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2017年7月21日 (金)

白鵬 格闘技に転向か?

初めに、、、私は特に相撲ファンではないがテレビ観戦は嫌いではない。

大相撲名古屋場所12日目、横綱白鵬は関脇玉鷲に勝って通算1047勝、
これは元大関・魁皇の持つ歴代最多勝利記録に並んだ快挙!
昨夜から今日にかけて新聞テレビでは大騒ぎ、祝賀ムードいっぱいだ!
今場所中に1047勝を越えて、新記録を達成するのはもう時間の問題!


【この動画では速すぎて分かり難いけど、、、?】

12_2
【白鵬は相手を右手で張り(殴り)、左手で張り(殴り)、まるで格闘技かッ?】


前日の11日目、白鵬は御嶽海に敗れ、記録が先伸ばしになったからか?
「土俵がでこぼこで、、、」、などと言い訳めいた言葉を口に、、、!

そんな言い訳はど~でも良いけど、、、
最近、とは云っても もうずいぶん前から横綱白鵬の相撲っぷりが、、、
私はどうも好きになれない、気に喰わない! それは、、、?
彼が横綱相撲をとってない、まるで格闘技みたいだからだ!

白鵬の相撲っぷりはまるで格闘技! そう思ってる人は多いはず?
横綱らしからぬ相手が格下だろうが、誰彼となく容赦なく、、、
とにかく張り手を多用する、そしてダメ押しも目立つ、、、

張り手は単独技としてなら一つの技ではあるが、白鵬の場合は左の張り手
で相手の顔をそむけさせ、そこに右の肘で激しくカチ上げをする
、、、
と云う、まことに作為的な複合技なので相手に対するダメージは大きい。

あんなのは相撲ではなく単なる格闘技! だから彼は力士は止めて、
早く格闘家になれば良いのだ! マジで!

かって朝青龍 も張り手を多用したが、白鵬のような肘の突き上げは、、、?
                、、、たしか、していなかった? と記憶している。
「品格ってなに?」、とうそぶいていた暴れん坊、やんちゃ坊主の朝青龍は
大嫌いだったが、今思うと白鵬よりまだ可愛げがあった。

独り横綱を長く続けていた初めの頃の白鵬は、心・技・体の三拍子が
揃った如何にも立派な横綱に見えていたが、、?徐々にその正体が
バレできた。
そして、やっぱり白鵬も“しょせん外人”、、、だった。それも確信犯!
妙に日本と相撲の歴史や雑学を学び、妙に日本人が好むような発言をし、
しかし、いざとなったら本性を出して牙をむく!

張り手だけでなく、もう一つの彼の問題点のダメ押し!
既に勝負がついて、土俵際で力を抜いた相手を、明らかに“流れ、はずみ”
とは云えない強さで土俵下に突き落とす!、、またか、と何回も目にした。
あんな仕草は見るからに感じが悪いし、第一横綱のする事ではない。

今の白鵬の相撲は横綱の風格などというレベルではない プロとして失格! 
大金を払って見に来ている客や、高い放送受信料を払っているテレビの
視聴者に対してプロとしての最高のパフォーマンスを見せなければプロ
失格なのだ!

相撲はただのスポーツ、ただの格闘技ではない、何でも勝てば良い、って
ものではない、日本古来の神事 なんだろう、、、!
         、、、だからこそ、もろもろの古典的所作が求められている。
その点を現在の親方連中や相撲協会は、入門したての新人力士達に
ちゃんと指導教育しているのか? 否しているとは思えない。

外人力士には特に、もちろん日本人の若い新人力士に対しても、ろくに
教育なんかしていないんだろう? そうとしか思えない。
ましてや白鵬ほどの大物になれば、その親方も協会も遠慮して殆ど何も
云えないのでは? しかし、こと“品格”に関しては、、、?

その日本語の意味を良く良く説明すれば、たとえ外人でも理解できる、、?
、って~のは疑問? あるいは日本人的お人好しゆえの勘違いであって、
それは彼ら外人が悪いのではない。

そもそも外人には、、、
日本人的な情感は持ち合わせていない。つまり、、、
能ある鷹は爪を隠す とか謙虚さ とか、己を卑下して相手を持ち上げる、、
とか、自分より相手の立場を尊重する とか、、、そんな神経を外人に期待
しても、しょせん無理な話、って事なのだ。

◎話を戻して白鵬の悪口を続けよう、、、!^_^)
張り手、ダメ押しのみならず既に土俵をわってる相手に対して、いつまでも
首根っこを押し続けている態度、若い力士と対戦した時は相手を小馬鹿に
した様な、或いはまるで稽古場と同じ様に各上の態度で向き合うなど、、、
本場所にも関わらず、まるで相手に敬意を払わないふてぶてしい態度、、
                     、、、その他、数え上げたらキリがない!

他にも、勝って賞金を受け取る時の、これ見よがしのガッツポーズ、そして
対戦相手を睨みつける、、、また立ち合い直前に、客席から相手力士に
対するコールが起こったら、白鵬は露骨に顔をしかめ、横綱らしからぬ
感情丸出し鬼の形相になる、特に相手が日本人力士の場合は顕著!
、、、そんな白鵬の所作を不愉快に感じたりする人は少なくないだろう。
                              、、、私もその中の一人!


◎考えてみたら、、、
モンゴルから来ておそらく人並み以上の努力を重ね、ここまで這い上がり、
だからこそ今では押しも押されぬ実力No.1の横綱、とは誰しもが認めて
いる。独り横綱時代も長かった! その間、日本の相撲界を支えてきた。

また日本が好きで日本人女性とも結婚し、これまで日本相撲界に多大なる
功績を残してきた。その様にせっかく人気実力共に立派な力士なのに、、?
だからこそ、白鵬に判って欲しいが、これだけ年月が経っても、相変わらず
あんな汚い相撲をとる様では? やっぱり、って云うか、、、?
前記した様に白鵬も しょせん外人なのだ!

結局、これこそ 外人の外人たる所以(ゆえん) であって、とどのつまりは、
外人には日本人が云う “品格”の真の意味が理解できない!、ってこと。
この点は、品格問題で相撲界をクビになった朝青龍と同じだった!



