集
Img_0039

2012年11月21日ブログ香嵐渓 -2012年-写真集
Img_0055_2


2012年11月11日ブログマンション内公園の紅葉
Img_0002_2_2

2009年11月26日ブログ下呂温泉-紅葉と合掌村-写真集大写真集
Img_0061

2008年11月30日ブログ夜の香嵐渓大写真集
Top_6_2

2007年11月21日ブログ香嵐渓写真集大写真集
Img_0004

(注:大写真集とは? 原本1600X1200ピクセルの圧縮なし画像です。)


◎それでは、、、数少ないこのブログを見て下さる皆さんへ。
次回の更新は多分12月初旬頃?になりそうです、、、ヨロシク!^_^)

2016年10月11日 (火)

今時の若いもんは?(よさこい踊りと和太鼓)

昔、加入していた生命保険、これがとっくに満期になって早数年!
あとは私が死んだ時に連れ合いが受け取る筈?のスズメの涙ほどの、、、
己の葬式用死亡保険金、、、!^_^)

今では、たったそれだけの繋がりしかない生命保険会社だけど、、、
この地区担当のオバサンがなかなかアッサリした女性で拙宅にも、
気楽に立ち寄ってくれる、、、。
先日も昨年に引き続き、会社宣伝用イベントの案内を持って来てくれた。

それは、、、
昨年同様、“和太鼓”それに加えて今年は“よさこい踊り” のイベント!
場所も昨年同様、安城市役所隣の安城文化センター 、、、
              、、、どうせヒマだから連れ合いと一緒に出掛けた。




先ずは今回の前座、「よさこい鳴子踊りチーム“安城北斗”」 と云う、
                      、、、地元のダンス・チームが出演。

Img_0006


そして次に昨年同様 「和太鼓“零~ZERO~”」 と云う、、、
             、、、お隣、岡崎市が本拠地の本格的和太鼓チーム。Img_0041
(“よさこい鳴子踊りチーム” 和太鼓“零~ZERO~” も実際の音は、
収録してないので、過去の演奏模様を最下段のYouTubeでお聴きあれ!)

この和太鼓はプロのグループで、和太鼓を通し熱い思いを伝えたい、と
2004年に結成された20代を中心にした若いメンバーで構成されている。
日本の伝統的な楽器である和太鼓の良さを残しつつも、現代風にアレンジ
された楽曲で熱い想いを表現し、雅楽にも通ずる和太鼓バンド、、、
年に一度の自主公演やイベントなどへ参加し活躍している様だ!

私は昔からジャズが好き だし、だから当然 ドラムも大好き、、、
               、、、となれば、そのリズム感にも強く惹かれる!
彼らの和太鼓も、ジャズ・ドラムのリズムに比べると基本2拍子なので、
フレーズも単調だが、大太鼓と胴長中太鼓をベースに、桶胴太鼓や、
締太鼓を絡ませたその強烈なリズムとパフォーマンスを加えた迫力が
素晴らしかった!、、、そして特に大太鼓は腹の底に響いた!




◎以下、どうでも良い余談だけど、、、
私は最近の若者達について、正直云ってあまり良い印象を持ってない!
私に限らず、普通の年寄りが持つ一般的な若者に対する思い、あるいは
自分の若い時とは違う、違和感の様なイメージだろうか、、、?

いわゆる 「今時の若いもんは!」と、どちらかと云うと批判的な見方が、
特に偏屈爺ィ-の私の場合は他の人より強いかもしれない!^_^)
もちろん当然ながら、中には好青年が居ることも事実だけど、、、。

しかし不思議な事に、如何にもいい加減で、礼儀知らずで、無責任にも
見える今時の若者でも、時と場合によっては やっぱり日本人だな~!
、とか? 私なんかより余ほど日本的な考え方だな~! とか、、、
                     、、、そんな事を感じる時がままある。

例えば私と比べて大いに異なる点は、、、?
*何よりも町内のお祭りに積極的に参加する、いわゆる祭り好き、とか
*結婚式には出来るだけ大勢の親戚、知人、友人を招待したい、とか
*朝ご飯はパン食より、味噌汁、漬物、等の日本食が好み、、、とか
*正月には必ず初詣に出かける、とか
*親類縁者との関係も以外と大事にしている、とか、その他モロモロ、、、
   、、、とにかく、その姿恰好には似合わない、かなり日本的なのだ!