◎聞くところによると、、、
白鵬はモンゴル国籍のまま自分を一代年寄にしろ! と要求していたが、
相撲協会がこれを拒否! つい最近になって白鵬も日本国籍を取ることを
検討しているらしいけど??

しかしそもそも、いくら日本相撲界に多大なる貢献、功績を残した大横綱で
あっても、それだけではダメ!
何故ならば「モンゴル人だから」だけではなく、その他にも相撲に対する
取り組み方がいわゆる「横綱相撲」ではないから! と云ってしかるべき!

◎これの参考資料として、、、
白鵬がダメ押しを繰り返して見苦しい相撲をとる背景にあるものは?



◎その他、過去の関連記事
(結局、白鵬のことばかり書いてたな~!^_^)
嫌いになった白鵬!
白鵬も しょせん外人
これでいいのだ! 
ロマン誘う “元寇”
NHKの相撲放送
運動バカ?筋肉バカ?


コメントは こちら から!

2017年7月17日 (月)

暑いッ!

暑いッ! 以下 毎年同じ事ばかり書いてるけど、、、! 

猛暑、烈暑、激暑、極暑、酷暑、炎暑、狂暑、役所、事務所、警察署、etc、
もう、これ以上の言葉を思い出さないくらい日本列島は連日のチョー暑さ!

今年も間もなく梅雨明けしていよいよ真夏の到来か!?
我マンション北側の内庭には樹木が鬱蒼と茂っている、、、

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この森の中では今年も一週間ほど前から セミが鳴き出した、、、!
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下記の▶ をクリックするとクマゼミが鳴き出すよ!

このブログを書いている部屋の左側、
窓の下では全てのセミがその鳴き声を
競うかの様に、その短い命を精一杯
生きてるぞ~!とばかりに鳴いている。

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セミと云えば、、、
生まれ育った故里 長崎、近所の神社境内の森での子供の頃のセミ捕り
を思い出すので大好き、、、
そしてもう一つ思い出すのがあの『蝉しぐれ』、どちらのセミも大好き!^_^)

そんなセミの鳴き声に癒されながら、今 思う事は、、、?
昨今の日本各地、特に去年から今年にかけて九州は大規模な自然災害、
熊本地震や先日の福岡 大分の局地的大雨洪水で尊い命が失われたり、
甚大な被害が続出しているが、、、
被災者に対しては、只々お見舞い申し上げる事しか出来ない!

それに比べて、同じ九州 長崎出身者の私が10年前から住んでいる、
この地方は 年間を通じて大雨も、また大雪もそれほど降らない、、、
                            、、、その点では大変良い所。
ただ老人には住み易い?「夏はバカ暑く 冬はクソ寒い!」、、、 
                          、、、そんな土地柄なのだ、、、!

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今朝もまた、“世間の喧騒を嘆いてるかのようなセミの鳴き声”、、、




◎話はガラッ! と変わるけど、、、            
例によって上の様などうでも良い話だけでは終わらないのが私のブログ!
            、、、とは云っても昨年の焼き直し版ですが悪しからず!

毎年夏になると決まってお中元の季節、、我家でも連れ合いが今月初めに
例年どおり親類や旧知の人達にお中元の贈り物をしている、、、

しかし、この捻くれ爺ィ-が思うに、、、?
本来、個人同士のお付合い上の挨拶である筈のお中元やお歳暮、、、
この日本人の習慣が実は政治家等のスキャンダル筆頭の贈収賄問題
にも繋がる様な気がしないでもない!?


つまり、個人同士の挨拶代りの贈り物の習慣の筈なのに、、、?
口には出さなくても心のどこかで、何らかの見返りを望んでいる様な、、?
そんな気がしないでもないな~?  

贈る方は何らかの見返りを望み? また贈られる方もまた何らかの繋がりを
望んでいる様な? “持ちつ持たれつ”、と云えば聞こえは良いけど、、、?
つまり悪い意味での“Give and Take”、、、と、そんな気もする。

しかし、
そういう自分もいつもの相手から何も贈って来なかったら、、、
内心ガッカリしている。やっぱりいくら綺麗ごとを云っても、心の隅では
見返りを望んでいる自分に気が付いて恥ずかしい!


◎ここで改めてお中元の事を調べてみたら、?

Summer_gift01お中元とは、、、?
『一年の折り返し地点である夏に行われる習慣で、
年頭から中元 (旧暦の7月15日)までの半年間に
お世話になった方へのお礼に贈る。』、、、とある。

ここでまた、捻くれ爺のオレ流屁理屈で思うに、、、?
何年も会っていない、だからこの間 特にお世話になってもいない!
そんな相手でも贈るのか?
、、、ってそんな疑問も湧くけど?^_^)

しかし 『夏の暑さで体調を崩さないよう。』 と季節の挨拶の意味合い、、、
これなら理屈抜きに素直に受け取れる。

446970方や お歳暮は、読んで字のごとく、歳(とし)の
暮れ(くれ)と書き、お中元の半年の感謝に対して、
『お歳暮は一年間の感謝の気持ちを込めて
品物を贈る。』
また『来年もよろしくお願いします。』、と言う、、
意味合いも、含まれているとか、、、

しかし、これまた捻くれた見方をすれば半分以上は義理で続いてる様な?
       、、、こんな事を云ったら連れ合いにドヤされるけど、、、?^_^)

そして贈ったら必ず相手からも同じ様な贈り物が届く、これが毎年の様に
繰り返されている。まぁ~どうでも良いけど、、、
要は日頃のご無沙汰を詫びたり、お元気ですか? の挨拶代りと思えば
良いんだろうが! 

しかし、日本人の習慣って~のはホント正直面倒くさい。
海外に居た頃はこんな習慣はスッカリ忘れていたけど、、、
今、もし連れ合いが居なくて自分独りだったら、多分こんな事には無頓着
になってしまうだろうな~!

それにしても、、、
暑いッ!、、、!



前回までのコメント欄はスパムが多いので止めました! 
  今後、コメントは こちら から、、、だけにします。

2017年7月14日 (金)

『村田 浩 & The Bop Band』

相変わらず耳の調子は悪いけど、たまには気分転換に、、、と、
先7/13日(木)夜、村田 浩 & The Bop Bandを聴きに行った。
         、、、場所はいつものジャズ・ライブハウス“Mr.Kenny's”

バップ・ジャズなんて今時演るジャズ・プレーヤーは少ないから、
                           、、、やっぱり見逃せない!^_^)

レジェンド・トランペッター、村田 浩 & The Bop Bandのライブは、
昨年も含めて既に何回も聴いているけど、今回は特にデビュー50周年を
記念しての全国ツアー!、、、昨夜その最後の地がここ名古屋だった。

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そのメンバーは、結成して既に6年になる、、、
だから当然全員の息がピッタシ合っている!
岡田嘉満(Ts)、紅野智彦(P)、矢野伸行(B)、宮岡慶太(Ds)、、、

◎以下、昨年のレポートと一部重複するが、、、
村田 浩のバップ・バンドは1975年の結成と云うから今年で42年目!
もちろん御大、レジェンド村田さんは相変わらずお元気に吹きまくり、、、!

ご本人が以前から云われてるとおり、、、、
『バード達の熱い思いを俺達の言葉で語りたい!』、、、と。
昨夜もスタンダードを主に、二、三のオリジナルも含めて大変素晴らしい
“これぞジャズだ! これぞバップだ!”、と云わんばかりのノリに乗った
演奏を聴かせてくれた。

このバンド名が示すとおり演奏する曲は、、、?
往年の【注】ビバップ、ハードバップ・ジャズ。いずれも昔レコードで聴いた
そして今はCDで聴いている名演の数々、、、目を瞑って聴けば、、、?
まるで自宅でレコードを聴いてるような安心して聴けるジャズ、、、!

こんな事を書いたら若いジャズ・ミュージシャンに失礼になるけど、、、
この村田さんのバンドは、いつ何回聴いても安心して聴いて居られる。
やっぱり、何とかかんとか云っても ジャズは4ビートに限るッ!^_^)




◎ここで簡単に村田 浩さんのプロフィールをご紹介♪
Murata
1943年横浜生まれ、御年は今年で74歳!
1975年にThe Bop Bandを結成して以来、
クリフォード・ブラウン を師と仰いで、バップ・
スタイルに固執したバンドによるライブ・
ツアーを継続している。
まさに日本でのバップの伝道師!

私とほぼ同学年の村田さんは高校生の時、『アート・ブレイキーとジャズ・
メッセンジャーズ』
の日本公演を初めて聴いてショックを受け、その後
トランペッターを目指して今日に至ったとか!?

休憩時間、ご本人とちょっとお話しする機会があったが、、、
私も1969年頃?、日本公演で長崎にも来た三管編成の、
ジャズ・メッセンジャーズ を聴いて大変ビックリ感激した話など、、、
                             、、、楽しくお喋りができた。

村田 浩さんのペットは、、、
マイルスの様なムーディーなメディアム・トーンではなく、ソフトで且つ
巧みに唄うような、メロディアスなテクニックは正にクリフォード・ブラウン!  
そして他のメンバーは、、、?

Muratahirosix_2
岡田嘉満 (Ts)、図太いテナーの音色が魅力的!
      、、、ペットの村田さんとの2管でのアンサンブルが素晴らしい。

紅野智彦(P)、シングルトーンが特徴的で、リズムのノリも素晴らしかった。

矢野伸行(B)、実に堅実で力強い奏法、そのボリューム感が堪らない!
             、、、その素晴らしい4ビート・ベースに重なって、、、
宮岡慶太(Ds)、のリズム、この人こそ本当のバップ・ドラマーだろう!
キチッとしたシンバル・ワークと独特のタイム感! このベースとドラムの
リズム・コンビは、さすが永年の村田さんとのコンビでその息もピッタシ!

◎とにかく村田さんのバップ・グループは、、、
今時の若いミュージシャンの様に妙に曲をこねくり回すのではなく、
あくまで基本に沿ったジャズ演奏の醍醐味を感じさせてくれる。
だからと云って、決して古臭さを感じさせない素晴らしい演奏スタイル!
何でも良いものには新旧などのレッテル張りは不要!、ってこと。

それは村田さんのジャズに向かう真摯な姿勢と人間性がそうだから!
バップの素晴らしさを伝えるには、この方法が一番! と村田さんは
信じているのだろう?

それにプラスして、メンバー全員それぞれが素晴らしい個性をもった、
そして若いのにバップ・ジャズと云う、どちらかと云うと古いスタイルの
ジャズを心から愛しているミュージシャン達だった。

◎最後に、、、
自宅では50~60年代のオーソドックスなジャズを聴くことが多い私だけど、
たまにライブ・ハウスに行くと最近の若いジャズ・ミュージシャンの新しい
スタイルのジャズを聴くことが多い。

先夜のリーダーはレジェンド、しかし他のメンバーは比較的若い、、、
しかし、その若いメンバーの演奏スタイルが全員 生真面目に、そして
頑固にバップ・スタイルを踏襲していることに感心した。


【注】ビバップ、ハードバップ・ジャズとは?
 *
ビバップハードバップ(Wikipedia)
 *解説・ビバップとは?
 *ジャズのスタイル早わかり
 *ハードバップって、なに?

◎今回のメンバー Official  website、他関連サイト。
 *
今回のメンバー・プロフィール
 *村田 浩(Tp)ブログ
 *岡田嘉満(Ts)
 *紅野智彦(P)
 *矢野伸行(B)
 *宮岡慶太(Ds)


◎関連拙ブログ、
本文記事左側INDEX欄、 ※“趣味の音楽関連”から、
(1)ブログ
“音を楽しむ徒然語り” その17(最終回) のシリーズと、
(2)HP
“Modern Jazz LP Collection” (Part 1, 2) も併せご覧下さい。

◎コメントは こちら から、、、!

2017年7月 5日 (水)

105年目のタイタニック!

先夜、何とはなしにTVチャンネルを回してたら、、、?
BSプレミアムでタイタニック号沈没事故の話をやっていた、、、

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先夜の放送では、タイタニックが沈没する時、乗組員ムーディーの勇敢な
自己犠牲で救われた家族の子孫と、そのムーディーの関係者の子孫が
運命の出会いをする、と云う感動的実話、、、さらに他にも 、、、

船の設計士の苦悩話、また船が沈没する最後の時まで演奏を続けて人々
を勇気づけた楽団員と恋人の話などなど、、、




◎今2017年は、あのタイタニック号沈没から105年目、、、!
事故は明治最後の45年(大正元年)、1912年4月14日、極寒の北大西洋で
起こった!