私から見たら、彼らの普段の容姿言動からは考えられない ような、、、?
そんな純日本的な行動様式を取る若者を見て、フト違和感を持ってしまう。
           、、、普段の感じとの落差が、私にとっては以外なのだ!

◎例えば、、、
今回紹介した若人による日本的な踊り もそうだ、、、!
今や全国各地で流行っている様で、古き良き踊りの文化を引き継ぎ
ながらも、現代の踊り文化と融合して踊る、、、!
これって、私なんかから見ると、とても不思議な感じもするが?
高知県から始まった“よさこい踊り”や、沖縄の“エイサー”、なども、、、
そんな流行の一つなのか? 詳しい事は知らないけど、、、?

いずれにしても、地方に伝わる昔からの土着民謡や、お祭りなどで
唄われる時代がかった唄や踊りを好み、ただ踊りの衣装などを現代風な
コスチュームにアレンジして踊る、、、!
それに楽曲も、最近ではロック調、サンバ調、ポップ調などなど、、、!
各チームがアレンジしたさまざまな楽曲と振り付けが披露されている様だ。

そんなグループが全国各地に存在する様で、、、
、、彼らがやってる事は真に日本的、イヤ正に日本人そのものなのだ!
そして、、、いずれにしても見ていてこちらも楽しくなってしまう!

◎結論として、、、
 『今時の若いもんも、ななかなやるな~! 
  そして、、、何とか感とか云っても、日本は平和だな~!』、ってこと。


詳細は写真集≪よさこい&和太鼓 2016.10.07≫ をご覧ください!


◎関連参考資料
*鳴子踊り子チーム公式HP 「Anjo北斗」
*Anjo“北斗” 2016よさこい全国大会 YouTube

*和太鼓ZERO公式HP 「零~ZERO~」
*和太鼓ZERO LIVE2012 「晴レルヤ!」YouTube

◎過去の関連ブログ記事
*2015年5月30日 (土) 和太鼓ライブ
*写真集≪和太鼓“零”ライブ,2015.5.29≫

2016年10月 7日 (金)

幸村は死んでなかった!

幸村は死んでなかった!

みんな好きだけど、私はあまり好きになれないNHKの大河ドラマ!^_^)
その理由は後記するけど、、、只今、『真田丸』 が好評放送中?
              、、、しかし私はこのドラマもほとんど観てない!^_^)

それは、、、?
大河ドラマ『真田丸』 の主人公、真田信繁(幸村)の話は、、、
子供の頃からマンガの「真田十勇士」で、何度となく猿飛佐助や霧隠才蔵、
三好清海入道などの話で良く知ってたので何となく子供っぽい話、との
先入観と、大人になってからも大坂夏の陣での幸村の活躍があまりにも
有名なので、ストーリーは大方知っていた。

しかし、私がこの大河ドラマより興味が有ったのは、最近知った事で、
真田幸村が、実は大阪夏の陣を生き延びて、秀頼を援護しながら
辿り着いたのが薩摩だった、、って裏話!
多分、ご多聞にもれず英雄不滅説 のマユツバ話だろう? と思いながら、、
ネットをいろいろチェックしたが、結局あまり面白い話は見つからず?

◎そのマユツバ話とは、、、?
Sanadayukimura_3
真田幸村、正史では大坂夏の陣の英雄、幸村は
単独で家康の陣を襲ったとか勇ましい話もあるが、
結局は豊臣方の敗戦で幸村も討死、享年49歳
だった、となっている。
今の大河ドラマでも最終回はそうなるだろう?
ところが、実がそうではなく幸村は生きてたんだ!
、 って話があったのだ!

人気スターなので、日本人のどうしても死んで欲しくない、との願望から
生まれた説なんだろうね~!^_^)

大坂夏の陣で討ち取られた筈の真田幸村は、実は影武者であり、
本物は生き延びたのち、主君豊臣秀頼を連れて辛くも大坂城を脱出、、、
そこから豊臣家のかつての家臣である島津家が治める薩摩へ渡り、、、
数年生活したが、島津家が徳川幕府への恭順を示したので、結局薩摩を
出て、目指したのが奥州東北の地だった。
               、、、そして大館(秋田県)で最期を迎えた、って話。

ここで私の疑問?、、、なぜ奥州へ?

かつての豊臣家家臣であり、関ヶ原の戦い後に処刑されたはずの
石田三成が実は奥州の地へ逃れていた、、、だから?
      、、、ならば何故最初から奥州へ向かわなかったのか?
しかも幸村と三成とは、秀吉現役時代からの盟友だったろうが?

遠路わざわざ九州くんだりまで行かずとも!、、、と次々に疑問が?

な~んかこの幸村生存説は、如何にもむりやりこじつけた様な、、?
  、、、大阪から九州薩摩へ、さらに今度は逆方向の東北奥州へ、、、と、
あまりにも話が飛躍し過ぎ! いろいろ読んでみたけど面白くなかった!
それでも興味がある人は例えば下記の一説をお読みあれ!
【参考】:「伝説とともに残る真田幸村の墓」

◎奥州で思い出したけど、、、
これぞ英雄不滅説の筆頭「義経とジンギスカンは同一人物説」をご紹介。
私が初めて英雄不滅説 と云う言葉を知ったのは、、、?
たしか中学生の頃読んだ、高木彬光の推理小説『成吉思汗の秘密』。
これは 義経=ジンギスカン説 に立った形式は推理小説だったが、
本当に面白かった。

Yoshitunejingisukan以前の拙ブログ ロマン誘う “元寇”  でも書いた
が、つまり、頼朝は腹違いの弟義経の力を借りて
平家を壇ノ浦で滅ぼした後、義経と兄弟ケンカ
状態になってしまう。
その結果、最後は奥州で兄頼朝の命を受けた
討伐軍に敗れて自害したはずの義経だったが、
実は生き延びて蝦夷 (北海道) から樺太経由で当時の蒙古まで逃げ延び、
その後、蒙古の覇者チンギス・ハーンとなった。

そして自分を抹殺しようとした兄頼朝の鎌倉幕府へ復讐をすべく“元寇”
即ち日本へ来襲した、な~んて云う英雄不滅説の代表的決定版!

北海道にたくさん義経の足跡? らしいのが有るのは本当らしいが、、、?
如何にも まことしやかに、これこそ真実と思わせる様な東北から北海道、
さらには樺太(サハリン)やロシアのアムール川付近までまたがる数々の
証拠も具体的に挙げての話だから如何にも真実っぽい。

ここで私の疑問? (私ャー何でも疑り深いのが悪いクセ!^_^)、、、
それは私自身の単純計算でも、正史では義経が奥州で死んだのは
1189年、31歳 となっているので、となれば一回目の蒙古襲来が1274年
だからその間85年! さすれば義経は116歳にもなってる、って事に?
、、、
、だから有り得ないのでは!?

また、この義経ジンギスカン説は評論家の間では、最初の作家の創作で、
初めて本が出たのが戦時中の頃?、、、だから日本の軍国主義を正当化
する“願望”みたいな都合のいい「作り話」、、、と云う説も有る。
しかし、この義経=ジンギスカン説は、まぁ~実にロマン溢れる話で、
想像するだけでも本当に楽しい本だった!
【参考】:「義経、北へ行く。」

◎その他、主な英雄不滅説は、、、
織田信長、 石田三成、島左近、西郷隆盛、、、などその他 多数!?
いずれも、最後の遺体が未確認とか、謎に包まれた死に方をした人物、、、
そんな英雄達にこのような英雄不滅説が生まれている。

多分、その英雄の生き残った部下とか近親者達が、それぞれ日本国中を
逃げ回り、長年の艱難辛苦の放浪の旅の末に辿り着いた永久の地で、
それぞれ亡き主人を尊く祀り、それを代々子孫に伝承してきた話が、
この様に国内各地に残る英雄不滅説となったのだろう!?