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こんな話は好きなので、沈没からちょうど100年目となる5年前の2012年に
拙ブログロマン誘うタイタニック を書いた、、、その切っ掛けは、、、?

あの時は、例のジェームズ・キャメロンのヒット映画「タイタニック」の中で、
乗組員のマードック って人が沈没し始めた船の中でパニックになった乗客
の一人を、弾みとは云えピストルで撃ってしまい、自分もその場でピストル
自殺を遂げた男、、、?

映画ではそうだったが? その行動が実際にはどうだったのか? と、
私は非常に興味があったのでネットや書物で調べる内に、、、

マードック に限らず、沈没の犠牲者の遺族や、幸い生き残った人達、
また、船の乗組員など多くの関係者とその子孫達、彼らのその後の人生の
ドキュメンタリー話が多い、って事を初めて知った。
              、、、先夜のBS放送もそんな話の一つなんだろう!

乗組員マードック の話は先の拙ブログを読んで頂くとして、、、
それ以外に同ブログでは、タイタニック号には実は「細野正文」と云う
日本人乗客が居た、って話も書いている。
乗員乗客合わせて2,200人程の内、1500余人が犠牲になった最大の海難
事故! その700名ほどの生存者の中の一人がこの日本人だったのだ!

その細野正文さんは誤報が元で 「他人を押しのけて救命ボートに乗船
した卑怯な日本人」、「武士道的精神に反する」
と長い間、世間から非難
されていたとか?
                  、、、だが、この件は後に名誉回復している!

また、当時タイタニックからの「男性生還者」そのものが少なかったため、
彼ら欧米人男性でさえも、生還後 自国内で「卑怯者」とバッシング
受けたとか? せっかく命からがら助かったのにな~!

これって、彼ら欧米人の心理も、例えば、、、
“日本兵が幸い戦死せずに帰国したのに、戦後の日本では肩身を狭く
 して生きていくしかなかった!”
、などと良く聞く話!
                    、、、そんな心理だったのかな~?、と。

タイタニックの関係者の中には、例の映画以上に興味を引く話もあって、
それらが殆ど実話ではあるが、中には真偽のほどが怪しいものまで含め、
いずれも感動的でロマン溢れる話として伝わっている。
それくらい、あの海難事故が現在まで各方面に影響を与えた事故だった、
、って事だろうな~!

聞くところによると、、、
この沈没事故後、船舶の海難事故防止の為の諸々の船舶安全対策や、
世界的な法規制の整備、海上交通の安全基準などの整備が徹底された
らしい。




◎参考記事
 
タイタニックのクルーたち
 
(実に素晴らしいサイトです。タイタニックの実在の航海士たちの話や、
    その他、タイタニック関連の貴重な資料が満載された歴史サイトです。)

◎関連記事
 
ロマン誘うタイタニック (2012年の拙ブログ記事)
  タイタニック号沈没事故 (Wikipedia)
  唯一の日本人乗客「細野正文」 (Wikipedia)
  (因みにこの人の孫 「細野晴臣」 は、坂本龍一らと組んだ元YMO
                               、、、プロ・ミュージシャン)
  タイタニックに関するサイトは他にも山ほどあります。例えば、、、
  タイタニックのまとめ検索
  タイタニックの驚くべき14の事実
  その他モロモロ!

コメントは下のコメント(0)からでも、又はこちら からでも、、、!

2017年7月 2日 (日)

香港はあと30年で、、、

“香港は中国の一部だ”、と思ってる人達に、、、!

昨7月1日は香港返還20年目、、、!
これから30年後、つまり西暦2047年で香港は中国に完全復帰する。

香港は1840年のアヘン戦争 以来、つい20年前の1997年6月30日まで、
150年以上もイギリスの植民地が続いたが、1997年7月1日から中国に
返還され、それから50年間 つまり2047年6月30日までは一国二制度が
続くことになった、、、だから、、、
現在の正式な呼称は中華人民共和国 香港特別行政区 となっている。
(Hong Kong Special Administrative Region of the People’s
                                                                           Republic of China)

しかし、最近の香港関連のニュースを見れば、年々香港社会の至る所で
急速に中国化が進んでいるが、私が在住していた頃から既にその兆候が
有った事を思い出した、、、!
、、、50年を待たずして年々中国化する香港を住民たちはどう思っている?

20年前の7月1日、あの日の香港は大雨だった、、、!
   、、、 あれは英国の涙雨?、、、そして今日は晴れのち小雨 だって!


20年前は江沢民が、そして今日は習近平が香港に来て大祝賀会!?


以下、今から5年前に書いた拙ブログですが興味ある方はご覧下さい。

香港返還15年 (2012年7月5日(木) 記)

先日、7月1日は香港の中国返還15年目だった。
私としては今さらどうでも良い事だけど、ちょうど返還の年、1997年4月初めから2007年3月末まで10年間過ごした香港なので、久しぶりに香港の話をちょっと、、、。

拙HPの 「光頭老の手紙 From:Hong Kong」 でも詳しく書いてるが、もともと香港は、1840年当時の中国“清”とイギリスの間で起こったアヘン戦争以後、1997年6月30日までの約150余年間、英国女王を元首とする英国王領植民地 として続き、 その時々にイギリスから派遣された総督の下、香港政庁として植民地行政が布かれてきた。

【ほぼ同じ位置から見た香港島、中環(Central)の昼と夜、右側後ろの山が
観光スポットとして有名な“Victoria Peak”
Abhongkong
しかし今から28年前の1984年、鄧小平とサッチャーの間で結ばれた中英協定により、1997年7月1日から中国に返還され、向う 50年間は中国の特別行政区として一国二制度 としてスタート。以降、香港の正式呼称は 「中華人民共和国 香港特別行政区」 となっている。つまり、今7月1日でちょうど返還15年目になったので、あと残り35年間、2047年までは中国の特別行政区 として続く訳だ。

日本人でこの事を良くご存じない人が居て、1997年7月1日に香港は中国に返還されたので、すでに中国の一部と理解している人が多いが、上記したようにそうではない! 今現在でも中国と香港の間には国境イミグレが存在し、中国人も香港人も各々パスポートとビザがなければ相互の往来は出来ない。つまり、まだ 互いに外国 の関係なのだ。

(もっとも中国人に云わせると、香港はもちろん、台湾も中国の一部だ、って云うけど!)