◎ところで、、、
NHK大河ドラマは好評の場合と、以前 このブログ で書いた「平清盛」
みたいな不評の場合がある。要するに平安時代よりも、信長、秀吉、家康
に代表される一連の戦国時代劇が一番人気なんだろう! 

さらに日本人は歴史上の超有名人の中でも特に判官びいき、、、みたいな
ところが有って、その様な意味でも、「平清盛」は不人気だったのか?
私は大河ドラマにしては比較的良く出来たドラマだ、と思ってたけど!^_^)

それでは何故大河ドラマは面白くないのか?
先ず私がつまらない、と感じるのは、、、毎年歴史的に有名な事柄をドラマ
にしているが、一口に云ってその演出脚本が悪いからだろう! 

一年間と期間は限定されてるから、“ある程度”物語の時間の流れを
平均的、均等化、あるいは重要な事柄と、そうでもない事柄にさく割合、
時間配分をもう少し考えたら良いのにな~? と、毎回感じている。

例えば数年間の比較的重要な時間の流れを10分程でサラっと済ませたり、
或いは1時間程の日常のど~でも良い事柄を二週、三週間もダラダラと
続けたり、、、私はこれに先ずイライラしてしまう!

それに配役がまたもう一つ、、、私には何故かピッタシとハマる役者を
使っていない、ただただ流行のアイドル等を使って、視聴率アップだけを
狙った軽薄劇、、、!って感じなのだ。

その点、同じNHKの時代劇でも時々やっている短編物、、、
これは案外秀作も多い! シリアスな演出の場合は特に面白い。
しかし 大河ドラマはリアリティーもなし、シリアスな演出も感じられない。
                      、、、だから、あまり観ないのだッ!^_^)


◎関連ブログ記事
映画 『柘榴坂の仇討』
『蝉しぐれ』、他
第三回元寇
ロマン誘う “元寇”
時代劇もろもろ
徳川の威光!
蝉が鳴かない?
馬籠 妻籠の旅
悪人?も地元では人気者だった!

2016年10月 1日 (土)

“MRJ”と素人が思う日本の技術力

Ys11我国が戦後初めて製造した双発ターボプロップ・
エンジ方式の “YS-11”
これは私がちょうど20歳になった1962年(昭和37年)
に華々しく報道されたので今でも良く憶えている。



それから約半世紀ぶりに出来たのが、国産小型旅客機“MRJ”、、、
“MRJ” とは?、、、(M)三菱 (R)リージョナル[地域] (J)ジェットの略。

Mrj

“MRJ” は地域と地域を結ぶ小型のジェット機と云う事で座席数は、
MAx 90席+でバス2台分なのでジェット機としてはかなり小型、、、

下図は他の飛行機との簡単な大きさ比較、、、
Mrjhikaku530x155価格の概算比較ではボーイング787が255億円、
エアバスA380 529億円、MRJ 58億円。

小型機体は燃料があまり入らないので飛行距離は短距離となる。
しかし、従来機よりも燃費性能が高く騒音が少ないのが特長。

飛行距離、例えば札幌から那覇まで約2000km以上は飛べる。つまり、、、
羽田からなら日本全国どこでも直行便で行くことも可能。しかも、、、
滑走路も短くてもすむので地方の小さな空港でも着陸可能。
現在既に447機を受注済とか!


◎その待望の“MRJ”
、2008年(平成20年)に開発がスタート、、、
2014年(平成26年)には1号機が完成して作業は順調に進んでいる筈
だったが、、、?

大幅な設計変更や型式証明の取得手続き、部品調達の遅れ?、、、
などによって何と5回も初飛行が延期、、、?
事情が分からないこちらは、何故その様に度々遅れるのか、、、?
と、そんな単純な疑問を抱いていた。

Mrjscdl結局、当初の計画よりも4年以上も遅れてしまい、
初納入の時期を左図の様に4度も延期している。
何故予定が何回も変わる?素人には理解し難い?

これ以上の納期遅れは今後の受注活動にも影響
が出るだろう。しかし、昨2015年(平成27年)11月
11日の初飛行は一応成功した。

MRJは米国で飛行試験を行うため、先月8月27日と28日に愛知県営の
名古屋空港から現地への飛行を試みた。北海道の新千歳空港やロシア
などを経由し、数日間かけて米ワシントン州の試験飛行場に向かう予定
だった。しかし、、、

空調システムの不具合とやらで2日続けて出発して間もなく名古屋に
舞い戻って来たのだ! 二度も同じ不具合とは? 何とお粗末な!
そして、約一か月後の先日9月26日、三度目の正直で米ワシントン州に
向けて飛び立った。そして9月29日予定どおり米国に到着した様だが、!

この一連のテレビ・ニュースを観ていて私はまた疑問を抱いた!?
ただ単に三度目の挑戦! とか云わなくて、二回も同じ空調システムの
不具合と報道したのに、その原因については一切報道せず!?
とにかく無事に米国に到着したのだから目出度い!、、と云わんばかり!

因みに試験飛行とは、、、
MRJが平成30年(2018年)半ばにANAホールディングスへの初納入を
目指している。運航させるには安全性を証明する「型式証明」の取得が
必要で2500時間の飛行試験を行う必要からだった。


話を戻して、、、
技術系の私は どうしても上記の様な報道の仕方が気になってしまう!
何も専門的な説明をすべき、等と云う気はないが、せめて大まかにでも
不具合の原因と対策を取材して、その内容を報道すべきだろう!?
多分そんな取材もしてないんだろう?
もし私がニュースの取材記者だったら、必ずその原因について関係者から
話を聞いてただろう!、、、な~んて思ったりして!^_^)


◎以下、あくまでも報道どおりだとすれば、、、

8月27日の一回目の異常アラームの原因をちゃんと調べなかったのか?
適当に目星を付けて、単に周辺部品の交換をしただけなのか? 
そんな筈はないだろうが、報道では全く分からない?
せめて何処の部分なのか、聞いても分からないが説明して欲しかった。

 
結果、再び同じアラームでMRJはまたもや舞い戻り?
                      、、、だから云わんこっちゃない!

そこで初めて改めて調べ直したら、空調システムそのものではなくて、
それの異常を知らせるアラームのセンサーの不具合 だったらしい?
、で今回はそのセンサーを取り換えて再出発した、、、てな経緯。

※ここで余計な事かもしれないが、、、
そもそも現代のメカトロニクスを構成する電子回路は多くの部分が
ブラック・ボックスを形成しているので、不良ディスクリート部品を簡単
には特定できない場合が多い。

そこで不良個所を回路的に追い込んで行って、最終的に不良パーツの
目星を付けてこれの交換を試み、、、(1)結果が良ければそれで良し!
しかし、(2)結果が同じ様に悪ければ、また他のパーツの交換を試みる、
、、、つまり Cut and Try の繰り返し、となる。

この時、大事なことは結果が(2)の場合は必ず"不良"と判定したパーツを
単体で再チェックする事が大切で、これを実施確認しなかったらムダな
パーツ交換を何回も繰り返す事となる。

こんな基本的な対応が今回のMRJの空調システム不具合の原因追究に
該当するはずはない、と信じたいが、、、?
素人の見当違いなら良いが、少なくとも二回も同じ不具合を出した事実、
そして一回目でその原因を特定できなかった本当の理由を私は知りたい!