従って、まだ香港は返還前と基本的には同じ行政が布かれているので、一般香港人、それに香港在住の外国人の市民生活などは返還前と基本的にはなんら変化はない。日本人の場合、香港だけの観光目的ならば 3ヶ月に限りビザ無しで入国可能な点など、入出国手続も以前と同等。しかし香港から中国に行く場合は当然中国のビザが必要となる。(最近は15日間まではビザなしでもOKらしいが?)

私は1997年4月から香港に住み始め、その3か月後の7月にちょうどこの返還日を経験した。忘れもしないあの7月1日、その日の香港の天候はドシャブリ雷雨荒天! 当時“イギリスの涙雨”か、と密かに噂されたものだった。
それから毎年7月1日の天気を気にしていたら概ね雨の日が多かったのも事実!

また、当時良く耳にしたのは多くの香港人が、中国返還を危惧してカナダなど海外に逃げ出した、或いは逃げ出そうとしている、、、などなど噂話を耳にした。しかし数年後には逃げ出した香港人でまた香港に戻って来た人もいたとか? そんな話も良く聞いた。

多分、返還前は香港が返還と同時に共産中国化する? と考えて逃げ出したのだろうが、実際には当分は返還前と同じ状況、と云うのを後で確認できたので戻って来た、、、ってそんな香港人も多かったと聞く!

拙HPのここでも書いてるが、“香港人”は自分たちが“中国人”とは考えなくて、あくまでも“香港人”と考えている。我々日本人から見たら同じ中華民族じゃないか! アヘン戦争以前の香港は中国広東省の一部だったので文句なしに中国人だろう、、、と云いたいところだけど! 彼らはそれは認めたくないのだ。

香港の歴史を知ると、、、もともとこの地方に大昔から住んでいた広東人以外に、毛沢東の共産中国を嫌い、逃れて中国各地から香港に移り住んだ人々やその子孫も居て、それらが一緒になった人口構成となっている。上記イギリスの植民地となって150余年間、香港人は自分たちのアイデンティティーを求めて、ある意味国籍不明人的な人種でもある。だから「自分は香港人で中国人ではない!」 な~んて云い方になるのだろう!

去る1日は香港に胡錦涛が来て盛大に返還15周年を祝ったようだが、香港民主化団体のデモ騒ぎもあった模様。これは毎度のことだけど、、、。面白いと思うのは民主化団体の中には共産中国は嫌いだが、イギリス植民地時代は良かった、と考える人たちが居る事。これって“何をか云わんや”!?

また、私の香港10年間は ハイキング三昧 だったが、その時に香港中の僻地や離島も含めて歩き廻った経験で良く目にしたのは、戦時中1941年末頃から終戦までの3年8ヶ月間ほどの、、、
日本軍による香港一時占領時代の遺物。

2930←例えばラマ島の索罟湾にある 神風洞
(ふざけた名前を付けたもんだッ!)
日本が香港占領中、ラマ島も軍事基地となり数千人の部隊が駐屯。
魚雷艇をこの洞窟に隠し、敵艦に特攻をかける計画だったが実行されることなく、終戦をむかえた。洞窟内は立ち入り禁止!

その他にも戦後、香港が建てた抗日戦勝記念の碑や慰霊塔の類Dscn2444

こんなのを目にするのは日本人として本当に嫌だったが、それらは戦後香港人が自ら建てたのか? 否パトロンであるイギリスが香港人に建てさせたのだろう? なんせ当時戦時中、香港のイギリス軍は日本軍から追い出されたのだから!

また毎年8月15日の終戦日には中国はもちろん、香港でも対日戦勝記念祝日として現地マスコミは騒ぐ。、、、中国本土人はともかく、何故香港人が通常は出さない反日感情を、その日はモロに出すのか? また終戦日に限らず、香港人は何か事があれば 反英よりも反日の意識が強い。やっぱり中国の影響だろうな~?

だから 、『オメェーらを搾取したのは3年8ヶ月間の日本より、150年間も奴隷扱いしたイギリスだろうがッ!』、と今でも大声で言ってやりたい。

以下ついでに香港からフェリーで一時間のマカオ の事も参考までに、、、!Ruinas_de_sao_paulo

香港の返還から遅れる事2年5か月後の1999年12月20日、マカオの行政管理権はポルトガルから中華人民共和国へ返還され、マカオ特別行政区 となった。返還後のマカオの行政長官は中国が牛耳ってるが、香港と同じく返還後50年間は現状の保全がポルトガルとの間で取り決められている。

マカオの事も前出しの 「光頭老の手紙 From:Hong Kong」 で書いてるが、ブラジルの田舎町の風情があって、私が昔13年間住んだブラジルを思い出させてくれた街。また大昔、キリスト教宣教師達が日本など東洋進出の足掛かりとした地なので歴史的にも大いに興味が沸くところ。

◎過去の関連記事
 *『光頭老の手紙 From:Hong Kong』
 *香港の山の魅力
 *香港ハイキング写真集
 *“誰も書かなかったチュウ国(後編)”
 *懐かしの映画(27)『慕情』
  (ただのラブ・ロマンスではないよ! 映画の中で主人公のセリフ 『そんなに共産党が
   良いのなら何故多くの中国人が大陸から香港に逃げて来るの
?』、これぞ正に正論。)
 
この映画を観た60歳以上?の人は↓ナツメロをお楽しみあれ!^_^)
  

コメントはこちら から、、、!

2017年5月25日 (木)

映画とジャズの話、そのⅤ

映画とジャズの話、、、
今日はその最後となる、そのⅤ「死刑台のエレベーター」

51fj5keny5l300x378_2映画「死刑台のエレベーター」は、
1957年フランスの名匠ルイ・マル監督の
デビュー作。
主演:モーリス・ロネ、ジャンヌ・モロー、他。 

私が23歳(1965年)頃に観た古い映画だが、
当時はモダンジャズが好きになり始めた頃
で、この映画はその意味でも大変興味深い
映画だったし今 みてもカッコ良い映画だ!