最先端の技術者が働いてる現場の筈なのに? 
    、、、
なぜ一回目のチェックでセンサーまで調べなかったのか?
単に報道だけ見ていたら、とても信じられない対応、と感じた!


技術系の人間だったら誰だってそう思うだろう!
      、、、願わくば何も知らない素人の勘ぐりである事を祈るのみ!


◎それはともかく、、、

初の国産ジェット機とか云ってるが、実際は設計と組み立てが日本企業、
しかし、その部品の7割は外国からの輸入部品 なのだ。
先ず飛行機の心臓になるエンジンからして米国製。残り3割の国産部品は
機体そのものと、ランディング・ギア(脚部)、飛行制御部等々、、、らしい。

何故? 例えばジェットエンジンは、性能の優劣だけでなく、定期的な
メンテも考慮する必要があるので、世界的に定期メンテナンス出来ること
が必須条件だそうだ。

そのため定評があり、かつ納入実績が豊富にあり、世界各地に部品供給
出来るメーカーの米国製エンジンを選んだとか!
また、日本企業から部品を調達しようとすると採算が合わない事もある、、
、と云う。

もう一つ根本的な問題として、、、
航空機に限らず現代のあらゆる製造における産業構造の変化がある。
昔は完成品メーカーは、設計から部品の調達、最終組み立てまで、、、
すべてを同じメーカーが担当していたが、現代は分業化が進み、
例えばパソコンのような水平分業が定着して久しい!

特に今回のMRJの様な大型プロジェクトの場合、国産部品、輸入部品など
合せて膨大な数の部品を組み合わせた、、、いわゆる、
        システム全体の品質管理の難しさ、がある様な気もする。

これは過去の日本の製造業、つまり自社製品のみの品質管理に長けて
きた日本企業にとっては、あまり経験した事のない分野 なので、比較的
新しい挑戦になっているのでは?

メガサプライヤーと呼ばれる大手の部品メーカーが集まって、ユニットや
半完成品を作り上げ、それを完成品メーカーが最終組み立てだけ行う、、
、、、と云うのが主流らしい。

専門家に云わせれば、、、
製造業のグローバル化、コモディティ化と云うビジネス・スタイルの問題
であって、技術そのものの国籍の問題ではない、、、らしい?

◎それにしても“MRJ”の開発予定が大幅に遅れたのは、、、?
      、、、多分我々が知らない、いろんな事情が有るのだろう?


最下段で紹介した関連資料 を読んで少しは理解できたが、、、
開発が大きく遅れた要因の一つと云われている、、、
         、、、大幅な設計変更や型式証明の取得手続き、、、?

世界の航空業界を牛耳っている米国(アメリカ連邦航空局)が、
日本の優秀な航空機の世界進出を妨げるために、さまざまな難癖をつけた
様な気もするけど、、、?^_^)


それはさて置き、、、
私が日頃から感じていること、、、!
以下、何もMRJの事を云ってるのではなく、あくまでも一般論だが!

先ず、日本の製造業の技術力、技能力が落ちているのでは、、、?
、と日頃から感じている。かって日本の製造技術は世界に誇っていたが、
私の目から見れば近年の日本は全体として技術レベルが落ちてる様に
も思う。

一口に“技術力”と云ってるが、私が気になるのは特に現場での作業者
各人の“技能レベル”が低下しているのでは?、ってこと。
早く云えば、どんなに素晴らしい設計でも、それを組み立てる現場作業者
のレベルが低かったら高品質の物は出来ない、ってこと!

最近の例で云えば、自動車の燃費偽装問題やエアバッグ事故の問題他、
生産管理、品質管理全体が危うくなっているのでは?
それは車に限らず全ての産業工業分野で、その製造現場能力の弱さが
出ている様にも感じている。

以前起こったトンネル天井とか、橋げたの落下事故、電車脱線事故等々、
中には必ずしもその事故原因が経年劣化だけではない様な気もする?
原因の一つに、業務の外部委託とか、非正規従業員の採用等で作業者
の訓練が出来てなかった?、、、とか、そんな事も関係しているのでは?