映画そのものが非常にユニークな作品で、
1950年代末のフランスで台頭し始めていた
“新しい波”、つまり“ヌーヴェル・ヴァーグ”
の代表的作品 と云わていた新しい手法を使った異色の映画でもあった。

ルイ・マル監督はモダンジャズのトランペッター、マイルス・デイビスを起用
してこの映画を創った。ジャンヌ・モローが夜の街をさまようシーンで、
マイルス・デイビスのトランペットによる演奏や、敢えてブレる手持ちカメラ
で不安と焦燥感を表現する手法、そしてモノクロでの撮影などが異色!
主演女優ジャンヌ・モローのクールな顔立ちが今でも印象に残っている。

ストーリー、、、浮気社長婦人がその浮気相手に社長である自分の亭主を
殺させる話だが、殺しは思惑どおり成功したものの、犯行直後、帰り際に
乗ったエレベーターが途中で停止してしまう! 
映画の冒頭、ここまでの約10分間が実に綿密でスリリングなシーン、、、
そして、そこからこの完全犯罪のトリックが崩れていく、、、
              、、、そしてどんでん返しのラスト・シーンは、、、?


◎以下、映画の予告編をお楽しみあれ!



◎そして、、、もう一本!

不安の中で愛する男を探して夜の街を彷徨うジャンヌ・モロー、、、
バックにマイルスのトランペットが寂しく、そして侘しく漂っている♪




◎この“映画とジャズの話”シリーズは、、、

そのⅠ「黄金の腕」のみがアメリカ映画、しかし、そのⅡ「危険な関係」
そのⅢ「大運河」、そのⅣ「殺(や)られる」、そして今回シリーズ最後、、
そのⅤ「死刑台のエレベーター」、、、のいずれもフランス映画だった。

各項でも書いたが、サントラとしてのジャズはそれぞれ良かったが、
映画そのものが良かったのは最初の「黄金の腕」、そしてこの最後の
「死刑台のエレベーター」、、、残りの三作品は正直云って記憶に残る
ほどの内容ではなかった!^_^)

思えば、、、アメリカのジャズが本場以外の国で盛んと云えば、日本や
ヨーロッパ、特にフランスだろう。
フランスには昔からアメリカのジャズ・ミュージシャン達が移住もしている。
人種差別が激しいアメリカよりもフランスが住み心地が良かったのかも?

また、よく考えてみればジャズ発祥の地はアメリカのニューオリンズ、、、
ここは元々フランス移民の街で、ヌーヴェル(新しい)オルレアンと云う
意味だった。だから西洋音楽とアフリカのリズムが融合したジャズは、
フランス人とアフリカ人の混血、クレオールと呼ばれる人々によって更に
発展した。そんな歴史も現代フランスでジャズが盛んな理由なのかも?

それでは、、、?
何故日本人もフランス人に劣らずジャズが好きで盛んなのだろうか、、?
               、、、日本人とフランス人の感性?? ワカラン??
私個人的にはヨーロッパ・ジャズはあまり好きにはなれないが、
ことフランスだけは何となくアメリカにはない独特なジャズの雰囲気を
感じる事ができて好きだ。

因みに私の手持ちディスクの中でフランスのジャズ・ミュージシャンでは、、
ピアノのミシェル・ルグラン、ミシェル・ペトルチアーニ、サックスのバルネ・
ウィラン、、、等々。




◎手持ちの下記LP、これのA面が【死刑台のエレベーター】:
『Ascenseur Pour Lechafaud/シネ・ジャズ/マイルス~ブレイキ-』
                    FONTANA FON-5002,  1957/12/4~1958/11/ 録音

(パーソネルとサントラ曲名などは下右図のとおり)                 
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2017年5月18日 (木)

映画とジャズの話、そのⅣ

映画とジャズの話、そのⅣ「殺(や)られる」

前回の「大運河」を書いて思い出した個性派俳優、 ロベール・オッセン、、
この人の映画も「罪と罰」などたくさん観たが、ジャズをサントラ盤として
使った映画で有名なのがこのフランス映画の 「殺ら(や)れる」 だろう。

61png830rflエドゥアール・モリナロ監督のギャング、
ハード・ボイルド映画、ってジャンルか?
主演:ロベール・オッセン、
    マガリ・ノエル、、、など。

そして音楽担当があの「危険な関係」
担当したアート・ブレイキーとジャズ・
メッセンジャース。




、とくれば当然魅力的なジャズと誰しも思うだろう! そのとおり!
スタンダード・ジャズの名曲が数々、「ウィスパーノット」、「フェアウェザー」
等々、ベニー・ゴルソン作曲のハード・バップ・ジャズが満載!

如何にもギャング映画っぽく、不気味な雰囲気を持ったタイトルテーマ!
これを初めて聴いた時は背中がムズムズしたものだ!^_^)
しかし、映画そのものは大して印象に残るようなものではなかった!^_^)




417hzme56rlただ、フランスのギャング映画は
アメリカのそれより一味ちがって面白い。
この映画では高級売春組織が舞台の
スリリングな犯罪、そして上流階級の
紳士が実はクールで非情な悪党だった、
などなど、、、脇役俳優も魅力的。

ロベール・オッセンは凄味いっぱい、
女優達もエロチックな魅力を発散する
美人ぞろいだった事だけは印象に
残っている。




しかし、そんな事より何より、上記した様に音楽が素晴らしい。
アート・ブレーキーとジャズメッセンジャーズのモダンジャズがスクリーン
の雰囲気にぴったし! サントラで聴かなくても、単体のジャズとして
各々の曲が真に力作なのだ!

A・ブレイキーのドラムソロ、タムとシンバルだけで、不気味な雰囲気を
醸し出している、、、そしてリー・モーガンのミュートペットと、B・ゴルソン
のユニゾンが素晴らしい、、、下記をお聴きあれ!