もともと日本の製造業は終身雇用制度に守られた正規社員で成り立って
いた。不肖私もそんな時代に製造現場で働いた一人だった!
        、、、社内教育で徹底的に基礎訓練を受けた事を思い出す。


また、殆どすべての製造は同一企業内、同一グループ企業内で行なう
内製化が普通だった。ごく稀に外部委託(外注)も有ったが、、、
もし問題が出れば現場全員の力で解決してきた。
     、、、近年、そのような永年の製造現場体制が崩れてきたような?


◎また視点を変えれば、、、

日本の技術力が低下したのではなく進歩していない停滞しているだけか?
その間に海外の技術力が日本に追いつき、、、
追い抜いて行っただけかも? その様には信じたくないけど!^_^)

例えば中国など他の国が伸びてるので、相対的に日本が低下している
ように見える?
問題は日本企業は最高レベルの品質の製品は作れるが、、、
新興国で消費される 価格は安いが、品質はそこそこの製品 を造れなく
なっている。私は昔、その事を南米やインドで体験した。

例えば、日本の携帯電話は世界最先端だが、世界中どこでも使えない、
つまりガラケーと呼ばれる所以(ゆえん)!?
これは、もちろん通信インフラの法的規制が強い為だけど、、、!

50万円以下の自動車とか、3万円以下のパソコンなどを素早く開発する
能力はない様に思う。しかしそれが中国やインドでは造られているのだ!
つまり日本企業にはあらゆる国力レベルの世界市場向けの販売戦略が
ない様にも感じている。


◎もっと身近な事で云えば、、、

あらゆる産業分野での、最近の現場作業者一人一人の力量も如何な
ものか? 私は正直疑っている!
            、、、個人的に身近で常日頃感じているのは、、、? 

今時の小学生はいつの頃からか?鉛筆を使わずボールペンを使ったり、
たとえ鉛筆を使っても、それをナイフで削る事も知らないので鉛筆削りを
使ったり、、、イヤイヤそもそもカッターナイフがまともには使えないのだ。
アホな親がナイフは危ない!  とかホザいて使わせない、、、
               、、、そんな変な国になってしまったニッポン!

また、学校で円周率(π)=3.14 ではなく 3 だと教え、、、
    、、、また分数を理解できない大学生も多いとか? 信じられない? 

あるいは、今の20歳前後の男子で、家庭でのねじ回しや、ハンマー
(金づち)をまともに使えるのか? 使えない子が多いのでは?

そんな今時の少年たちが現場作業者になっても、職場の先輩の技術や
技能を真似たり、憶えたりする根性は少ないだろう!?
        話が古いけど、、、“3K”、と云って嫌うぐらいだから、、、!

別の例では、、、
車のパンク! そのタイヤ交換などドライバー自身で出来るのか?
(もちろん今時のタイヤはそう簡単にはパンクしないが、、、?) 
そして、そのネジ(ナット)を十文字で互いに向き合った順に締める、
初めは軽く締め、最後には硬く増し締めする、、、等々
    、、、これらの基本知識(常識)は有るのか? とても疑わしい!?

つまり国民一人一人のあらゆる分野でのレベルが落ちているのでは
ないだろうか?
そんな日本は、今後も技術力、技能力が進歩する可能性は低いだろう!

我々はよくビルの倒壊事故などを起こす中国や、韓国のポンコツ建築物を
批判しバカにするが、最近では日本だってあまり威張れない。
我々が先人から徹底的に教え込まれた、、、
    、、、物造り日本、匠の技を誇る日本 も今や昔の話と成り果てた!


◎関連資料

MRJ (Wikipedia)
型式証明 (Wikipedia)
【連載】基礎からわかる!MRJ(1)(2)(3)(4)(5)

«車の自動運転よりも、、、?