手持ちの下記LP、これのB面が【殺られる】:
『Ascenseur Pour Lechafaud/シネ・ジャズ/マイルス~ブレイキ-』
                    FONTANA FON-5002, 1957/12/4~1958/11/ 録音

(パーソネルとサントラ曲名などは下右図のとおり)                 
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◎関連ブログ記事、
本文記事左側INDEX欄※“懐かしの映画”シリーズ”
映画とジャズの話、そのⅢ「大運河」
映画とジャズの話、そのⅡ「危険な関係」
映画とジャズの話、そのⅠ「黄金の腕」
懐かしの映画,もろもろ談義
“音を楽しむ徒然語り” その17(最終回)
“Modern Jazz LP Collection” (Part 1, 2)

2017年5月13日 (土)

映画とジャズの話、そのⅢ

相変わらず耳の調子が悪い、だから気分が重い、、、!
ブログ書くのも億劫!、、、だから以前書いた記事の焼き直し版で、、、
毎度古~い映画やジャズの話でお茶を濁している、、、!
              、、、しょせん独りで昔を懐かしがってる、ってこと。
                            

映画とジャズの話、そのⅢ「大運河」

この“映画とジャズの話”シリーズで、前回の「危険な関係」の映画監督、
ロジェ・ヴァディム、そこで思い出したのが今回も同監督の「大運河」
この作品は同監督のデビュー作らしいが、水の都ベニスの運河を舞台に
したミステリー調メロドラマだったような?

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「大運河(グランカナル)/Sait-on jamais…」

1956年のフランス映画。
主演の“フランソワーズ・アルヌール”、、、
当時フランス映画界きっての美女!?
何となく日本人好みの女優だったような?
そんな遠い昔の記憶がある。

もう一人、F.アルヌールの恋人役を演じた、
ロベール・オッセン はニヒルな顔立ちで、
当時のフランス映画では個性的な役柄が
多かった様だ。ただこの映画の内容は
DVDで観るまで殆ど憶えていなかった。

そんな映画の内容より私が記憶にあったのは、この映画では大好きな
MJQ (The Modern Jazz Quartet)のピアニスト、ジョン・ルイスが音楽を
担当していたって事。
調べてみたら映画でモダン・ジャスが使われた最初の頃の作品だった。

50年代初め頃のジョン・ルイスはサードストリーム・ジャズ(第三の流れの
ジャズ)の創始者とも云われていた。

Img_0←このアルバムは、その映画「大運河」
音楽担当ジョン・ルイスが作曲したもので、
“No Sun in Venice”(たそがれのウ"ェニス)

当時は知的な彼のジャズがとても新鮮
だった。  そして、レコードジャケットの
美しさでも有名で、この絵の作者は、
英国の画家ターナーが描いたその名も
ズバリ「View of the Grand Canal」、
いう大きな運河を描いた風景画。


008b「大運河」で使用された6曲を収録した
アルバム “No Sun in Venice”

メンバーはMJQのオリジナル・メンバーで、
ジョン・ルイス(p),
ミルト・ジャクソン(vib),
パーシー・ヒース(b),
コニー・ケイ(ds)


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MJQと云えば、4人のメンバー全てが
れっきとしたアメリカ黒人!
←写真前列、椅子に掛けてる右側が、
ミルト・ジャクソン(vib)、その左側は、
パーシー・ヒース(b)、後列右側が、
リーダーのジョン・ルイス(p)、、、
その左側がコニー・ケイ(ds)

しかし、ここで演奏される曲はジャズ、
、って云うより、まるでクラッシク音楽
を聴いてる様だ。

クラシックの対位法や、バッハのフーガを導入しているとか?
ジャズの室内楽、とでも云いたくなるような雰囲気、、、



「大運河」のタイトル曲、“No Sun in Venice” をお聴きあれ!



◎以下、ぜんぜん関係ない話だけど、、、?
22138000385
“フランソワーズ・アルヌール”
、、、と云えば、
前記したように比較的日本人好みの女優だった。
「大運河」だけでなく、ジャン・ギャバンと共演した
「ヘッドライト」や同じく「フレンチ・カンカン」など、
昔のフランス映画を観た記憶がある。

そこで、フト思い出したのが、たしか彼女だった?
と思うが? ひょっとしたら記憶違いかも?
とにかく何かの映画の中、戦後間もなくのパリ?
あるいは他の何処かヨーロッパの都市が舞台。

戦後不況のどん底時代に生きる若い女性が、本当はストッキングなど
買えない身分なのに、ストッキングを履いてる様に見せかける為、
わざわざ素足の後ろ側、ふくらはぎの上から下のくるぶし付近まで、
ペンか筆で黒い線を描くシーンが有ったのを何故か今でも鮮明に
憶えている、、、お洒落したい若い女心のはかなさか?^_^) 

当時の女性達は後にシームレス・ストッキングの時代が来るなぞ、
誰も想像も出来なかっただろうな~!、、、と。
もし私の記憶違いだったらゴメンナサイ、、そのくらい大昔の話だから!



◎関連ブログ記事。本文記事の左側INDEX欄にある、、、
※“懐かしの映画”シリーズ”“趣味の音楽関連”、の中から、、、

映画とジャズの話、そのⅡ「危険な関係」
映画とジャズの話、そのⅠ「黄金の腕」
MJQの魅力
懐かしの映画,もろもろ談義
“音を楽しむ徒然語り” その17(最終回)
“Modern Jazz LP Collection” (Part 1, 2)

2017年5月 8日 (月)

映画とジャズの話、そのⅡ

映画とジャズの話、そのⅡ「危険な関係」

41zp6acqpsl_21959年のフランス映画「危険な関係」は、
日本で公開されたのを観たのは? たしか
1964、5年頃、私が23歳頃だったと思う?

ただ、当時の同じくフランス映画「死刑台の
エレベーター」
と比較して、映画そのものは
エロチックだった印象だけしか残ってない
ので拙ブログ※“懐かしの映画”シリーズ
にも載せてない。
←写真は懐かしいFontanaレーベル。



この映画は、フランスの何とか?って云う小説を現代化した映画で、
ロジェ・ヴァディム監督の恋愛心理ドラマ、って感じの異色映画。
ひと口で云えば昔のパリ上流社会での官能不倫エロ映画!^_^)
ロジェ・ヴァディム、って監督はこの手の官能映画が多いらしい!?
 
キャストは前記、「死刑台のエレベーター」 での主人公ジャンヌ・モロー
それに1960年代のアラン・ドロンが出る前、50年代のフランス映画界きって
の色男で二枚目スターのジェラール・フィリップ、、、

怪しげで官能的なラブシーンが多くて、当時この映画をワクワクしながら
観たのを思い出す。あの頃は女性の裸体露出の表現は少なかったが、
この映画でのラブシーンはエロチック、官能的、扇情的そのものだった! 
 、、、そんなシーンだけを鮮明に憶えている! まだ若かったな~!^_^)

ただ、そのBGM的に流れるかっこいいモダン・ジャズのナンバー、これは
デューク・ジョーダン作曲でアート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャースが
演奏している有名な 『危険な関係のブルース』、原題 『No Problem』 、、
って云う、50年以上も前に大ヒットした曲。

“ブルース”となっているが、実際には12小節のブルース・スタイルではなく
普通の32小節のハード・バップ ナンバーでファンキーな曲だ!

413e9bycw7l映画のサントラ盤としてCD化されていて、
そのメンバーは、、、
アート・ブレイキー (ds), ジミー・メリット(b),
ボビー・ティモンズ、デューク・ジョーダン(p),
リー・モーガン(tp), バルネ・ウィラン(ts)、、、
特にアート・ブレイキーのドラミングが大迫力!



121bこのCDは全曲MONO録音で、タイトル曲の
「危険な関係のブルース」のみならず、これの
サンバ・バージョンや、その他の映画挿入曲、
プレリュード・イン・ブルー 、ヴァルモンタナ、
ミゲルのパーティー、ヴィーハウケン・マッド・
パッド等々、、さらにこれらの曲の各Take1、
Take2など、CDならではの盛り沢山編集。



◎この映画のタイトル曲をご存じない方は下記のYoutubeでお聴きあれ!
“危険な関係のブルース”(原題“No Problem”)






◎余談だけど、、、
038_2上記のメンバーで唯一フランス人テナー奏者
バルネ・ウィラン(ts)、、、
この人はアメリカ人以外で私の大好きなテナーマン、

←この『Barney』 と云うディスクは、1959年パリの
クラブ・サンジェルマンでの古い録音盤だけど
最高に楽しい! 

 



◎関連ブログ記事、本文記事左側INDEX欄※“懐かしの映画”シリーズ”
三年ぶりの“峰 厚介(ts)”
懐かしの映画,もろもろ談義
“音を楽しむ徒然語り” その17(最終回)
“Modern Jazz LP Collection” (Part 1, 2)

2017年5月 3日 (水)

映画とジャズの話、そのⅠ

映画とジャズの話、そのⅠ「黄金の腕」

耳の調子が悪くなって既に三か月以上! なかなか完治しない!
それも加齢の所為? そんな後期高齢者になった所為だろうか、、、?
やたら昔の事ばかり思い出す今日この頃、そんな昔話で恐縮ながら、、、

1960年頃(私がまだ18歳だった!)、あの頃レコードと云えばLPやEP全盛
時代だったが、、、私は音楽それも主にジャズと同時に好きだった洋画の
中でも非常に印象に残っている映画が有る。

今、思えばその頃 50年代中頃~60年代のジャズをほぼリアルタイムで
聴いていたが、その中で偶然買った一枚のEPレコード! それは、、、?
「黄金の腕 (The Man with the Golden Arm)」、と云うタイトルだった。
そしてこのジャズオケは、同名の映画のテーマ・ミュージックだったのだ。

その詳細は拙ブログの、『黄金の腕』 で書いているがこの映画は、、、
The_man_with_the_golden_arm_posterジャズ・ヴォーカリストで俳優としても有名な
フランク・シナトラ が麻薬中毒の博打ポーカー
のディーラー役と、そんな生活から抜け出して
ジャズ・ドラマーになろう、とする役を熱演して
いる映画。

物語の中でホンノちょっとだけだが作曲家の
ショーティ・ロジャースやウエスト・コーストの
有名ドラマー、シェリー・マンが本人役で出演
している貴重な映画で、テーマ音楽にもなって
いるエルマー・バーンスタインのジャズオケが
大変素晴らしい!

(下記でテーマ・ミュージックが聴けます!)


ただ、この映画はいわゆる音楽映画でなく、あくまで麻薬中毒の恐ろしさを
主テーマにした云わば麻薬撲滅キャンペーン映画だが、この映画で私は
それまで殆どレコードでしか知らなかったジャズと云う、アメリカ生まれの
音楽と、映像を通じて観た当時50年代の混沌としたアメリカ社会の様子を
併せて何となくイメージすることが出来た。

もちろん50年代より以前のいわゆるディキシーランド・ジャズの時代の
アメリカは、古き良き時代のアメリカを髣髴させる映像が沢山残されて
いるが、、、!


話を戻して、、、
因みに「黄金の腕」とは? 主人公のドラマーとしての腕前の事ではなく、
博打ポーカーのディーラーとしての腕前の事、映画を観れば判る!^_^)

映画の中でフルバンドのドラマーとしてのオーディションを受けるシーン!
シェリー・マンが主人公にドラムの席を譲って、いざ演奏が始まるが、?
麻薬中毒の主人公は禁断症状のため身体の震えが止まらなくて、
ドラム・スティツクを落としてしまうなど、テストは落第してしまうシーン!
ここがドラムを少々かじっていた自分として凄く印象的だった。

そして、何と云ってもこの映画の中で圧倒的シーンは、、、
主人公のフランク・シナトラが、恋人の手を借りて禁断症状と戦う壮絶で
鬼気迫る熱演シーン! これを見たら麻薬の恐さが一目瞭然だろう!^_^)

この映画は現在ではDVDでも観れるが、下記の拙ブログ内のリンクで、
そのハイライト・シーンが YouTubeで一部観る事が出来る。


◎関連拙ブログ、
本文記事左側INDEX欄※“懐かしの映画”シリーズ”
(13) 『黄金の腕』
“音を楽しむ徒然語り” その17(最終回)
“Modern Jazz LP Collection” (Part 1, 2)

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